卒業設計 2022-2023
何をしたらいいか本当に分からなかった。とりあえず思ってもいないことは喋らないようにしようと思った。
色々なアイデアを毎週のゼミに持っていくが、先生の表情も冴えず僕も気持ちが上手く乗らない。それが秋くらい、十一月の中間発表くらいまで続いた。
僕は限界を感じていた。自分の小さな人生から出てくるものが、本当に何も無かった。かなり悩んで末に、落ち込んだ。
落ち込んでみて、また顔を上げなければならない時には、開き直ってやる以外の選択肢はなかった。
僕は人生経験の中で一番感動した瞬間を二つ思い出した。じいちゃんが死んだ瞬間と、ASKAが京都コンサートホールで「BIG TREE」を歌った瞬間のふたつだった。
じいちゃんが死んだ瞬間を空間の問題に結びつける術は僕にはなかった。よって残りの一択、チャゲアスのコンサートホールをつくることにした。十一月の中旬のことである。
しかしチャゲアスのためのコンサートホールです!と公然と宣言するわけにはいかなさそうだった。あくまで「だった」である。
先生に問い合わせた訳ではない。今思えば、チャゲアスのためにと言ってしまっても良かったのかもしれない。
まずは建てる場所だ。あまり思い当たる場所がなかったので、四年生の前期に取り組んでいた兵庫津(現在の兵庫区)の海のあたりに、埋め立て地の先っちょに建てることにした。
そこはかつて兵庫津という港があって、平清盛による日宋貿易や江戸時代の北前船など、長年交通の要所として栄えた港であったのだ。
明治になると、時代の要請として近代化が兵庫津にも求められた。
既に栄え繫栄していた兵庫津の港町には、開発の余地が無かったので、新しく三ノ宮の方に港と港町をつくることになった。
それが旧居留地や東遊園地、北野の異人館などと呼ばれるあたりである。神戸の街は近代化と共に栄えていき、その一方兵庫津は、近代化と共に衰退していった。
どこの地方都市にも良くある話である。
[制作協力:芦田充 藤井倫太郎 宇佐美こう 小林幹宗 杉山ようすけ 前田なお 山田ケンシロウ 小倉奏音 長澤岳 西尾みき ドクターの伊藤さん 藤井さん 加藤さん ニノさん 芝﨑くん おそらくこれで全員のはず 本当にありがとうございました]