2025 11
夕方、写真を撮り歩いていると、オープンハウスの営業お兄さんに捕まる。休日なのにご苦労様です。 紙に名前を書いてあげる。同期は、半年のあいだにもう10人くらいモームリしたらしい。 過酷だ。オープンハウスに就職したマサは元気にやっているだろうか。仕事に潰されかけている他人と直面すると、 自分ごとに思えてしまって、とても辛い。
2025.11.2(日)
ラウールとの別れ。短い間だけど、会えてよかった。上手く喋れない僕にも優しくしてくれた。 振り返らずに喧騒の中に消えていったラウールの背中の大きさに、生きることの絶対的な寂しさのようなものを 見た気がする。
2025.11.3(月)
疑わず、ビラを手に取る子どもたち。目をそらす大人たち。親から子が学び取ることは多い。 疑わず、ビラを手に取れる大人こどもになりたい。
僕の居場所を突き止め、連絡をしてくれた雄也。こんな僕を探してくれてありがとう。 また会おうブラザー。雄也が靴に忍ばせてくれた連絡先を書いたメモは、大切に写真に撮り、ノートに貼った。
2025.11.4(火)
留学生と一緒に「ビンクスの酒」を歌っている時は、ワンピースのように、 どんな人とでも心通わせられると心から信じられる。思わず泣きそうになってしまう。
ヨホホホ ヨホホホ …
ラウール引っ越し手伝いの戦利品。圧力鍋。さっそく無水カレーをつくる。美味しい。美味しいご飯を食べると、 人間の気分は素直に良い方へ向かう。
2025.11.5(水)
圧力鍋と言えばの豚の角煮。美味しい。しかし圧力鍋を使い始めてから、食費が上がり、調理時間も伸び始めた気がする。 二日では何とも言えないがこれは「文明の前進が労働時間の削減には結びつかない」ことを示す小さな一例なのかも しれない。最近は、何か少し疲れていて、背中が重い。
2025.11.6(木)
三者面談があある中学校の前でビラ配り。まばらに出てくる親子たちのあいだに、「サラダ記念日」を読む。 猫じゃらしがメトロノームのように揺れていた。三時半の夕暮れ。影が長い。
2025.11.7(金)
芝﨑くんと会う。つい嬉しかったのか、三時まで喋ってしまう。芦田のもとを少し離れて、 違う人と過ごす時間をもう少し取るべきと気づく。そして、その難易度の高さにも気づく。どうしよう。 ひとまず、歌を歌った。自分で自分を幸せにすることについて、もっと真剣に向き合わないといけない。
2025.11.8(土)
今度こそ手紙を出そうと試みる。なんとか書き終える。読み返すと、どうしても気持ち悪さが拭えない。 また破ってゴミ箱の底に押し込む。泣き言が多すぎる。その割に「大丈夫です」みたいなフリをしていて気持ち悪い。 泣き言は作品に託そう。手紙は書かない。夜は必死に写真集と格闘した。西浦さんにも写真集を送ろうと思う。
2025.11.9(日)
送るための写真集を必死に進める。印刷・製本は藤原印刷にお願いしようと思っていたが、 少部数は対応していないとのことだったので、自分で製本して上製本にすることにする。 不安だが10冊、頑張って作ってみようと思う。もう一つ、愛機のPENTAX67が故障してしまった。途方に暮れる。 修理には五万円くらいかかるらしい。
2025.11.10(月)
プロレスバーに行き、ほとんどはじめて見るプロレスに衝撃を受ける。バーの店長のおススメ、 葛西純と伊東竜二のデスマッチに更に衝撃を受ける。命を賭けて殴り合うショーをする彼等の生き様から 自分の人生を見てみると、その矮小さに考えさせられる。
2025.11.11(火)
次の次の三月、あと一年半くらいで僕もここを卒業することに。僕は何者と名乗って生きていくのだろう。 建築家や写真家とかは、なんか偉そう過ぎて気が乗らない。詩人は偉そうじゃないし、正しいので良さそうだ。 でも大きすぎる靴に感じられる。強いて言うなら百姓だろうか。土持たぬ僕が今できる百姓としての活動は、 ネギが何になりたがっているかを知ろうとする事だけである。包丁の切れ味がますます悪い。
2025.11.12(水)
国民保険に再加入するために東京へ。国民年金にも再加入する。国民年金はもう払わなくて良いのではないかと思う。 役所のお姉さんには「ハロワークには行かれていますか」問われ、言葉に詰まる。新宿の世界堂で、 写真集の表紙に使う紙を買う。二十二時四十分。まだ誰も退勤していない時間に出発する夜行バスに乗る。
2025.11.13(木)
塾の生徒たちには相変わらず舐められている。女の子にも基本的に舐められる。大人にも当然舐められる。 いつの間にか、舐められない人間であるために必要なパーツを失くしてしまったようだ。しかし、僕を舐めた人間で、 僕より偉大だった人は一人も存在しないはずなので、僕は今日も誰かに舐められるべく、街に出る。
2025.11.14(金)
今日も二郎ラーメン。僕がかじりついた豚肉さん。顔も知らないのに、いきなりかじりついて失礼しました。 これが二一世紀の愛ってやつなんだ。いつか、君の生肉を、きっと素手で食べるから、今日の僕の失礼を許して欲しい。 とても美味しかったよ。ご馳走様でした。おやすみなさい。
2025.11.15(土)
もっとゆっくり食べなければならない。作る。ペースを合わせて急いで食事する。その勢いで皿洗いする。 沢山食べているのに、まったく食べた気がしない。だからうんちが出ない。今日もとても疲れる夕食だった。 しかしこれをお母さんは20年続けている。そう思うと、僕ももう少し頑張らないと。週末の献立の予定は、 結局ひとつも残らなかった。残り物の賞味期限が迫っている。上手くいかないことばかりだ。途方に暮れている。 お腹いっぱいだけど、ラーメンを食べに出たい。
PENTAX67を、近所のカメラおじさんに見てもらう。どうやら故障ではなく、 バッテリー切れによる安全装置が作動しただけであったようで、明日からまた無事に使えることになった。 本当に良かった。写真を撮ることだけしか、もう僕には残ってないから。そのおじさんに、今度二眼レフを 貸してもらうことに。ありがとうございます。いつか、立派な写真を撮る人間になって、 あの時助けていただいた鶴です、と言いたい。
2025.11.16(日)
西浦さんと芝﨑くんと会う。西浦さんは、「え~元気!めっちゃ喋る!」と褒めてくれた。 現在の状態で褒められるくらい崩壊した人間だったと思うとぞっとする。そして、今のこんな丸い背中の 僕を褒めてくれる西浦さんに感謝だ。写真集が完成したら、最初に届けたい。連絡を絶ってしまった人達にも、 こうやってまた会って、普通に喋る事が許される日が来るのだろうか。事務所の人達は、僕が白い歯を見せて生きている ことを許してくれるのだろうか。母親は、自分と会わずに友達と会う不良息子を許してくれるだろうか。 少し火照った顔の帰り道の夜風は、それらを許してはいない。
2025.11.17(月)
マクロレンズ(Nikonはマイクロレンズ)を初めて所持したので、いろんな花や葉っぱを撮って遊ぶ。 ピント合わせが頗る難しい。しかし、目を凝らすと、こんな世界が拡がっているとは知らなかった。 明日は五時に起きて、朝の暗がりをマクロレンズで撮り歩いてみよう。毎日少しずつしかし着実に、成長していきたい。 目指せ宮沢賢治。エスペラント語を僕も習得してみようかしら。
2025.11.18(火)
ひどく寒い夜道だった。むなしさばかりが響いていた。やっぱり死に時を逸したのかもしれないと、 濡れたシャワーカーテンの向こうの部屋を見ながら思った。ユニットバスのドアが全開なのは変かもしれない。 エレカシの「普通の日々」が後ろから聴こえてくる。もう十二時半。僕は貨物列車が駅を通過するように、 人生を終えるのだろうか。一人で死ぬのは惨めなことなのだろうか。
2025.11.19(水)
身体が疲れている。そんなに何もしていないけど、疲労感が大きい。もう少し早めに休息を撮る必要がある。 しかしそれは芦田も一緒なので、いつも布団を譲ってしまう。そうやって何だかんだでパフォーマンスが 落ちてしまっている。しかしそれは僕の爪の甘さだ。もっと自分に厳しくしなければ。近づく年の瀬。 今年が終る前に、今一度自分を見つめ直さないといけない。
2025.11.20(木)
あっという間に夜になってしまった。コンペの提案が思うように進まない。明日の朝に発表があるのにどうしよう。 絞り出さなければ。もうpinterestでもなんでもいいから、とにかく図面を埋める。いよいよ本格的に寒い。 底冷えする一階に引く布団で見る夢は、悪夢ばかりだ。早くも春が待ち遠しい。とにかく明日を乗り切ろう。 もうひと頑張りだ。
2025.11.21(金)
芝﨑家へお泊り。大きな歓待を受ける。促されるままに酒を飲み、角煮をおかわりする。あたたかい。 湯船で足を伸ばし、暖かい布団にくるまる。あたたかい。このままで生きていて良いんだと思った。
2025.11.22(土)
東大寺学園にてビラ配り。夕方に配るまでの時間に奈良観光。唐招提寺や薬師寺をまわる。 保護者会終わりのお母さんたちは、みんな二三人の仲良しグループになって帰ってゆく。 僕のお母さんにもママ友はいたのだろうか。僕が家で学校の話をひとつもしないから、 もしかして保護者会で一人ぼっちになってしまっていたのではないだろうか。僕の軽率な行動が、 いつも大きな悲劇に繋がって近い人達を悲しませている。
2025.11.23(日)
塾の生徒の面倒を見てると、日曜日があっという間に夜になっている。 全てが終えてスーパーへ夕ご飯の買い物に向かうと、カフェで勉強するおばさんの姿が見える。 学ぶべき僕は何も学ばず一日を終えようとしている一方で、おばさんは一日しっかり勉強をしていると思うと、 浦島太郎の速度で疲れた。夜中はフィルムのネガスキャンに格闘。おそらく二時頃力尽き机に崩れる。 3Dプリンターの性能は素晴らしく、綺麗なフィルムフォルダーが作成できた。
2025.11.24(月)
アメリカの偉大な写真家、アレック・ソスはタイトルと撮る写真を決めてから、撮影に出るらしい。 そういう作品のつくり方もあるみたいだ。連日の深夜のフィルムとの格闘に疲弊。睡眠時間が足りない。 日課を優先して、早く寝る日を作らないと。今日はいつ、絵を描けるだろうか。最近は裸の女ばかり描いている。
2025.11.25(火)
芦田は週末の旅行で、りさぴからアップルウォッチを誕生日プレゼントとして貰ったという。 社会人カップルのプレゼントである。一方その頃、同級生の僕は、日の当たらない塾の片隅で、 よく分からない絵をひとりで描いている。愛する人も、愛してくれる人もなく、ただただ、 流れていく雲に置いていかれるばかりだ。
2025.11.26(水)
社長と鞄持ちの差を、一日中感じさせらながら生きるのは辛い。その小さな積み重ねが、 毒として精神を蝕む閾値を超え始めている。晩御飯もどうやら美味しくなかったようで、 気持ちのエラーが味付けに影響を及ぼしているみたいだ。何とかしなければならない。 しかし明日も朝五時に電気をつけられて、飲み会について来られる。来年の三月まで、 心を壊さずにこの関係性で乗り越えられるだろうか。壊れた心の欠片は、集めたらまたくっつくのだろうか。
2025.11.27(木)
雄也と久しぶりに会う。牛乳パンを食べていた。あんなに沢山変化球が投げられるのに。可愛い一面である。 卑屈になってないで、人生の覚悟、決めないとな。宮沢賢治を目指そう。今日は寝る。 明日からまた夜更かしをして、作りたいものを作ろう。悲しみも歓びも、すべて歌にするんだ。 詩は芝﨑くんが、絵は西浦さんが預かってくれることになった。あとは僕は、ただひたすらに生きのびて書くだけだ。 ケツの穴に力こめた目つきをしていこう。運命を殺す。
2025.11.28(金)
三人でしゃぶしゃぶだと言われて支度をするが、二人で食べるから急いで塾に戻ってきてと言われ、 あとは肉を入れるだけの鍋を閉じる。夜中に一人で食べる煮星のラーメンはそれでも美味しかった。 悲しさに暮れすぎて食い逃げしかける。危なかった。北枕で寝た。
2025.11.29(土)
カメラと三脚を持つと、自分が透明になって、画角とフレームだけの目になるような感覚がある。 寒さによる尿意と鼻水と格闘しながら、二時間で五枚ほどの写真を撮った。写真を撮るのは楽しい。 もっと撮影行為を分解していきたい。アフリカで子どもたちが次々死ぬ中、道楽馬鹿の僕は自分だけが歓ぶために、 シャッターを押している。
2025.11.30(日)
子どもたちになぞなぞを教える。炎のイラストに点々で「び」なんてことが分かるようになるのはいつなんだろう。 何も知らない子どもたちの顔を見ると、謎の抽象と因果の世界に無理に巻き込まなくても良い気がする。 分からない。これらを得ることで、僕たちは何を子ども時代に置き忘れてしまったのだろう。 なぞなぞは思いのほか、難しかった。
いに明日から一二月。少し感傷に浸る(いつも浸っているかも)。子どもの頃はよく、母が怖くて、 好きでもない勉強をしているフリをしていた。白い紙には無限の宇宙に繋がっていて、よく色んな落書きをしていた。 時は経ってもそのころと変わらず、好きなことを破られないよう、自分の中に、紙の中に閉じ込めたままだ。 本当はちゃんと、おちんちんのように見せびらかしていかないとけないんだけどな。結局、 あんなに応援してくれていたゆずちゃんも、最後は僕の夢に(もしくは僕自身に)唾を吐いて去ってしまった。 僕はやっぱりいつもどこかおかしな人間で、誰かに侵されるたびに、あぁ、まあ僕がおかしい人間だからな…と 傷ついていないフリをしていたが、変わらないといけないのかもしれない。 弱さ、勇気のなさ、決断の遅さ、覚悟の薄さ。空気が薄く吐く溜息も浅い。舐められない人間になりたい。 僕を舐める全ての生き物を殺したい。たとえそれが愛した人であっても、握力一杯に首を締めたい。