2025 12
楽してなにかをつくろうとしてはいけない。近道もない。それを肝に銘じなければ。 youtubeやinstagramやnoteで手早く売れようとしてはいけない。 地道に頭を搔きむしりながら、やっていくのみである。 昨日の夜は粘り過ぎて、今日は気が狂うほど眠かった。 眠い時の方が、自意識が死んでいて良い写真が撮れる気がする。 今晩も夜更かししたくなってきた。
2025.12.2(火)
芦田の誕生日会だった。いつも通り、お前はオレの人生の添え物だと耳元から聴こえ続ける八時間だった。 下積みはこんなにも辛いものなのか。僕が軟弱すぎるのか。coloredのトイレで用を足させられても 誇りを失わなかった人達の強靭な精神は
2025.12.3(水)
共感を求めている文脈と察し、たしかに僕も疲れていると相槌を打つと、すかさず「疲れてへんやろ」と 攻撃されてしまう。これが難しい。ひとまず明日以降、疲れているとは口が裂けても社長の前で言わない様にしよう。 「俺」の文脈と「俺たち」の文脈の見極めが非常に難しい。ひとまず、僕からWeではじめるのは止めよう。 友人?であった時代の記憶も葬り去り、ただの社長として接しよう。僕は芦田が困っているときに助けられるか。 生誕祭に来ていた面々は、芦田が困っている時に、助けけに駆けつけるのだろうか。 人と人とは、どうやって手を取り合い続けるのか。哲学書を読もう。 安宅和人の「風の谷」の本をようやく読み切った。人間の前提が間違っている気がする。 人間はそんな高尚な生き物ではない。
2025.12.4(木)
今日も翻弄されているあいだに一日が終わった。この世界に「社長としての下積み」はあると思うが、 「従業員としての下積み」は殆ど存在しないのではないだろうか。これは社長のそれとは全く違うし、 社長に都合のいい時だけ肩を組まれたって、心は何も動かない。僕の性格がないのかもしれない。 ところで、次の次の四月から仕事がない、ということは就活をしないといけない、ということかもしれない。 百姓になるには、堂就職活動をしたらよいのだろう。経験者に聞いてみないといけない。誰だ。東出しか思いつかない。 探さないといけない。そんな就活をはじめてみようと思う。夕ご飯は鳥岡さんがお土産でくれたラーメン。 三玉あったので、二玉を社長の器に盛り、自分の器に一玉を盛る。これを書く間にも、 満ち切らぬお腹が声をあげている。背中がひっそりと痛い。芦田は60度のお湯を張って風邪に備えていた。 僕は芝﨑くんが慈悲でくれた寝袋をいつもより深く被るだけである。今晩は一段と寒い。
2025.12.5(金)
どうやって生きていけばよいんだろう。理想と現実はお互いが見えない距離に浮かんでしまっている。 建築設計はもうしないのか。絵を描くのは本当に楽しいのか。詩は書きたくて書いているのか。 写真もどうせ、怒られたら無理だと投げ出すのではないか。何も分からない。空腹と水汲みは、どちらが辛いんだろう。 しかしでも、生きたって死んだって、そう大きく変わらないと思うと、少し呼吸が楽になる。 生きることについて、知りたい。愛するとは何なのか。死ぬとどうなるのか。どうして寂しいのか。 なにひとつ分からないままだ。それを知りたいと思っている。そんな一方、寒くてお腹が空いているのが気になる。 不安で泣きそうだ。泣かずに考えないと。明日も下手くそな絵をしっかり描くんだ。
2025.12.6(土)
「14:42 人間と話すのって、いいね」
秋葉原無差別殺傷事件を起こした加藤智大が、刃物屋で事件用のナイフを購入した時の言葉である。 他人事とは思えない。僕が小学校中学年くらい、リーマンショックが起きた2008年あたりの、何とも言えない 暗い雰囲気を思い出される。テレビでは派遣切りされて二週間後に社宅から出ないといけないという作業着の男性が、 小さい冷蔵庫から卵を取り出して卵かけご飯を食べていた。僕はそれを、お母さんが作ってくれた彩り豊かな食卓から、 可哀想だと思いながら眺めていた。今の僕は、塾の生徒からそんな風に見えているだろうか。 当時の僕のまっすぐな残酷さを思い出しながら、毎日生徒に接している。 六時頃、東の空に姿を現わした大きな満月は、夕飯を塾へ運ぶ九時頃には上の方で小さくなっていた。 夕飯はあまりにも静かに進んでいった。僕は急いで食べ過ぎて胃腸の調子が一時間ほど悪かった。
2025.12.7(日)
一緒にご飯を食べれる自信がなく、昼ごはんの時間にユニクロへ失踪。タイツを買う。二時間ほどして塾に戻ると、 僕の作業スペースが半分ほどに圧縮されていた。膝が当たってしまう高さの長テーブルの端六〇センチが割り当てられる。 ここに僕の場所は無いんだと思い、今日の夕飯をつくって去ろうと思った。死期を悟った犬のように、 おとなしく山に入っていくべきなのだろうと思い、山へ向かうことに決めた。スーパーで買い物を済ませて 芦田の家へ向かうと、いつも未施錠の共用玄関に鍵がかかっている。そんなのは芦田から住民に連絡して貰えれば 済む話なのでが、その時の僕には人生の最後の扉も閉じてしまったように感じられた。つくろうとしていた 豚汁の材料と扉の足元へ置く。明日誕生日の雄也に「明日は誕生日おめでとう」を送ろうとして留まり、携帯も足元に。 山へ走る。生きのびる運命だったら、道行く人が止めてくれるだろう。おとといの満月は東の空低くにそっと佇んでいた。 登山道に到着するが、夜の登山道が暗すぎることが発覚。しかもGoogle Mapには登山道の検索履歴が残っており、 これを芦田が見て追跡してくる可能性が高い。少し迷ったが、山ではなく東に向かって走り続けることにした。 電車に乗ればいいのだが、電車に乗って逃げるのは卑怯な気がしたので、とにかく走ることにした。岡本あたりまでは 快調に飛ばしていたが、芦屋、夙川と進みに従い脚の痛みが激しくなる。しかし、向こうも必死に探しているだろうから、 こっちも必死に逃げるのが礼儀だろう。痛みと寒さで朦朧とする意識の中、地図も時間も分からないが、 とにかく月の位置と高さ、道路の青看板の情報を便りに東を目指す。暫くすると兵庫県を超えて大阪府へ。 恐らく時間は深夜二三時頃。足裏が麻酔が切れた瞬間のような状態になる。ヒリヒリ麻痺しているような感じ。 何度か快活クラブの誘惑に負けそうになるが、その誘惑を断ち切り東進。四時半ごろに大阪のどこかの吉野家で朝牛を食す。 死ぬほど美味い。少し暖と仮眠を取って再び東へ。ちなみに想定ルートはこうだ。大阪から京都市内へ向い、 そこから大津へ抜けて琵琶湖をまわって米原まで出る。米原から東に進路を変え、関ケ原を抜ければ東海エリアへ。 愛知、静岡はそのまま突破。最後の熱海、小田原、箱根あたりの難所の越え方はイメージできていなかったが、 ひとまず東静岡あたりまでは歩けるはず。地形図を思い出しながら、なんとなくその軌道の感じで進んだ。 途中の交番で地図を見せて貰って軌道修正しつつ、夜明け前に吹田と茨木の真ん中くらいまで辿り着いた。 人間社会の人々が行き交いはじめる時間になる頃には、限界が到来しもう殆ど進めなくなる。東京まで歩いて帰って、 お母さんのご飯を食べるのは難しそうだった。いよいよ空が明るみはじめ、真人間の時間がはじまる。 うんち野郎が街を歩くことが許される時間は終わった。合鍵を作るという仕事を思い出した。帰ろうと思った。 茨木駅から急行に乗って、目が覚めるとちょうど六甲道だった。足取り重く改札を出て、塾へ向かった。
2025.12.8(月)
塾へ戻ると、芦田の姿はなかった。脚で体重を支える限界だったので、ひとまず床に上半身の直接落とす。 そのまま眠りの畔へ。しばらくうつろうと、芦田が帰ってきた。話し合いへ。休日は別で過ごしたいこと、 六時半に塾が開くと思うと寝れないこと、料理の運搬の負担が大きいこと、寒いこと、選択肢がないと感じていること などを伝える。卑屈になるななどと言われる。授業の時間が来たので、授業へ向かう。夜は歴史を食べた。
卑屈になるらないこと、不満を小出しにできるようになること。この二つが現状の課題だ。卑屈の歴史は、 柚ちゃん由来だと言う。たしかに感情で相手をコントロールすることを、その時に再びはじめてしまったようだ。 気を付けよう。柚ちゃんが感情でコントロールを試みざるを得なかった僕も良くない。 不満の小出しはずっとできない。我慢、我慢の限界、爆発、絶縁という癖がある。 要するに関係を修正しつつ持続することができたことがない。一回だけ柚ちゃんに試みたが泣かれて終わった。 僕の言い方が酷かったのかもしれない。これはできるようにならないとマズい。練習するしかない。 今度からは宣言して三〇キロ歩こうことにしてみようと思う。それくらい歩くと、素直に言葉が出せるのでは。 ほんとうの自分と直面するにはひどく疲れる。
2025.12.9(火)
立川談春の「赤めだか」には、談志の「落語家たるもの、貧乏と寒さ、飢えを知らないと落語を語れない。 俺はわざわざそれを経験させてやっているんだ」という言葉が載っていた。 たしかに生きていて一番辛いのはこの三つである。タイツを入手してから、だいぶ精神が安定した。 今の生活で、もし飯が満足に食べられなかったら、僕は発狂してしまうと思う。 しかし談志の言う通りで、落語家ならずともこの三つは、一度は経験してみるものだ。生まれてこのかた、 朝一の冷たい便座に尻を乗せたことがないやつとは友達になれない。どんなに便座が冷たかろうとも、 温かい布団から飛び出して用を足すことこそが、人間の生きる哀しみであり、歓びであるような気がするからだ。 正しさが駆け巡る時代に、落語は忘れられていくのだろうか。 落語のお話に登場する人々を愛せる人間で、いつまでもありたい。
2025.12.10(水)
山田風太郎の「人間臨終図鑑」を読む。名を歴史に刻んだ偉人も、最期は正気を失ったり、 病苦にのたうち回ったりと、その名声からは考えられないような醜い死に方を迎えることが多い。 いつ死ぬかは今の僕に皆目検討もつかないが、死に方はこの中のいずれかなのだろう。 人生が辛ければ辛いほど、死にざまは美しい。 ゴッホやファーブルの死にざまは、生涯を支配した苦しみからの解放としての死であり、 人はこんなにも穏やかに死を迎えられるのかという感動がある。
今日は柚ちゃんの誕生日である。特に何かあるわけではないが、ちゃんと覚えていて、そして思い出した。 ゆずちゃんを思い出して、ひとりで致そうとも思ったが、普通に眠いので寝る。 お誕生日おめでとうございます。変わらず良い一年を。
2025.12.11(木)
今日はようやく少し、良い絵が描けたのではという気がする。 しかし小さな出来不出来に気を取られず、明日からも淡々と描いてていきたい。 昼寝のときのほうが、悪夢を見る確率が高いのは、気のせいではないようだ。久しぶりにボスに怒られる夢を見た。 動けなくなってしまって、そのまま一時間昼寝してしまった。 ビラ配りは相変わらず苦手だ。邪険にされると、いちいち落ち込んでしまう。 少しでも落ち込みを小さくするため邪険にしてきた保護者の背中にあっかんべえをするようにしている。 それでも寒いとやっぱり落ち込む。今日も二〇枚くらい配った。 合間に読む、まどみちおの詩集に度肝を抜かれる。詩もやはり上は果てしない。 いつか僕はこんな詩がひとつでも書けるのか…?圧倒されて一日が終わる。 ひとまず明日も、僕のベストを出せるように頑張ろう。 ビラ配りより低い一万分の一で良いから、良いものをつくってみたいものだ。
2025.12.12(金)
芦田の家のユニットバスのシャワーカーテンは透明で、向こうからクリーム色の照明の光がさしてくる。 そのシャワーカーテンには、たくさんの水滴たちがしがみついている。彼等はカーテン越しの光を浴びて、 白のような黒のような、笑っているような泣いているような、そんな光でいつも佇んでいる。 明日はみなが六甲に来る。みんなに会いたい。しかし、どの顔で喋れると良いのか分からないので、会わない。 会いたいんだったら行ってきなさいな、という話なんだろう。 家が無くたって、堂々とできる人間にならなければならない。 まだ女の子の前ではカッコつけたくなってしまう。 来年はにっこにこのすっぽんぽんで、両手を振りながらOBゼミに行こう。
2025.12.13(土)
「佐藤さんと佐藤さん」を見た。僕と同じで、プライドと背が高くて、優しそうだがすぐ拗ねたりしてしまう卑屈な男が主人公だった。 大きな男が背中を丸めながら卑屈になっているところを見ると、ひとごととは到底思えず苦しかった。 卑屈になると、現実世界と認識世界のズレが大きくなり、横にいる大切な人に対して不満を持つようになってきてしまう。 私の方が疲れている、私の方が我慢している、私の方が被害者だ。気づけばそんな自分の声だけしか聞こえなくなっている。 僕はまさしく、そんな卑屈な一年を過ごしていたのでは無いか。 帰り道のショッピングモールは家族連れやカップルで溢れており、ひとりものは僕だけであった。 駅までの道を足早に彼らを避けて歩いた。僕が卑屈だから、僕だけ一人なのかもしれない…と思ったが、 そんな因果関係を結んでしまうことが卑屈さをよくあらわしている。 反省の必要性を感じ、摩耶で降りて六甲道まで小雨の夜道を歩いて帰った。
2025.12.14(日)
今日はみっちゃん教室の忘年会であり、六甲が誇るつけ麺屋「繁田」の十周年記念日であった。 そこで我々は繁田に行き、これまた六甲の名ラーメン店「フルスイング」「歴史を刻め」とコラボしたという九〇食限定ラーメンを食べに行った。 冬風吹き荒れる中、二時間半並んだ。寒さのあまり正気を失いかけた。 十周年のお祝いの花束を一本一本の花にしてしまいたい衝動を押さえるのに必死だった。やっとこさっとこ、 ラーメン屋に入ると、そこには「歴史を刻め」の店主、通称トニさんの姿があった。 せっかくの自分の店の定休日に、ライバル店の厨房に立ち、小気味よく湯切りをしていた。 いつもは厳しい顔で店を回しているが、今日はとても楽しそうである。一杯のラーメンをつくることに、 心から歓びを感じている人の瞳であった。自分の大好きなことが仕事で、瞬間瞬間の全ての動作に声にならない歓声が満ちていた。 なんだかとても神聖なところを、勝手に覗いてしまったようななんだか申し訳ない気分になった。 ラーメンは二千円だったが、千四百円くらいの内容であった(もちろん、とても美味しい)。 二時間半も並んだつま先はもう取り戻せないくらい冷たくなってしまっていた。 しかし、店を出るときには大きな満足感で胸がいっぱいだった。 仕事が歓びであり、生きることが歓びであるという瞬間を目の当たりにした。 どこまでも澄んでいるその清らかな光景は、時間もなく、空間もなく、ただ光だけがそこを照らしていて、 永遠であった。僕もいつか、あんなふうに仕事をしたいと思った。
2025.12.15(月)
あかまいさんと久しぶりに連絡を取った。喋っているときと同じ、息継ぐ間もない変わらない文面を見ると、 都会で星を、砂漠で花を見つけたような、うれしい気持ちになる。あかまいさんは、 たとえミサイルがこっちに落ちてきていても、あかんこれはミサイル来てるよ逃げなあかんどうする?地下行く? でも無駄かなおしゃべりしてた方が良いかな、みたいに喋り続けてくれるんじゃないだろうか。 空や雲や鳥たちが許してくれるのならば、思いつく限りのウソを、ひとつずつ丁寧に、あかまいさんに信じさせて、 もうほとんどウソしか喋らなくなってしまったあかまいさんの声を、遠くに聞きながら、この世を旅立ちたい。
2025.12.16(火)
不安な気持ち、不満な気持ちが光っては消え、光っては消え、毎日毎日、気づけばあっという間に寝る時間になっている。 これからどうなってしまうかという不安や、そんなことは僕にはやっぱり無理なんじゃないかという不安が胸の中に影を落とす。 夢の中で描いた地図通りに道を進んだ結果、生きて帰れないかもしれないような場所へも迷い込んでしまった。 しかし、一本槍な僕には、それでも夢を見て生きることしかできない。別れや悲しみに暮れてしまうのは好まないが、 しかしそうなってしまうと分かっていても、この冷たい扉の向こうへ進んでみたい、という気持ちを抑えることはできない。 死ぬことと生きることについて知りたい。宇宙はいつ生まれて、いつ死ぬのか知りたい。 僕が生きるために、今日も誰かが死んでいるということにしっかり向き合いたい。 そして、生まれた日から僕を貫き続け、しかしウナギのようにうまく掴めない、この寂しさの正体を掴みとりたい。 今日はもう頑張れないので、明日の僕に続きは託す。なんとか提出まで漕ぎつける。友だちの声が聞きたい。
2025.12.17(水)
やりたいことと、それが下手くそなこと、お金を稼げないこと、生活が不安なこと、 これらを一気に考えてしまうから問題が解けない。一つずつ解かないと。本当にやりたいことはなんだろう。 そもそも、そんな純粋欲求は存在するのか。もっと気楽に、やりたいなと思うことを、上手も下手も、 稼げる稼げないも気にせずにやることはできないだろうか。まずはその環境を設計が最初のように思える。 意志決定の力はほとんど使わずとも、仕組みがそう流れるような生活にしたい。 現在の生活は、必要以上に精神力が必要になってしまっていて、本領からは程遠いところで勝負をしている。 もっと人間の本性に寄せた習慣つくりをする必要がありそうだ。
2025.12.18(木)
昨日は夜中まで、カップルチャンネルを聞きながらパースをつくり、今日もコメダの小さい机に噛りつきながら、 横の席にかわるがわる座るカップルの話に耳を傾けていた。何のために必死にパースをつくっているのかも さっぱり分からないし、カップルたちが何のために仲良くしているのかもよく分からない。 過去から現在、そして未来へと真っすぐ時間が流れているとすると、僕たちは何に向って歳を重ねているのだろう。 老夫婦の会話にその答えは見出せなかった。カップルチャンネルのイチャイチャ問答の中にも、 目的地は無いように感じる。ミュージアムロードのコンペも、建築学生でもないし、建築家になるわけでもない僕が、 何を必死にやっているのだろう。ましてや一生懸命、すべり台をつくっていると、より意味が分からなくなってくる。 もしかして、人生に意味なんてものはないんじゃないか。そんなひとつの仮説が頭に浮かぶ。無いとしたならば、 何をして生きればよいんだ。来年は、この仮説を検証すべく、もっと激烈にコンペにだしてみよう。 フォトコンも、詩歌も、建築も全部やりまくってみたら、もう少し何かが分かりそうな気がする。
2025.12.19(金)
朝起きてからも変わらずに格闘し、夕方四時過ぎに、ようやくなんとかコンペ案を提出。 ひとりで設計したのは卒計以来で、かなりタフだった。しかし、これくらい疲れ果てると、 普段は分厚い自意識に覆われている、無我の透明な瞳をようやく辿り着ける。やはり創作活動と丁寧な生活は 両立しないかもしれない。しかし何年もこんな生活が続けられる訳でもないので考えものだ。 久しぶりに全身が疲れ果て、身体が地面に、視線が空に吸い込まれていった。 これコンペを区切りに建築はやめようかと思っていた。建築という、多くの人が関わり、その力を束ねて統制しないと いけない仕事において、僕のような社会のルールをしっかり守れない人間は不適であると痛感し続ける一年であった。 相変わらず夢では怒られ続けているし、コンペ期間は精神的にだいぶ参ってしまっていた。 そんなこんなで、これが終わったら、もう建築はしないんだ…と思いながら今週は作業を進めていた。 しかし、できたシートを西浦さんに送ったら、思いがけず沢山、褒められてしまった。 西浦さんが大人で褒め上手な女性であることは十分に分かっているのだが、やっぱり褒められてしまうと、 もう少し続けてみても良いんじゃないか…?というスケベ心が顔を出してきてしまう。どうだなんだろう。 この褒め言葉に騙されて、生きてみてもいいのだろうか。生きてみたい気もする。 西浦さんの言葉に調子づいて連絡先を持っている人全て(10人)にコンペ案を送ったが、 褒め言葉は特に返ってこなかった。
2025.12.20(土)
久しぶりに、とまり木のりえさんとあさちゃんに会う。ふたりは僕のママ友みたいな感じの人だ。 M1の冬くらいから卒業までお世話になっていた。マスターが喫煙している喫茶店で、 二人に聞かれるままに今年の顛末と今の生活を話す。本当に心配してたんだよ、という母親の顔をされてしまうと、 僕も泣きつきそうな気持ちになってしまう。話の中で、僕が少し卑屈になって「僕なんて…」みたいなことを言ってしまった時、 即座に二人からそれは違うよ、と否定された。ハッとする。卑屈に考えてしまうということは、 それくらい良くないことなのだ。それを見逃さず一瞬で叩き潰す二人は凄い人たちだ…としみじみ思った。 その後、その他メンバーとも合流し、三時間ほどの楽しい飲み会だった。みんなほんとうに、 身体の奥底から優しい。無条件の愛を浴び続け、困惑してしまう。どうしてそんなに優しくしてくれるのだろう。 彼らの愛からは、小手先の利他ではない、何かもっと大きなものを感じるが、それがなんなのかは今の僕には分からない。
2025.12.21(日)
芝﨑くん、北岡くん、西浦さんと四人で忘年会。これは同級生の友だちがいないことを示している。 そしてM-1の日だった。面白かったが、僕もやっぱり作れそうな気がする。M-1は相方がいないと出れないけど、 R-1は誰にも迷惑をかけずにできるので、来年エントリーしてみよう。1000万もらえるコンペなんてない。 そしたら僕はその賞金で次の何かの制作費を確保できる。その前に、「第二回牛乳大好きコンテスト」みたいなのが あるので、そこに牛乳コントでチャレンジしてみようと思う。しばさきくんたちは学生なので、 僕の知らない人たちがよく登場する。そして若いので大学生の遊びの勢いがある。 僕はもうそういう遊びはしっくりこない歳になったんだと感じる一夜であった。仕事もせず、創作もせずに 眠りにつくのが不安で仕方ない。一時くらいに切り上げて、作業をすればよかった。 芦田も、家族と会社以外の飲み会は必要がないと言っているし、人生は音を立てず局面を変えていくものなんだろう。 きっと最後の学生の夜を楽しく過ごした。ありがとう。豆乳鍋はとても美味しかった。 この週末をもって僕の年末年始のイベントは終了であった。また、静寂の底へ潜り、 水面に踊る光を見上げる日々をはじめる。
2025.12.22(月)
十時頃に北岡くんの横で目覚め、ぼやけてふやけた時間を過ごす。十一時半ころに北岡くんと別れ、娑婆を後にする。 眠気と戦いながら塾の仕事へ。ばたばたしていると、夕方頃に知らない電話番号からの電話と、 一通のメールが届いていた。十月末に出していた「ミラタップデザインアワード」に入選とのこと。喜ばしい。 お金が最低五万円もらえる。最高だと百万円もらえる。二月の表彰式で何賞が得られたかは発表されるらしい。 そして、その式にはおそらく、別部門の審査員を務めたボスもいる可能性が高い。 蛇に睨まれた蛙のように動けなくなってしまうのだろうか。僕は何て言えばいいんだろうか。怖い。 被り物をして参列しようと思う。芦田とふたりで焼肉屋に行き、少し胸を高鳴らせながら注文する。 ラストオーダー直前の静かな窓辺の席。一杯のお酒、特大のライス、真っ赤な牛肉で、ささやかに喜び合った。 久しぶりに絵を描く。相変わらず三島由紀夫がうまく描けない。練習あるのみである。
2025.12.23(火)
aaaうんちうんち!!
2025.12.24(水)
初めてのしゃぶ葉。ひたすらに薄い牛肉を食べ続ける。昼間は時間無制限の食べ放題なので、 次は休憩を挟みながら五時間、断続的に食べ続けてみたい。 その後は、みっちゃん教室の塾の間取りを変更するために、実測して図面起こし。 今日は休日だったので、コメダにでも避難して、生徒と会わないようにしようと思っていたが、うっかり、 がっつり会ってしまった。明日はしっかり実測は中断して、誰とも会わない一日にしよう。 HP作成を試みるが、githubの使い方を完全に忘れてしまう。Wordpressで妥協するべきか。 しかしhtmlのみの阿部寛HPになってしまっても、自分で試行錯誤してHPを立ち上げてみたい。髪の毛が伸びてきた。
2025.12.25(木)
あああうんちうんち!!!
2025.12.26(金)
今日はとても疲れた。この身体を支配する疲労感が、今日だけのものなのか、それとも最近の疲れなのか、 それとも今年の疲れなのかは分からない。生徒たちがようやく帰り、音がしなくなった部屋でようやく心からの 一息をつく。見ようと思って楽しみにしていた「名探偵津田」を布団の中で見る。 118歳のキス顔も愛おしいと思った。僕だったらあそこでもキスをしてしまう気がする。見終わって一息、 どっこら一回致そうかと思い、PCのプライベートモードの検索画面を立ち上げる。 中学生くらいの頃にお世話になっていた「小倉ゆず」を打とうとするが間違って「小倉柚」と打ってしまう。 その字面が懐かしくて、うっかり「金子柚」と調べてしまう。柚ちゃんも頑張っているみたいだ。 何を言っているかはあんまり分からなかったけど、何かを言おうとしているのは伝わってくる。応援している。 僕がいないから輝いているのかもしれない。寒い季節でも塞ぎこむことなく元気にやっているのだろうか。 就活は大変なのかな。新しい彼氏は出きたのかな。グラントワで撮った写真をなんで使っているんだ。 札幌の地下鉄で撮ったあの写真とかの方が良くない?もう僕の事なんて思い出さないのだろうか。 そういえば坂口恭平はゆずちゃんが教えてくれたんだった。色んな色の気持ちが混ざり、部屋を漂う黒となる。 これはいけないと思い、慌ててなぜか「舟木健太郎」と調べる。そうしたら、ふと僕の卒業設計の模型写真が。 そういえばこんなものも作っていたな、と懐かしい。これも何を言っているかはよく分からない。 でも、無鉄砲で自信満々で、力強くていいヤツで、なんだか応援したくなってくる若者だ。元気づけられる。 ゆずちゃんが好きだったのはこういう僕だったんだろう。あの日から、星々の動きと共に、宇宙の中の随分遠くを 今の自分は彷徨っているような気持ちになる。そう思うと、毎日同じ場所に立っているようで、大宇宙をずっと 凄まじい速度で僕はめぐっているのではないか。「失くせないものがある」と僕の卒計の文章には書いてあった。 こんなにたくさん失くしても、失くせないものってなんだろう。愛された記憶とかだろうか。 はやく寝ないとまた明日が来てしまう。僕がどんなに大きな声で歌っても、宇宙にひろがる静寂は破れない。 僕はなんで、生きているんだ。どこにむかって、生きているんだ。
2025.12.27(土)
HPを作り続けて三日目くらい。だいぶ形になってきた。あとは飽きずに運用できるか。
OBゼミで六甲に来ていたよっちゃんと会う。伝えたい気持ちが上手く言葉にならない。 僕が伝えたかったのは、僕がよっちゃんのともだちであること、味方であること、幸せを願っていること、などなど。 それらをまとめてハグで伝えたいという衝動に駆られたが、自分が変質者であること、ここは日本であることを思い出し、こらえた。 幸あれ。よっちゃん。また会いましょう。今度、砂場でも行って、泥団子でも作らないかい。
2025.12.28(日)
突然、今日は一日、働かなくて良いことに。久しぶりに絵を描く。HPの骨格が概ね完成。久しぶりにカメラを持って 2時間の散歩。街を歩いていると、こんなことしている場合ではないのではという不安が押し寄せてくる。 寒さでひどく疲れる。作りたいものが出来てしまった虚無感に包まれる。どうしよう。 まだ眠くはないので、ひとまず年賀状のデザインを考えることにする。さすがに芝﨑くんにシャワーを借り過ぎている気がする。 芝﨑くんも嫌がっているんじゃないだろうか。心苦しい。洗濯機をまわしている間、暇なので芝﨑くんの家の本棚に あった長坂常の「半建築」を読む。建築もやっぱり面白い。二級建築士、来年挑戦してみようかな。
2025.12.29(月)
みっちゃん塾と他の二塾とコラボするイベント。知らないスタッフと知らない生徒がたくさんいて人見知る。 全員に振舞う用の豚汁をつくるが、どうしてかあまり美味しくなり切らない。焦って料理しても良い事はない。 お酒を飲んで気分は良いが、喋り相手はいないので横で自習している生徒に相手してもらう、悲しい生き物であった。
2025.12.30(火)
フラれる。でも冷静になってみると、普通に家も職もなく、社会保障費を滞納しているので、告白している方が 頭がおかしいかもしれない。悲しい。でも、もう少し冷静になってみると、別にそういう理由でフラれた訳では 無さそうだから、ただ僕にはそこまでものがなかったようだ。僕が生きる寂しさを引き受け切れていないから ずっとひとりなのかもしれない。もう僕は堅気の世界では生きれないのかもしれない。悲しい。寂しい。情けない。 価値がない。幸せになる勇気もない。全てがない。一切合切が無。む。ムムムムムムムムム。ムック。fu〇k。 ガチャピン。
2025.12.31(水)
塾納め。2時くらいに生徒が帰っていき、4時半くらいに芦田も帰っていき、おそらく生まれてはじめて、 ひとりで大晦日を過ごす。さまざまな人間があらわれては僕へ言葉を放っていった。僕はそのあいだ、 何も喋れなかった。そのうちにみんなは去っていった。気づけばまたひとりになっていた。 それでもなんとかこの一年を生きのびた。しかし気づけば一年が過ぎてしまっていた。 誰の顔も浮かばなかった。ほんとうにひとりだった。走ろう。