2026 3

2026.3.1(日)
昨晩二時頃まで及んだ本棚つくりに疲れ果ててしまったので二度寝。しかししっかり六時半に目は覚める。良い事だ。 明日くらいから少し早めて六時起きに挑戦してみても良いかもしれない。目はまだ真っ赤に充血している。目も疲れてしまっているみたいだ。 十一時くらいに再び起きて、芦田のお昼ご飯と電子レンジを塾へ運ぶ。この炊いた米を食事のたびに送り届けるっていうのが、小さな生活のノイズとして常に存在している。 喉に刺さる小骨、足の裏の米粒、…もう一個思いつかない。しかしでも、まとめてやればよいのか。運んでいくたびに話しかけられたりして、結局合計で三十分から一時間ほど時間を取られてしまっている。 毎日一時間、月三十時間。そうすると月三万円ほどの労働になるけれども、これはそのうちどうしていくんだろう。 芦田もお米くらいは炊いてくれたりしないだろうか。まあそのうち、然るべきところに行くだろう。とりあえず、今週一週間くらいは、やってあげよう。 いや、やっぱり普通にやりたくないかもしれない。料理はなくて、ただ米を運ぶののはやはり何かおかしい。この正解はなんだろう。 僕はなるべく独立した生活をしたいし、絶妙に給料が発生していない時間が沢山ある気がする。実は。そういうのをなるべく減らしていきたい。
お昼にリエさんにお迎えてもらって、あんじゅホームへ。永久就職も視野にバイトをすることに。永久就職。永久就職…。 今はこうやって声をかけてくれる人がいるけど、しかしそれは将来性みたいなものへの見込みであって、現在の僕が特別に何かできたり、優れている人間であるわけではない。 買ってくれているのは、あと長くても一二年だろう。それまでに人生の方針を決めなくてはならない。とりあえず週一であんじゅホーム、週三でティーハウス、週?でみっちゃん教室で働いて食いつないでいくことになった。 三月はどれくらい稼げるだろうか。15万円くらいは稼ぎたいが、いけるだろうか。こんな時間労働を、いつまでも続けるわけにもいかない。 というか眼科に行きたくても保険料を滞納しているんだった。その手続きもしなければならない。 やはり朝の生活のリズムが大事だ。もっと丁寧に一日をはじめないといけない。明日からティーハウスに行きはじめるが、なんとかやっていけるだろうか。 目の不調をはやく治さないといけない。PC作業にひどく疲れてしまう。今は七時ニ十分。 八時には塾にご飯を持っていかないといけないので、そろそろ準備だ。今日はあと、履歴書の印刷と図書館への本の返却、書き切れていない日記の消化、読書で終わってしまいそうである。 この土日は結局、本棚制作に追われて、作家としての習慣をさぼってしまった。明日からまたしっかりと書こう。読もう。 あ。明日は七時に元町のコメダに行こうかな。それで十時ギリギリまで、そこで書く方が良いかもしれない。
「若い読者のための短編小説案内」を読み終える。面白かった。小島信夫、長谷川四郎の本を、特に僕は読んでみた方が良い気がする。 特に長谷川四郎の遊民的、非常民的な文章の書き方というのは、僕の性分に合っているのかもしれない。僕も多分、本来的にはそういう人間だ。 基本的に村の外の人間。異邦人。その気配が文体に出るような書き方みたいなのを、真似してみたい。僕も日常を書くよりも、非日常をとにかく記述していく方が性分に合っている。 そう思うと、常に非日常として生きるように心掛けた方が良いかもしれない。常に。宇宙人の気持で。 とかを考えながら夜ご飯を食べ、皿を洗い、明日の弁当の用意をして、日記を書きたい気持ちを我慢して、十二時くらいに消灯した。 明日からまた知らない会社だ。僕が働いたことのあるのって、
・弥一(寿司屋) …馴染めず
・ジャンカラ …馴染めず
・いるか設計集団 …ぎり耐え
・山崎健太郎デザインワークショップ …馴染めず
・みっちゃん教室 …ぎり耐え?
しかない。基本的には浮いている。現実性が増せば増すほど、僕の存在理由みたいなものが後退していく。六社目、ティーハウス。七社目、あんじゅホーム。 僕の面倒を見てくれる、見てくれていた芦田やチョン先生は偉大だ。基本的に雇ってもあまり金にならない。生産効率が低い。 明日からもなるべく頑張ろう。まあがんばっても、それなりくらいにしかはなんないんだけれど。とりあえず明日の飯の金を稼ぎ出すのが第一だ。 八時くらいに早帰りさせてくれたら嬉しい。早く寝て、早く起きたい。書くんだ。ちょっとDIYに気を取られていて、書くことがオザナリになっていた。 明日は朝、日記を書く。日記を溜めると大変だ。うんちと一緒でとにかく早く出さないと。北岡くんが喜ぶ誕生日プレゼントはなんだろう。 喜ばせたい気持ちが強すぎて、思いつけない。もっと気楽に。真っ白ブリーフ、とかかな。 そういえば帰り道、通りすがりの本屋に、Casa BRUTUSのカフェ特集号があったので買ってしまった。 飯を食いながら読んだが、そんなにおもしろくはなかった。僕が行きたいカフェはひとつもなかった。髭のおじさんが斜めに帽子をかぶって、ぶかぶかのズボンを履いているカフェに誰が行きたいんだろう。 珈琲がいくら美味しくたって、そんなのは嫌だ。全員まず髭を剃った方が良い。太い黒縁の眼鏡もやめた方が良い。 身長が低すぎる。珈琲じゃなくて牛乳を飲んだ方がいい。早く寝た方が良い。バレー部に入って沢山ジャンプした方が良い。 珈琲はそれからだ。なんだかイライラしてきてしまった。とりあえずあの本は西浦さんに渡そう。僕はあの本を開くとイライラしてしまう。 雑誌としても、いやでも千円であの情報量だと思うと、結構すごいな。千円であの情報量を載せようと思うと、中々の頑張りが必要になる。 雑誌もそういえばつくりたいんだった。忘れていた。まあいいや。またしばらく忘れておこう。今はそれを考える余裕はない。改めて消灯。すぐ寝た。
2026.3.2(月)
少し早起き。六時十五分。良く寝れた気がする。IKEAのふざけた接合部の読書灯は、ボンドで強制接着してしまった。おかげで安定。 昨日用意したお弁当(昼の米、夜の米、もらったタンドリーチキン、鰯の缶づめ、お箸)を鞄に詰めて家を出る。 半年ぶりくらいの通勤電車に。快速電車には、もうそれなりの人間が乗車している。ぎりぎりリュックを前にしなくても怒られないくらい。 こういう時、カメラを持ち歩いている人間はいつもどうしているんだろう。僕は、妊婦さんがお腹に赤ちゃんがいますのよ!と思っているときの要領で、お腹にカメラがあるのでリュックは前に出きません!という顔をしていつも乗車しているけれど、正解ではなさそうだ。 まあでも関西の電車はそんなにシビアじゃなさそうなので、気楽で良い。東京は大変だ。トクちゃんは元気にやっているだろうか。 トクちゃんは本当はもう少し自己評価が高くてもよさそうだし、内心はトクちゃんももう少し自分を評価しているんじゃないかと思う。 返り討ちに遭わないために自己評価を上げ過ぎないようにしているみたいな。そんなことはないんだけどな。トクちゃんは、ボケ以外はほぼ万能選手だ。 なんでもできる。歌も上手い。ピッチも良い。運転も上手。これらから推測するに多分セックスも上手だと思う。トークも上手。 字も綺麗。食べる順番も良い。構造力学も教えるのが上手い。良いところしかない。トクちゃんのいる会社で、一番トクちゃんが良い男であるのは、疑いようのない事実である。 今、何かしらによって現実世界とトクちゃんの世界に捻じれとか絡まりとかが生じてしまっているが、これはいずれ解決するだろう。 トクちゃんは何が天職なんだろう。そのイメージは浮かんでこない。なんでもできすぎる。頭にパンティー被って、世直し変態仮面とかになるのがやっぱりいいんだろうか。 それがトクちゃんのあらゆる才能を表現できる気もする。
そんなことはどうでもいい。脱線した。本棚をつくる時にカーテンレールを外してしまったので、洗濯ものを干す場所が家から半分なくなってしまった。 早急に物干し竿をこしらえる必要がある。とは言いつつ週に一回しか洗濯しないのだけれど。面倒くさい。三日くらいおんなじ服を着ている。 シャワーは毎日ちゃんと浴びるのだけれども、服を着替えるのは基本的に面倒くさい。でも物干し竿が必要だ。 今週末はそれをつくろうと思う。DIY。さすがに小倉くんを呼ぶほどではない。気がする。出来るかな。 スカルパみたいな物干し竿にしたい。素材と素材が切り替わる接合部の部分を、しっかりセレブレイトする。 そうしたらスカルパみたいになる。と信じている。建築を五年くらい勉強して分かったのは、とりあえず接合部と開口部に全精力を傾ければよい、ということだ。 力不足は当然なので、ひとまずそこに全て賭けたら、なんとか迫力くらいは出る。仕事はそうはいかないけれども、まあ自己責任の範囲内ならば、そこに集中するのが良い。と思われる。 ということで接合部をどうしようか。軽量鉄骨とか金属パイプを使ってみたい。そんなことを考えていたら、もう八時になってしまった。元町のコメダは空いている。こっそり鼻くそがほじれるくらいには空いている。 こっそりオナラもできる。もはや貸切だ。ここからツッキーの事務所まではおそらく15分ほど歩く必要がありそうなので、九時半くらいにここをでれば良いだろう。
それにしても目が相変わらず痒く、充血している。失明してしまうのか…?失明したらどうしよう。琵琶法師になるほかないのだろうか…?ひとまず日記の空いているところを書こう。あと二時間ある。
ティーハウスでのバイト一日目を終える。緩い。優しい。困惑してしまった。床が傾いていて酔った。 あまり何もしていない気がする。なのに一万三千円も貰ってしまった。本当にそんなもらって良いのだろうかと、少し後ろめたい気持ちになる。 しかし言われてみたら、別にこれくらいの温度感で建築をやってもいいわけで、今まで僕が必要以上の厳しさを環境に求めていたのであろう。 どの強度で仕事をするのか、生きていくのかという線引きはとても難しい。外部要因で決定するものではないのだろう。内的な発露によって決める必要がありそうだ。 床が傾いていて、あまり今日は力を出せなかったが、明日はもう少し頑張れる気がする。とりあえずバイトで気楽だし、どんどん進めて行ってみよう。どうせ責任は取れない。
建築がだんだんと気になってくる。寸法について、もうちょっと言うとプロポーション、モデュールについても次はしっかりと検討しきってから作りたい。 スカルパの「ブリオン家の墓地」は55mmのもジュールで殆どすべてつくり切っていて、しかし橋の下のお墓のところだけは、お墓だけは30mmモデュールでつくっているらしい。 そうすることで、空間の統一感、背筋みたいなのが通り、そして一番大事なところは、そこからさらに独立して、もしくはその世界の中のもう一つの世界のように、存在させることができる。 モデュールはそうやって大事なひとつのルールとして使い、しかし肝心なところではそれを崩しに別のルールを差し込む。そうやって異なる存在をぶつけ合って空間の緊張感のようなものを一段上にあげる。 弁証法的な設計。なのかもしれない。この塩梅はとても難しそうである。矛盾の取り扱い方。異物の衝突のさせ方。共存のさせ方。 人間においても、物質においても、ここに全てが詰まっているといっても過言ではない。僕だったらそこをどうする…? ティーハウスには計数百万円分の建築の本が転がっているので、それを少しずつ読んでいこう。勉強するところはたくさんある。楽しみ続けられる。 まずは物干しスタンドだ。これは建物本体からは独立したひとつのものなので、どういう位置づけにするかは少し難しい。 まずはやはり接合部だろうか。軽量鉄骨を使えないかと考えている。事務所の所員の人に質問して教えてもらおうかしら。…
そういえば、「銀河鉄道の夜」を読んでいると宮沢賢治の文章の書き方が「~。」という風になっていた事実を発見する(基本的な小説は「~」で句読点なしで終わるものが一般的)。 僕も本当は全ての文章に句読点をつけたいと思っていた。しかしでも、そんな書き方はご法度だと思っていた。でも宮沢賢治がそうやって書いているなら、僕もそう書いて良いだろう。 そう書いてみる。疲れた。おそらく花粉症によるアレルギー症状で、意味のない鼻水と痒みが続いている。身体がその分、無意味に重い。 事務所を出ると雨が降っていた。つっきーの奥さんとあいあい傘をしながら、神戸駅まで歩いた。にこやかにたくさん喋る人であった。 改札で別れ、一度念のために振り返ると、もう僕のことなんて知らない人の顔をしていた。急いで顔を前へと向け直し、静かにホームへの階段を登った。 電車の揺れに従って、また傾いた床による酔いが戻ってきた。座席に腰を下ろし、目を閉じた。
2026.3.3(火)
今日も目が痒く、身体がほんのりとぼおっとしている。そして空も相変わらず重々しく、雨が降っている。工事現場の黒いネットを絶えず風が、揺らしている。 「銀河鉄道の夜」の続きを読む。「ほんとうのさいわい」について考える。イタチに追われて井戸へ逃げ込んだことを後悔するサソリの話を考える。 友を救うため、池に飛び込んだカムパネラについて考える。飢えた獣に己の身体を差し出して死んだアッサジについて考える(手塚治虫「ブッダ」)。 結局のところ、自分のために生きるというのとても虚しいことなのだろうか。関係性のバランス、対称性、均衡のようなものが崩れつつある。 自分の気持がとても大切な気もしてくる。どちらが大事という話ではなく、どちらも大事という話なのだろう。 銀河鉄道に乗り込んでくる乗客たちそれぞれの幸せについて考えてみる。しかしでも、ほとんどの人間は何が本当の幸いなのかなんて、わからずに死んでいくのだろう。
全然話は変わるけれど、「クリエイターが集まる場所」みたいなのが僕は普通に嫌いである。ひとりでやれよ小便野郎、と思ったりする。 ああいう場所のなんか自意識がたちこめている感じが好きではない。なんだか店員さんまでもが「詩を書いています」みたいなことを言い出すんじゃないか…みたいな気がして不安になる。 自意識は恥ずかしいものだ。排泄。排泄なんだから、そんなに堂々とするものではない。やむを得ずに堂々とするものである。 僕もたしかに大きくて立派なうんちが出たときは、大切な人にそのことをすぐさまに報告したくなる。しかし一応、確認をする。 「今さっき、実は立派なうんちが出たんだけれども、今から君にそのうんちの写真を送っても良いですか?」と。要するに作品ってそういうことだ。 と僕は思っている。「クリエイターが集まる場所」はオシャレな場所ではない。個室化されていないタイプの公衆便所である。糞尿をまき散らした動物園のゲージである。 感染症の温床である。まあ僕はそう思うだけで、別にクリエイターが集まっても、それは良いかもしれない。僕はそういうのはあまり好きではない。 人一倍の羞恥心を持って生きている。なるべくおしとやかに。恥じらいは大切である。やはり。内面化した他者。しかし恥じらいだけではいけない。 恥じらいをケトバシテいかないといけない。僕ももう少し恥ずかしがらずに生きていく必要がある。加減は常に難しい。緊張感をもっと持つ必要がある。 つねに生死をかけて、恥ずかしさと恥ずかくなさのバランスを見極めていかないといけない。上手くいかないことは多いが、それでもしっかり勝負は毎日していくべきだろう。 明日はやっぱり髪の毛を染めよう。白髪は恥ずかしい。昨日は「歴史を刻め」の店主に「髪の毛を切られましたね!」と声を掛けられて恥ずかしがってしまった。 反省。「犬に犬と間違えられて…」と答えたが、店の中では誰も笑っていなかった。街角の犬が僕を大きな犬だと思って身構えた瞬間の光景が誰の脳裏にも浮かんでいないようだった。 失敗である。これは。即ち死。少し恥ずかしがり過ぎたかもしれない。恥ずかし加減は非常に難しい。アダムとイブの頃からの永遠の課題である。 坂口恭平は恥ずかしがらな過ぎていると思う。少し。芦田も。少し。もう少し恥じらいがあると、こっちも少し照れてしまって、僕はそっちの方が良いような気も少しする。 でもそれは負けるってことかもしれない。それは考え物だ。しかしやはりすべての生き物は負けること、死ぬことに向ってい生きていて、もちろん死ぬまで勝ち続けないといけないんだけれども、そこの考え方については難しい。 死ぬ瞬間にひとつの後悔もないように、生きているあいだはしっかり勝つみたいな、そんな感じだろうか。何か少し違う気がする。 でもこれについては考えた方が良さそうだ。僕のバランスも上手くは取れていないだろう。それにしても鼻が無意味にパンパンだ。 思わず鏡で、自分の鼻が膨れあがっていないかと覗き込んでしまいそうになる。さて。もうそろぼち、出勤しないと。 久しぶりに会社みたいなところで無心で働いていると、なんだか突然その空白に恐怖と不安が走り込んできて、昨日は少し怖かった。 お前はこのままひとりで死んでいく、お前はこのままひとりで死んでいく、ひとりで死んでいく…って。模型を作っているとか特に。 今日は心の空白に気を付けよう。
昨日は七時半頃に資料作りが終わり、そこから周さんのPJの作業を手伝う。他の所員のひとたちは、七時半で帰っていった。 この生ぬるい世界で僕はしっかりやっていけるのだろうか。あまり自信がない。自分で自分を律し、道筋を立てていくにはどうしたら良いのだろうか。 ティーハウスに居て良いのも、長くて一年くらいという気がする。しかしお金についてはそんなに心配しなくてよくなる。 それは嬉しい。昨日も12.5時間働いたので(本当は11時間くらい)、15000円を超えるお金を手に入れた。 一日そんなに稼いだら、週に5回働いただけで30万円貰えてしまう。なんということだ。あんな働いて、あんなに悲しくて17万だったのに…。 それを知ってしまうと、少し悲しくなる。でも、それくらい追い詰められて、振り絞って、そうやって建築をつくるものかもしれない。 脳みその、みそっかすをかき集めて、なんとかそれでかたちにするものなのかもしれない。事務所にある建築本を事例収集と称して読み漁る。 そこにはとても広くて深く、色とりどりの世界が拡がっている。豊穣の海。いつどこを見ても、必ず飛び跳ねている魚たち。 そして決して、海の底は見えない。豊穣さの理由は、秘密になっている。建築。とても楽しい。いつまでも日の暮れない放課後の公園のようだ。僕たちはずっと鬼ごっこを続けられる。お母さんもお迎えにこない。 カーンの本には、「もし私が、もしも本当に建築以外のことを仕事にするならば、おとぎ話を書くでしょう。飛行機も、船も、すべてはおとぎ話から始まったのです…」と書いてあった。 建築と、おとぎ話。全集の第0巻。僕は建築もつくっていきたいし、おとぎ話も書いていきたい。どちらかが仕事になって、なんとか生きのびるだけのお金が手に入るならば嬉しい。
昨日は「バラガン自邸」に関する本を読んでいた。あの有名なリビングの十字架の窓のところには、ふたつのカーテンレールが設置されていることを発見した。 内外にひとつずつ。室内側には十字架の横桟のところ。屋外側にはその窓全体を覆う高さに。それら二種類のカーテンをどのように使い分けていたかまでは分からなかったが、おそらく夜になると屋外カーテンを閉じ、また朝になるとその屋外カーテンを開ける。 室内の人間の普通の大きさのカーテンは、生活の中で必要に応じて使用していたのではと推測される。十字架の開口部は西向きにあるので、夕方には西日が強く部屋を刺していたのかもしれない。 バラガンはあの大きな家に、誰と暮らしていたのだろうか。あの家には人間と人間が話しているようなイメージがあまり湧かない。 なんとなくだけれども、部屋の中で声が響き過ぎてしまう気がする。あの家の中では、全ての人間は己の内の孤独を向き合わなければならない。 それが求められる。そんな雰囲気の空間なのではと想像される。人間の果てない想像力の容れもののように、リビングやライブラリーの吹き抜けた天井を見ると、なんとなくそのように感じる。 実際のところは分からない。
そういえばコンポストを作ってみたいと思っていた、のを思い出した。今は家もあるし、ベランダもある。心置きなくコンポストがつくれる。 つくろう。どんな野菜を育てようか。満々の日差しがなくても、育てられる野菜でないといけない。少しずつやっていこう。どうせきっと上手く行く。 そのうちふかふかの畑になる。そんな日が来る気がする。僕ももう少しオーバーオールが似合うようになりたい。 出来たらば、春が来る前にコンポストと畑をつくろう。家具よりそちらが先だ。毎朝水やりをするとなると、もう少し早起きしないといけない。 誰もいなくなった、夜のアーケードを歩く。家に帰り、とくに誰もおらず、何もなく、明日もまた起きる必要があったので、すぐに灯りを消した。眠りも時間を絶たずに訪れ、部屋は人知れずに、今日と言う一日を終えた。
2026.3.4(水)
今日はこの二週間で唯一の楽しそうな日。あとはただの一日。休日。いつも通りの時間に起きて、いつも通り七時から書く。 久しく書いていなかったので、脳みそのファンタジックなところが固まっている。そこを少しずつ、貧乏ゆすりしたり、ツイッターを見たり、もっと貧乏ゆすりしたり、前の席に座るおばさんの横顔を眺めたり、いろいろなんとか、ようやく十一時くらいに四千文字が書き終わる。 やはりなるべく毎日、少しでもいいから、おとぎ話の脳みそを動かしておく必要がある。クマサカくんがパフェみたいなものをご馳走してくれる。 どうしたんだろうか。もしかしたら、僕と仲良くなろうとしているかもしれない。お礼も兼ねて、ご飯に誘ってみるのがいいかもしれない。 別に仲良くなろうとしていないなら、それはそれで良い。ご飯をただ食べただけの回で良いだろう。それとももしかしたら、僕の貧乏ゆすりが激しすぎるのかもしれない。 あまりに揺れているから、それを鎮めるために、店全体が揺れてしまわないために、パフェでなだめてこいと店長とかに言われていたのかもしれない。 それはそれで問題だ。しかし貧乏ゆすりくらいはしないと、本当になにも出てこない。小さくて微かな泉なのだ。店ごと揺らして欲しいくらいだ。 いや、そしたら酔っちゃうかもしれない。良くない。とにかくいきなりパフェは不穏だ。男子校の人間はコレダカラ良くない。もちろん僕も、そういったタイプに人間だ。 パフェどころではない、色々な恥ずかしい思い出がある。うっかり、人数分のイクラ丼くらいまでは、やってしまっている気がする。
そんなこんなでコメダを出て、お金を下ろす。残金が一万円を切っていた。まだ三月は始まったばかりである。笑ってしまう。 四月くらいには少し落ち着くといいんだけれど。建築の作品集を買うのは我慢しよう。家へ帰り、袋麺を食べる。荷物が届く。 中村好文「住宅読本」を読む。スパイスの効果的な仕舞い方について書いてある。これは参考になる。たしかに調味料はなるべく早く手に取れた方が嬉しい。そういう場面が多い。 アスプルンドの「夏の家」の暖炉も印象に残った。三段ほどの段差のところに暖炉を配置している。 移動している途中で、よっこらしょと腰掛けてしまうところが想像できる。良い家だ。ちょうど真ん中にあって、両側に均等に暖気を届けてもいるんだろう。 施主の子どものためにつくった、大きな宝箱も印象的だった。僕は宝箱に何を入れるのだろうか。自分自身に対して何か誇れることは、あるだろうか。 …思いつかない。生まれてから、今26歳まで、特に思いつかない。自分に対して誇れること。ない。空っぽの宝箱が、窓からの温かい日差しを受けている。 自分自身に誇れること…。それはもしかして、かたちとして残らないから、無いのだろうか。それとも本当に僕が何も誇るべきことがないから、ないのだろうか。 ちょっと本当に思いつかない。これは企画にしてリベンジしよう。深夜に考えはじめてはいけない。
本を読んでいたら、実家から大きな鍋と国民年金の督促状、数冊の本が届く。スカルパの作品集など。郵便局のお兄さんは、見たことがある顔であった気がする。 おそらく。郵便局のお兄さんも、そんな感じの表情を浮かべていた。僕の髪型が少し変わり過ぎて、困惑していたかもしれない。 それからブリーチをして、髪を金色にする。はじめて自分ひとりで髪を染めてみる。後ろの方はしっかり染まっているのだろうか。 サランラップで頭をグルグル巻きにし、ユニットバスにすっぽんぽんで「走ることについて語るときに僕の語ること」を読み進める。寒い。 所定の時間を置いて薬品を流してみると、どうやら概ね上手く染まってくれたようである。やはり髪型が変なので少し変な気がするが、それでも幾らかマシになった気はする。 一応髪の毛をセットする。今日の打ち合わせのための資料をつくり、腹ごなしに三人前くらいのパスタを食べる。 今日は六時から北岡くんと西浦さんと打ち合わせだ。これが三月前半の僕の唯一の楽しみ。 ふたりと、三人で、僕はビルをつくりたいと妄想している。そのビルに、羊男みたいにしがみついて生きていきたい。 そのビルをつくるための活動を続けていく。雑誌をつくったり、新聞をつくったり、動画を撮ったりしたい。そうやって会う理由をつくりたい。 ガウディにとってのサクラダファミリアみたいに、僕はビルをつくりたいのだ。とりあえず鰆ビルと名前を付けている。魚編に春。素敵な名前だ。 今日はその最初の打ち合わせとして、動画の撮り方、動画の内容、雑誌のつくり方などを話すために集まった。十三のコメダ。 客はまばらであった。北岡くんはいつも通りの顔でニ十分くらい遅れてきた。そして砂糖を食い続けていた。怪物である。 雑談しながら軽食を取り、少し内容を詰めて、そして北岡くんに「女の子に全てを求めるな」という数十ページのスライドによるプレゼンを受ける。 確かに僕にはそういう傾向がある。でも僕も一応、自分自身にそういう傾向があるというのは認めているのだ。なんとなくは分かっているので、最近はなるべく現実的な対処方法を模索している。 無暗に人を好きにならない。自分を、自分の中に潜む怪物を一人ぼっちにするように心掛けている。飼い殺すのはかわいそうなので、創作という細い餌を与えている。 執筆と建築に集中させている。人にはなるべく会わない。誰にも何も思わない。壁や天井を見続ける。そういう心がけをしている。 この二週間くらいは、そのような感じだ。それくらいしか解決策が思いつけない。煙草も酒も僕を心から狂わせてくれない。 西浦さんや北岡くんが少し遠ざかって言っている気がする。やはり僕はダメな人間なのかもしれない。西浦さんが、僕の可哀想な幻想を破壊するために、自分の気持ち悪いところリストを読み上げてくれる。 悲しい。西浦さんはちなみに全く気持ち悪くない。西浦さんの述べる気持ち悪さと比べると、僕はもう気持ち悪いどころでは済まされない。 僕は西浦さんに、全力疾走が一番幻滅することを教える。西浦さんは今にも駆け出しそうな勢いだ。そのまま走って貰えばよかったのかもしれない。 僕にはでも、その決断は出来なかった。でも走ってもらうべきだったような気がする。一日経って、振り返ってみると。 僕はやはり、自分の中に存在してしまっているものを、しっかり内側に閉じ込める努力をした方がいいのかもしれない。 もうこれ以上、あまり多くの人に迷惑をかけられない。いや、迷惑をかけられない、のではなく、僕が、人が離れていくのを直視する勇気がないのだ。 非常に情けない。どうにかして、誰にも連絡を取らず、誰にも喋らず、誰にも気づかれず、そっとそっと、生きていく方法はないのだろうか。 本当の自分のようなものは、そうやって何重にも布を重ねて、隠しながらに生きていくものなのかもしれない。腎臓のように。 どうしたら良いのだろう。僕はどうやってもやっぱり、この生き方に帰ってきてしまう。死ぬまでずっと。早く死ぬ、以外に何か残された道はあるのだろうか。 心が苦しい。吸った息が波打ち際に打ち上げられて、そのままどうしてもうまく捕まえられないみたいな感じだ。波側の意見である。 表も裏も、黒くて少し分厚い切符。その切符を汗ばんだ手で握りしめて、終電のあとの電車に揺られていく。音もない。光もない。 そんな列車が、少しずつ僕を、僕を少しずつ運んでいく。もっと暗くて静かなところに。そこに僕を隠していく。隠されていく。 本当の僕の姿は、近くにいる人を誰も心地よくしない。嫌な気持ちにさせる。甘腐った果実。その果実の擬人化。 死ぬ他ない。自分を殺したい。しかし生きているあいだは、この不健全な精神を収め切れるための健康な肉体と脳みそが必要である。 身体の中になるべく隠して。そして自分から、去る。どこまでも逃げていく。暗くて静かなところへ。探しても探し出せないところへ。 ひとまず反省。墓碑の言葉。いや、僕にお墓はない。消え去る。だから墓碑もない。無い。無くす。無くさなければならない。この世界から。 間違っている。僕が間違っている。
2026.3.5(木)
眠い。夜更かししてしまって、眠い。この一週間の少しずつの無理が溜まってきてしまっている。 どこかでリセットしないといけない。六時半に塾を開けて、昨日の話し合いの内容をもう一度見直して詰めてみる。 やはり最初にビルの絵によって、僕たちの妄想を共有しないといけない。ビルの図面を、ビルのHPを、僕たちのカルチェラタンを。 そう思うと、身体のどこかにある間欠泉からボワボワと赤くてどろどろとした液体が湧きだしてくる。 小さい入口。少し薄暗い。最小限の照明が低い位置に置かれている。そこからしばらく天井が低い空間が続く。CHは、1900~2100くらい。 そして現れる大空間。そこに高いところから差す光。振り返ると大きな壁画が飾ってある。この壁画の奥には、北岡くんの暗室兼カメラ修理屋がある。 吹き抜けを様々な階段と踊り場が囲っている。踊り場は、本当に踊るためにあるみたいだ。ステージに見える。その吹き抜けの真ん中には、いつも火が燃えている。めらめらめら。 ゆっくりとあがる煙と日差しが、空中で交錯する。…みたいな。空間のイメージ。ができた。他の機能はまあ、上手くこのイメージに乗っけていけると思う。 激しく妄想に耽っているうちに出勤時刻になり、慌てて塾を出る。あんじゅホームへ。 半分くらいは顔見知りで、出会ってもう二年くらいは経っているのに、バイトとして行くのは初めてだ。すごい不思議な新鮮さで向かう。 なんなら僕の本業は建築なのだ。建築以外、高校生の商品開発とかマルシェのカメラマンとか、餅をついたりとか、そんなことばかりしていたが、この舟木健太郎の真価を発揮するところは、建築なのである。 えっへん。ということで、記念すべき初出勤。今日はプランの叩き台をつくってくれと言われる。それをつくる。建築が楽しい。 鉛筆が僕が考えるより先にプランを提示しはじめている。溢れて来る。しかし溢れすぎて辻褄が合わなくなる。それが建築だ。 一時間くらいかけて、それを穏便な関係性に直していく。同じように。この家に差す光を想像してみる。朝ご飯を食べるときの光。階段室の上の光。視線が抜ける先の窓と、そこからの光…。 僕が知っていて使えそうな光と窓を、一応全て使ってきた。なにか一つでも生きてくれると嬉しい。 普通の会社というもので初めて働く。昼休憩がある。マダムが高校生のときの休み時間のときみたいに話している。マダムがマダムにする会話。 女性同士の世界での作法。お互いがにこやかに大きな円を描きながら、決して近づくことはない。ぐるぐる。久保田利伸。本当に久しぶりにそういうのを目の当たりにした。 女の人の世界はとても複雑だ。そしてjwCADが上手く使えない。難しい。全く僕の手に馴染んでこない。脳みそがボウルの中に入れられてしまった時みたいな音に包まれる。ぼわーんぼわん。右も左も分からない。……
そんなこんなで退勤。時給がいくらかまだ分からない。分からないってことは、希望額を伝えてもいいですか、と経理のお姉さんに言ったら、アカンワ!と一蹴されてしまった。いくらなんだろう。 希望額は…3300円…………。とかどうでしょうか。そう言おうかなと思っていた。言わなくて良かったかもしれない。とても変な空気になりそうだ。
15時まで工務店で働き、16時から塾で働く。眠い。子供たちが一生懸命に悪いテストの点数を見せてくれる。僕はもうそんなのはどうでも良くて、もう一刻も早く布団に入りたかった。 でももしかしたら、こうやってテストの結果をダラダラ話せる相手というのが、彼らには僕しかいないのかもしれない。僕がいなかったら、彼らは上手く吐き出せなかった何かによって、のちのち苦しむのかもしれない。 そう思うと、やれやれ聞いてあげるか…という気持ちである。ニ三人のを聞いてあげた。低かった。まあでも、幸せに生きて欲しい。少しでもいい人生は送って欲しい。そういう願いを込めて、55点とかのテストを見た。 それで結局今日は、力尽きてしまった。断面図を描きたかった…。でも子供たちの顔を見ていると、断面図よりはテストの点数を聞いてあげることの方が大切な気もする。 そんな気がしてしまって、まあ山なりに垂れた一日だった。また明日からも、淡々淡々と生きていこう。そして死ぬのだ。 ところで一体、僕のことは、一体誰が愛しているのだろう。暗い道端で立ち止って、ふと考えてしまう。笑顔が卑屈にならないようにしないと。シェリー。 真実へと歩けている気がしない。いつになれば。いつになれば。いつになれば…。でも、今しかないのかもしれない。いつまでも。いつまでも這い上がれず、転がり続け、辿り着けないのだろう。 だから、愛すべきもの全てに歌わないといけないのかもしれない。うまく歌えているだろうか。まったく自信がない。そんなものにしがみつかないで、自分自身を賭けるんだ。瞬間瞬間に、パッと燃えるんだ。 なるべく誰にも迷惑をかけずに、小さな机の下でひっそりと死にたい。本当にそう思っているのだ。でも不思議といろんな人に迷惑をかけてしまう。 風のない春の夜の桜の横顔。冷徹な眼差し。街灯の光を研いで光るレール。肉。血。骨の欠片。ぶよぶよんのハム。踊り出してしまいそうだ。ハムが。僕は踊らない。寝る。 そして走る。現実に追いつかれないように、走る。夜、現実が寝息をたてているうちに、走る。僕はいったいどこへ向かっているのだろうか。行先の心当たりは、なにひとつとして、ない。 街灯を一本一本通り過ぎる度に、冷えた視線が僕の身体を貫いていく。あぁ。優しく叱って、強く抱きしめて欲しい。 うつ伏せになって、枕に腕を回す。生き切りたい。人間として、誇り高き人間として、傷つき、悲しみ、泣きながら、それでも笑いながら、歌いながら、そしてやはり最後は地面に叩きつけられて、地面の感触を握りしめながら、死にたい。
2026.3.6(金)
朝塾をあけて、今日は一日ティーハウス。出勤前に企画書を二枚あげる。こんな毎月のフリーペーパーはどうですか、と言うのと、こんな撮影方法はどうでしょうか、というもの。 可もなく不可もなくという感じ。もう少し煮詰めてみよう。仕事みたいに真剣に遊んで、遊びみたいに真剣に仕事ができたら良い。 今日は階段のスタディ。15枚くらいのイメージの中からツッキーの一番反応が良かった階段の構成を真似て、実際の空間に階段を置いてみる。 不定期に訪れる踊り場のリズム感、階段の塊感、階段上からの光の落ち方、踏面と蹴上の寸法、法規上で決まっている階段幅、廻り階段にする場合の条件…。 ざっとこんなところを考えながら、一案ずつ作っていく。結局10案くらいつくってモデルにして、そして夕方につっきーに見せて、方向性を貰う。 もう少し洗練させる必要がある気がする。つっきーはそこまで強く求めないし、段階的にも深追いする時期ではないが、ここは圧力がない代わりに、自発的な探求心によって意匠の洗練を図らなければならない。 合う人には合うし、合わない人には合わなさそうだ。僕は…そのあいだくらいに立っている。うまく適合したい。 少なくとも、僕のへんなところを笑って済ませてくれる職場は、おそらく数えられるほどしか存在しない。それだけでも、十二分にありがたいことだ。 少しは恩返しをしたい。三日しか出勤していないのに、もう二回も水をこぼした。ティーハウスは思わぬところが傾いている。 床。コースターに擬態した謎の木片。何も混ざっていない水は、自然乾燥に任せる。新しく入った仕事、君に向いていると思うよとつっきー。 つっきーは一体僕の何を知っているんだろう。ティーハウスには、少し度を超えた無関心さが漂っている。つっきーも、つっきーの奥さんも、例えば僕が動物の内臓そのままをお昼ご飯のおかずにしていても、特に反応をしないんじゃないかみたいな。 そういう倫理観、道徳観みたいなのを飛び越えてしまいそうなくらいの無関心さが、あの部屋にはある。それは心地よくもあるし、時にはとても不気味だ。 人間とはでも、生きていくなかでそういう距離感を、少しずつ体得していくものなのだろうか。必要に迫られない限りは踏み込まない。 これはでも、やっぱり少し変な気がする。ツキ研にも、そういう空気があった。僕にはまだそのぬるっとしたものの実体が掴めていない。 行き過ぎた無関心。宇宙服の中にそれぞれ入っているみたいに、お互いの呼吸の音、小さなまばたき、ちょっとした仕草みたいなものが、キャンセルされてしまっている。 それがでも、程よい湿度感なのだろうか。…?僕が進めるのは、ここまでだった。これ先は真っ暗で、自分の身体すら見えない。でも少しずつ、進んでいこうと思う。暗闇は恐れるものではない、時には味方にもなり得ると、最近少しわかった。 だから大丈夫。僕はもう少し追い込んで考えられる。
昨日はそうやって事務所で階段のスタディをしながら、法規を教えてもらったり、「幻庵」のアプローチに興奮したり、石山修武事務所の図面のキャプションの書き方を真似しようと思ったりしていた。 「幻庵」はまず屋外階段を少し登ってから玄関扉を開け、そして開けるとコルゲートによる円筒状の空間がひろがっていて、目の前にはメッシュ状の太鼓橋がかかっている。その太鼓橋をおそるおそる渡って(おそらく足の裏にその鉄のメッシュの感触を極大に感じながら)、室内に入っていく。 ここまで直接的に緊張を強いるアプローチは必要ないかもしれないが、でも場合によってはこれくらいやっていい気がする。住宅以外の公共施設の避難経路が小さすぎるのは、法規上問題があるだろうが…。ワン・アイデア。 どこかで使えるかもしれない。石山修武事務所の図面下のキャプションの挿れ方も、豪快でとても格好良かった。僕は自分の図面に小さく入れているAtelier YAMORIのキャプションがなんだか恥ずかしくなった。 やっぱり男らしく(男らしく?ってなんだろう)ズドーンといかないといけない。僕にはそんな正解が求められてはいない。きっと。 変なことを懲りずに一生懸命やっていれば良いのだ。
あとは階段の事例を見ているときに偶然見つけた、村野藤吾「横浜市役所」。これの扉の取手が良かった。階段は言うまでもなく素晴らしい。リズム。 この取手は正面からみると、Z型になっている。握る部分が斜め一時半の角度になっていて、それを扉板に固定する部分が、上部は左へ、下部は右へと流れていっている。 握る部分の膨らみ方、固定部分の細さ。嫌味にならない、でも確かに印象に残る自己紹介。そんな感じの取手。これもいつか使いたい。トイレの扉とかにすっとこういうのがあると、オナラひとつにも品が出てくる気がする。 うんちくんも少し鏡の前に立ち、髪を整え、ネクタイの結び目を直してから、お腹から飛び出てくるんじゃないか。そういうのは、とても大事なことだ。
ギリシャ神話のオイディプスのお話も少しかじる。父を殺し、母を犯すという呪いの予言みたいなお話。ギリシャ神話にはこんな風に、人間のあらゆる悩み方が網羅されているようである。 いつか読む機会があると嬉しい。忘れないように、と言っても書いてしまったがために僕は全て忘れ去ってしまっているのだが、ちょうどよい階段勾配は、2R+T=600-650であるという。Rは蹴上、Tは踏面。 知らなかった。これを機に勉強。あとは…でもそれくらいか。そんなこんなで時計は十一時半くらいになっており、急いで荷物をまとめてビルを出る。 周さんとバイバイをして、ほとんど誰もいない商店街をひたと歩く。こうやって一日一日が過ぎ去っていき、きづいたら死ぬ。本当にそんな感じなんだろう。 はじまってしまったら、百メートル走。俺の人生の本番は始まっていないんじゃないかという気持ちが学生時代にはあったけれども、もうとっくに、一瞬で終わるレースに走り出してしまっているのだ。 毎日毎日を、その瞬間が永遠であるかのように大切にするほかない。幸せというものは、追いかけなければ逃げていかないみたいだ。 ただ日々を生きる。それに耐え得る一日を設計する。僕にとってのそういう一日は、書くことと建築をすることにほぼすべての自己資本を投下することだ、と思う。 ときどき人とすれ違うことができれば嬉しい。これが芦田が言っていた、「まあ最悪一生このままの生活でも幸せ」というやつなんじゃないだろうか。 まだ三月の一週間くらいではあるが、確かにひとつの成功体験だ。この状態のなるべくの持続を目指して生きていく。 何も知らずに建ててしまった、ぐらぐらの自分の小屋。こんなにひどい土台で良くもっていた。少しずつ、遅すぎるかもしれないが、一本ずつ建て直していこう。 安田先生に手紙を書こうと思う。僕と同い年くらいの安田先生が、川崎の民家園の縁側で見上げた空は、どんな空だったんだろうか。 その時に安田先生が聴いていた尾崎豊は、どんな尾崎豊だったのだろうか。みんな行ってしまったマラソン・レース。走り続けるべきか、道を逸れてしまうのか、歩いてしまうのか、座り込んでしまうのか。…ひとりで走る夏の田舎道。 白飛びしそうな強い日差しの刺激。むせかえる草の臭い。際限なく繰り返される蝉の鳴き声。人がまばらの民家園。若い頃の、小さな安田先生。小さく口ずさむ、尾崎豊。 僕たちの笑顔は卑屈ではないだろうか。それだけがささやかな願いだ。ウソ。そんなことはない。まだ何も手に入れられていない。辿り着きたい。 抱きしめて欲しい。でもそんな大逸れた願いごとは、はずかしくてとても口にできない。しかしでも、せめて、卑屈にはなりたくない。それくらいは今でも口にして良さそうな気がする。 卑屈にはなりたくない。上手に笑っていたい。
2026.3.7(土)
悲しい。少し。いや。結構。悲しかった。 振り止まない春の小雨を窓から眺め続けているみたいな。そういう悲しさであった。 しかしこれは自分でなんとかするべき悲しさだ。誰かに埋めてもらってはいけない。 向き合う。もう少し自分を大切にする。失うことを恐れ過ぎない。現実をそのまま受け入れる。創作に変換する。… しかし悲しかった。さようならを言う日だった。さようならと上手く口にはできなかった。でも最後に、少しだけハイタッチをした。 相手の手は、あたたかかった。ありがとう。お別れだけれども、また会いたい。でもお別れだ。と思う。 また会えたとしても、これが何かの区切りだっただろう。上手く言葉に出来なかった。喋るのは難しい。書くのももちろん難しいけれども。 でも、こうやってしっかり会ってお別れができたというのは、良い事であったと思う。音もなく去ってしまった、別れてしまった人は数え切れないほどいる。 こうやってしっかりおわkレできると言うことは、お互いの人生にとって良い事なんじゃないだろうか。そう思わせてほしい。…
ふぅ…。安田先生へ手紙を書いた。便箋八枚になってしまった。今度熊坂くんに託して渡して貰おうと思う。今日も熊坂くんと会った。 今日は笑顔だった。今度飲みに行かないと、僕から誘ったからだ。豆を二袋くれた。帰り道に食べた。 熊坂くんがどうしてそんなに僕を気にかけてくれるかのわけが、今日ようやく分かった。熊坂くんが僕を好きになる前に、研究室のみんなが僕のことを好きなのだ。 たぶん。自分でいうことではないけれど。でも今日、熊坂くんと話していて、それが分かった。ありがたいことだ。 西浦さんや小倉くんやあいかちゃんが、僕のことをよく言ってくれているのだろう。これが逆で、アイツサエイナケレバ…というパターンもあり得た。 僕はそんなに素敵な人間ではない。でもみんながそうやって素敵に思い出してくれているお陰で、熊坂くんも僕のことを良く思ってくれている。これはとても素晴らしいことだ。 ほんとうに恐縮です…。ありがたい…。恵まれた人生だ…。それなのにどうして、こんなに悲しくなってしまったりするのだろう。 自分でも不思議だ。しかしでも、どんな誰でも、好いてくれるのはとても嬉しく、去っていくのはとても悲しい。 でも、皆にいい顔をすることはできないだよと、芦田も言っていた。その通りではある。僕は…僕はどうしたらいいんだろう。 こうやっていちいち悲しんで喜んで、それでいいのだろうか。とても疲れる。とても悲しいが、とても嬉しい。 泣いていてはいけない。明日はおっちょにグラスホッパーを教えてもらう。この週末のうちに、つっきーのとこでやってるプロジェクトの案も鍛えないといけない。 明日はそれに将棋教室があって、僕が落ちたミュージアムロードコンペの審査会がある。見に行く。雑誌の構想も練りたい。 建築の勉強もしたい。今日は、図面に入れるキャプションをリニューアルした。石山修武みたいに格好良くした。満足である。そしてとても虚しい。 しかし突き進んでいくほかない。この日記が書き終わったら、雑誌の構成を練ろう。今日はティーハウスにあったスタジオ・ボイスの特集号をぺらぺらと見て勉強していた。 仮に広告がなかったとしても、広告みたいにライティングして、背景整理して撮ったポートレートとかを載せたい。カッコイイ。 ちなみにこれは写真集特集号で、あらゆる写真集が紹介されている。そしてどれも凄まじい写真だ。久しぶりに写真が撮りたくなる。 最近は、書くことと建築に全意識が向いていて、写真を撮るということをすっかり忘れていた。明日は少しカメラを持って歩こうと思う。 久しぶりにフィルムカメラを持ち出そう。埃を被ってしまっている。現像にも出さないと。雪原での北岡くんのポートレート。 いい写真になっているはずである。そういえば今月は、しっかり写真をプリントすると事業計画書に書いたんだった。 プリントしよう。元町のカツミ堂が安ければ、ティーハウスに行きがてら、プリントできる。良い作戦だ。明日問い合わせてみよう。 今日は、偉かった。と思う。別に褒められるようなことでは全くないんだが、しかしそれでも、うっかり誰かに寄りかかってしまいそうなところを、踏ん張ったと思う。 安田先生の手紙にちょっと鼻水を垂らしたくらいだ。ごめんなさい安田先生。そういう事情です。おにくるはでも、めちゃくちゃ座れるところがあって最高だ。 普通に茨木市民になって、そこで生活保護受けながら週七でおにくる通うっていうのはどうだろうか。凄まじく素晴らしい生活になってしまう。 おにくるは何時から空いているんだろう。朝の五時からやってたりしないかな。綺麗なコンクリートだった。光と影のあいだにしっかりと一本の線が走っていた。 でも綺麗すぎるコンクリートだった気がする。蟻鱒鳶ルの方が良いコンクリートだと思った。比べるものではないだろうが。 そういえば動物魚鳥昆虫爬虫類などの動物名の一覧をつくらないと。これはチャッピーの仕事だ。やらせよう。 ぼくがアトリエヤモリをつくったときには、AIなんてまだほとんど存在していなくて、自力で色んな動物を調べた気がする。懐かしい。 きっと当時のエスキス帳に、その検討のページがあるはずだ。捨てていないと思う。
さて。もう少し頑張ろう。堀口捨己は「創作する人の唯一の話相手は古典だよ」と言っていた。そうなのか。寂しい。しかしそうなら、しょうがない。そうなんだろう。 会えない人たちには、いつか五時の鐘みたいになって、また会いたい。そうなれるように頑張ろう。さようなら。ありがとう。
2026.3.8(日)
ようやくこの日について書く。朝起きて、おっちょにグラスホッパーを学ぶ。まずは階段のつくり方から。 まずは変数と固定値のつくり方。変数はslider。固定値はそのまま平場に数値入力。sliderで変数範囲を指定するときは、100<300<1000のようにする。 まずボックスを作成して、それを等差数列Sieriesというコマンドをつかって分身させる。ちなみにそのままではライノ上で選択できないので、bakeする。 みたいな感じだった。おおむね。まず最初の入り口を勉強した。でも、たしかに僕がそんなに使うことはないかもしれない。 そういうパロメーターを弄る建築形態を、選択することはたぶんない。基本計画時の階段とか窓サッシとか、そういうところを勉強すれば良いんだと思う。 そうなると、そんなにグラスホッパーを導入する利点はない…?建築の仕事は考えないといけないことが膨大にあり過ぎる。時間がかかり過ぎてしまうところ、消耗しすぎてしまうところは省力化していきたい。 図面の描き方とかにもあるだろう。楽できるところは楽にして、少しでも早く帰れるようにする。じゃないと体力がもたない。 でも日設には日設用のグラスホッパーが設計されていて、それを使って検討をしていくらしい。事務所のモジュールみたいな?そういう感じなのだろうか。 でもそうやって設計の質を担保しているのだろう。それは最重要機密らしい。そりゃそうだ。料理だけでなく、極秘レシピまで盗むことになってしまう。 でっかいビルをつくるのには、そういう組織の工夫があるのだ。でもアトリエと巨大組織設計はそもそももう全く違う競技なのかもしれない。 マラソンと短距離走くらい。一緒なのは走る種目くらいで、あとはもう全部違う。アトリエは正しさや正確さではなく、その人生を賭けた格闘に意味があるのかも…?しれない。 いや、それは言い過ぎだ。高層ビルよりはなんとかなるだけで、雨漏りしたりひび割れたりしていいわけではない。まだ分からないことが多い。 とりあえずグラスホッパーよりも、そういう異種目交流の方が面白かった。この前まではおんなじカリキュラムで育っていたのに、全く違うことをしているようだ。 みんなはどんな格好で、どんな風に仕事をしているのだろう。生活しているのだろう。書き記しておいて欲しい。知りたい。 みんなの詳細な一日の生活についてのレポートを教えて欲しい。何時に起きてどこで何を考えているのか。そういうことを知りたい。 会うたびに聞いている気もするんだけれども、あんまり浮かび上がってきていない。でも、それはそっと秘めておくものなのかもしれない。 白日のもとに晒すべきものではないのかもしれない。でも僕は、色んな人のまだ語られていない一日について興味がある。 一日を全て語り切った何かというのは、とても重要な情報になり得ると思う。お金を出して買っていいくらい。 民俗的にも重要な資料になるんじゃないんだろうか。未来の民俗研究のためにも、詳細な日記はつけた方がいい。日付がないと、歴史資料として不十分なものになってしまう。
脱線した。そのあとは将棋教室に行って、午後からは僕が落ちたミュージアムロードコンペの審査会の観覧へ向かった。 当日に順位も発表されると思っていたけれども、そうでもないらしい。ただ発表するだけで結果は後日らしい。 神戸市は赤字なのに、そんなダラダラした仕事が許されるらしい。ふざけている。観覧席の年齢層は高い。一体どういう人が見に来ているんだろう。 地元のまちづくりに熱心な暇そうな中高年夫婦、みたいな人が分厚いボリュームのようである。そして会場のホールの電波が悪い。 携帯は使用できないようなので、あきらめてオフラインで三時間ほど過ごす。発表者の内容は概ねつまらない。 僕が想像しなかった問題設定もしくは問題解決が見れると思っていたが、そのどちらも存在していなかった。みんな豪快に道路を歩行者天国にして、植樹して、道路を跨ぐ巨大な歩行インフラを築いていた。なんならロープウェーとかも空を走っていた。 そんなの…赤字自治体がすることではない。でも審査員的にはそれが良かったのだろうか。僕の価値観では良し悪しを判断できない。 とにかくつまらないので、自分の妄想に専念する。オフラインでノートにメモを取るくらいしかできることはないので、自分の中にあるものを並べて考えてみるしかない。 それにしても、発表しているのは、いったいどういう団体なんだろう。その情報も伏せられているのだ。そしてそれぞれが謎のメンバー構成で発表に臨むので、僕はひどく混乱してしまう。 彼らは一体どういう集団なんだろう。プレゼンも質疑もいたって凡庸なので、関心事はその団体の概要に絞られてくる。 僕はそのことについて考えてみる。一組目は、おじさんふたりと少しワカメの女性、若めの女性の三人組だった。 M1トロフィーとOLみたいな三人組である。まったく彼らの組織が想像できない。一人ずつ適当に、街から呼んできた三人組のようにも見える。 三人の集団というより、一人が三人いる、という感じだ。公的な繋がりがないとするならば、性的な繋がりなのだろうか。 僕は彼らが3Pを興じているところを想像してみる。あんまりそれも上手く行かない。でもまだ少しリアリティはある。 ある日3P仲間が3Pを終えた後に、太っちょの方が煙草を吸いながら「実はこんなものがありまして…」と応募要項のポスターを一枚、クリアファイルから取り出して乱れたシーツの上に滑らせる。 裸の三人はそれを見て、よく分からないけれども面白そうだ。これからは3Pのあとにこれをやってみようかしらという結論に至る。そしてそれぞれまた無言で服を着て、高速沿いのホテルをあとにする。… そう考えてみると、さっきよりはこの三人の関係性が浮かび上がってくる気がする。しかし三人は、もし関係性を公表しないといけなくなった場合にはどうするのだろう。 チーム「〇〇ホテル」です!とでも言うのだろうか。神戸新聞なんかに顔が載ってしまったらどうするのだろう。三人で近所のボーリングチームに入る。不自然だ。 右京さんはその時系列を見逃してくれない。3Pによる共同体というのは難しいらしい。坂口恭平がセックス大学の掲載停止に追い込まれたみたいに。 やはりセックスというの闇に溶かしておくべきものなのだろうか。というか「セックス大学」には確か、セックスは暗闇でするべき、という主張と、朝起きてからセックスしたほうがいい、という相反するふたつの主張をそれぞれ展開していた。 朝、真っ暗にセックスをするにはどうしたらいいんだろう。極地へ移住?それくらいしか思いつかない。でも確かにどちらの主張も納得できるものではあった。 それにやっぱり坂口恭平はセックスが上手そうである。だから多分、そんなに間違っていないと思う。僕はそこでセックスについて勉強できると思っていたのに、連載停止は少し残念だ。 話が脱線してしまった。問題は3P団体の発表である。いや、そもそも3P団体というのは僕の仮説であった。でも本当に3Pくらいしか思いつかないくらい、彼らの集まり方にはよく分からないところがあった。 もう僕は面倒くさかったので、全ての組が性的関係のみで一体化している団体としてみなすことにする。それくらい刺激の少ない発表内容だった。 津川絵里はキリコの絵みたいな、二次元的なのに遠近感を強調した顔で、とても早口に何かを喋っている。その何かは早すぎるがために僕たちには拾えない。 ときどき、思い出したように右に首をよけて、おじさんみたいな咳払いをする。そして何事もなかったかのようにまた早口で喋りはじめる。攻撃的な発声方法だ。 そして唐突な咳払い。そしてまた攻撃。ずっと敵陣内でボール回しをしているのに、突然ゴールキーパーまで一度ボールを戻しているサッカーチームみたいだ。 そしてそのゴールキーパーもボレーで直接最前線にボールを戻しているから驚いてしまう。一体、このサッカーチームは何を考えているのだろう。 サッカーというスポーツの精神を挑発するかのように、その攻撃パターンは繰り返された。それに気を取られていたので提案内容はあまり覚えていない。 津川絵里だけは3P集団ではなく、サッカーチームだった。他はもう思い出せない。退屈さの上にまた丁寧に退屈さをつくっていった、退屈のバームクーヘンの中のあの空洞に閉じ込められてしまったみたいな時間だった。 参ってしまった僕は、観念して睡魔に従い、目が覚めているときは必死に心の景色をスケッチをした。二年生のときの住宅課題を思い出す。 僕はあのとき、寿一に毎週違う案を持っていっては寿一を呆れさせ、しかしそのちゃぶ台返しの末に、最上とも思える案に到達した。 それは平面的にも立面的にも四隅が自由曲線で勢いよく掻き取られていて、散弾銃で撃ちぬかれた捕虜の身体のような立ち姿のような建物であった。 例えようとし過ぎて実態から離れてしまったかもしれない。でもそれによって、窓ではなくてどうしようもなく穿たれた穴が開口部となり、そこから外的要素が容赦なく生活に干渉してくる。 平面的にも曲線が四隅を走り抜けるので、独立した部屋というものは存在しない。とにかくなんとか四角く整えた年度のような自己を、先生に見せに行った刹那に全て否定されてしまったような、そんな様相の物体である。 それはおそらく僕の建築の最初のすがたであり、そして何より僕自身の姿であった。模型にしてみるとひどく不格好で、一体何が良いのかさっぱり分からなかったが、あれが僕のもっとも正直な姿であった。 あれは凄かった。あんな正直に今僕はつくれるだろうか…。そんな自信はない。でもあれはオブジェであった気がする。 建築は僕の肉体と精神に所属しているものではない。自分をそう勇気づけてみる。だからまだ僕にはやりたいことがある。 でも、あれは実はとても重要だったんじゃないかと、退屈さのバームクーヘンの中で僕は考えていた。もちろん3Pについても考えていた。 3Pとは中々難しい。穴が、もしくは棒が複数ある。もともと複数あるものはそんなに問題ではないけれども、例えるならばそれは西の空が夕暮れながら 東の空は朝焼けているみたいな、そういった選びようのない絶望感が発生したりしないだろうか。僕はいったい、どっちの太陽に従って生活をすればよいのだろう。 途方もなく分からなくなってしまう。どちらかを選ぶということが、とてつもなくどちらかを拒絶したことにならないだろうかと不安になってしまう。 どっちもしっかり太陽なのだ。尽きる事のないエネルギーの源。それを選ばないということが果たして許されるのか…? 僕の3P観というのは基本的にこのような感じだ。経験不足なだけかもしれない。みんなは意外と3Pくらいしたことがあるんだろうか。 川畑が韓国でそういう風俗に行ったみたいな話を聞いたことがあるだけで、他の皆が3Pしたことがあるかどうかを僕は知らない。 知らなくても良い事なのだろうか。3P。でも人は、3Pを経てその世界の複雑さ、残酷さ、加害性への諦念を獲得できるのかもしれない。 この最後の一文はようやくまともになった。満足。「こころ」にも3Pという選択肢があったかもしれない。それについて考えることは、また違う時にしよう。 それにしてもこんなに熱心に日記を書いている人間って、僕以外にも存在しているのだろうか。でもきっといるんだろう。 僕はこれが唯一のまとまった21世紀の庶民生活の資料として民俗博物館に収蔵されて、民俗学の歴史を歪めたいという秘かな野望を持っている。 でも今自分で種明かししてしまったから、それは実現されえない。ミスった。でも21世紀の日本人はみんな3Pについて思いを馳せている。それは事実だ。 民俗学者さんへ。
2026.3.9(月)
朝六時半に起きて家を出る。西の方の薄青い空に月が浮かんでいる。空気がよく澄んでいる。そして眠い。 一週間のバイト三つ掛け持ちフリーター生活を終える。少し疲れすぎる。やはりどこかで絞らないといけないだろう。三つは無理だ。 二つの方が良い。そうなるとどれかを切らないといけない。まあ最初の一ヶ月は辛抱だろう。慣れないといけないことが沢山ある。 段々と、前の日の夜、帰ってすぐ、シャワーを浴びる前に、何も考えずにご飯を炊けるようになってきた。jwCADとかに慣れてくれば、だいぶ仕事の楽になるし、出来ることも増えると思う。 僕は今、何を手に入れるべきなのだろう。平穏…?しかし平穏はもう十分手にした気がする。この快適な土地を拠点として、次の危険地帯を探さなければならない。 やるべきことは何だろう。今の間に、雑誌の企画を進めるべきか。つっきーの人脈も、雑誌制作で培われたものかもしれない。 雑誌でも建築でも、コーディネーターみたいな、コンサルの言い替えみたいな、そういうなんかヘッドコーチみたいな仕事をしている。 だからツッキーの事務所のPJはなんか関係者がいたずらに多い。何屋さん?みたいな人が、たくさん存在している。 つっきーはもしかすると、人望があるのかもしれない。無関心さが逆に心地よいのだろうか。もしくはやっぱり頭が切れるから。もしくはサザンが上手いから。 僕が知るつっきーの良いところ。これくらいである。この前の金曜日、そういえばつっきーはいつものあの、決め台詞を言うときのあの感じで「仕事はねぇ、つくるものなんですよ」と言っていた。 自分の言葉をワインのように口の中で泳がせながら、その余韻を楽しんでいた。要らない。でもその言葉はどうやら僕の心に引っ掛かったみたいで、その光景が週末のあいだ、ずっと思い出されていた。 仕事はつくるもの…。与えられるものではなくて、つくるもの。それはとても示唆に富んだ?重要な仕事観に関する発言に思われる。 僕も今与えられている仕事をしっかりやっていく、要求されているものを成果として出すことと同時に、そこに附随して、もしくは新たに「つくっていく」というのが一層大事になってくると思う。 仕事をつくる…。何か僕に作れる仕事はあるだろうか。建築法規確認LMをやはりひとつつくってみるべきかもしれない。 そしてそれを雑誌の企画にしよう。そうしたらアトリエ所員に売れる。アトリエ所員は貧乏だから売れないかもしれないけど。 でも、仕事をつくってみよう。建築設計業務の中でもっと効率化できるところは沢山ある。 やりたくないのにやらないといけないことが、沢山ある。それらをなるべく圧縮して、僕は古くて大きい作品集をめくっていたい。 ひとまず試作一号。やってみよう。三月のどこか。いつが直近で空いているだろう。今週はもうフルスケジュールが埋まってしまっている。 後半のどこかでその暇をみつけてやってみよう。
朝の執筆時間はあまりに眠たかったので、睡眠時間に充てる。九時半まで二度寝して、少しだけ脳みそを軽くする。木綿豆腐から高野豆腐くらいになる。この例えはいけているだろうか。 かなり不安だ。火曜日に打ち合わせがあるので、ティーハウスに臨時出社。17時からの塾まで働く。 つっきーがざっくりと提示した方向性に沿って検討を進めてみるが、どこかどうしても、でき損ないの姿かたちになってしまう。 自分の力だけでは何ともできず、周さんに相談してみて、なんとか検討部分のモデルに目途がつけられた。 助かった。僕一人では気づけなかった着地だった。でもこれくらいは自力で辿り着けるようになりたい。 そして電車に飛び乗る。飛び乗る前に元町のカメラ屋に寄って、写真プリントの価格を聞く。一枚44円。 僕がこの前やってもらったところは26円。一枚18円の差。送料を考えるとどうだろう。微妙なところだ。 水道筋のカメラ屋さんにも聞いてみよう。そこは一枚30円くらいで、なんならタダでやってくれそうな気もする。
飛び乗った阪神電車は三ノ宮までは各駅停車だが、三ノ宮から特急に変身するトラップ電車で、岩谷駅で降りないといけない僕は、なす術もなく御影まで運ばれてしまう。 十分くらい遅れて塾にたどり着くと、今度は予約が取れていない、鍵が閉まっているなどの問題が発生しており、結局塾を開けるのに30分ほどの時間がかかる。 授業もはじめたらはじめたで、子どもたちはいつにも増して暴れている。最初、空いていない公民館を見て授業は無いから遊べるんだと思ったのだろう。 遊ぶつもりだった身体に溜まったエネルギーが部屋の中で爆発している。手に負えない。そして言葉遣いも全体的に悪い。 躾けが足りない。僕は思うのだけれど、言ってはいけないことを口にしたときは、もっと厳しく親は意見するべきだと思う。 そこをなあなあにしている親が多いから、めんどくさいとか死ねとか、ファックとか、そういう言葉を悪気なく垂れ流してしまっている。 親も忙しくて大変だろうが。言葉遣いにはもう少し干渉した方がいいのでは、と僕は思う。めんどくさいと言わない、ため息をつかない。僕はこのふたつはとにかく言われた気がする。 あとは人を傷つける言葉をうっかり使うと、それは必ずしっかりとその場でひどく怒られた。その教育結果がこれなので、あまり説得力を持たないだろうが、でも僕はこれらの教えは大切だったなと思う。 面倒くさいことは面倒くさいし、ため息なんていくらでもつきたい。でも人前ではなるべく我慢。大事なことだと思う。 教育水準が、その家本来の品性みたいなのが、ため息には出る。ため息をつく子どもの家と、ため息をつかない子どもの家の間には、大きな溝があると思う。 別にでも考えるまでもなく、当たり前のことかもしれない。ため息をついているやつには、ため息をつく共同体への切符が待っているのだろう。ちょっと臭そう。
授業が終わると、今度は生徒の一人が鍵を無くしていて、それを探すのに30分ほど時間がかかる。踏んだり蹴ったりの一日だ。 疲れ果て、無性にマックを食べたくなった。なんだか少し値上がりしている気がする。「世界の終りとハイパーボイルド・ワンダーランド」を読む。 村上春樹の「私」という一人称が馴染まない。そういえば丁子くんがズントーの扉について述べている下りで、村上春樹のファンタジーについて言及していた。 建築における扉による異なる世界観への移動というのは、ひとつ文学と建築が接するところなのかもしれない。僕はまあり扉でしっかりと仕切るのが得意ではないので、いつもぬるっと繋げてしまう。 しかしでも扉による世界転換を出来ないのも口惜しい。もう一度、丁子くんの論考を読んでみよう。
村上春樹はたしかに年を経るにつれて、お話の中に大きな装置を設えるようになっていく。それは素晴らしい技術だ。でも初期の頃の「僕」から滲み出てくるこのやりきれなさみたいな、そういうものがワンダーランドの作り込みが巧妙になるにつれて、僕には遠ざかっているように感じる。 そんなことはないかな。「ダンス・ダンス・ダンス」とか「羊をめぐる…」の方が、僕は好みだった。初期作のそういうドロドロ感と、舞台設定のバランスが一番高い水準で揃っていそうなのが、「ねじまき鳥」かもしれない。 あと村上春樹の床はリノリウムばっかり出てくる。他の床材は出てこない。もちろん木とカーペットくらいは出てきていると思う。 そんなもんなのだ。僕もそうしたら、マチコVだけ登場させ続けようかな。僕が最初のPJで選んだ床材だ。最安仕上げ。用途を選ぶ。 寝る前にもうひと読みして、上巻を読み終える。だんだんと、僕もお話も乗ってきた。抱きしめて欲しいときに誰も抱きしめてくれない、でもそんなのって、そんなにわざわざ口させることなのだろうか。 もしかして、意外とみんな、抱きしめて欲しいときに抱きしめてもらっているんだろうか。でもそれはいいことだ。僕も、抱きしめて欲しいときに抱きしめてあげられる存在に近づきたい。ピンク色の太った娘。 太った娘と確かに僕は寝たことがない。太った娘には、太った娘の良さがあるのだろうか。そろそろ出勤しないといけないので、これは働きながら考える。 それにしても、また寒い。
2026.3.10(火)
六甲山から吹き下りてきた北風が、僕の部屋の北側の窓を激しく揺らしている音がする。僕は夢の奥で、その音を感知する。 日記の文字が多すぎる気がする。あいだに写真をはさんであげてもいいかもしれない。読む人が少しかわいそうだ。 マックで昨日の日記を書く。二時間ほど。そして今日はあんじゅへ。9-17時。今日は平面図を渡されて、それを必死に3Dモデルに立ち上げるという日。 少し本気えお出し過ぎたかもしれない。激しく疲労してしまう。少し疲れやすすぎる気がする。お弁当生活になって、おかずが足りていないのかもしれない。 身体の奥に何か燃料液みたいなものが流れ落ちてしまっているみたいに、身体が動かなくなってしまった。まだ少し気を遣っているのだろう。 もう少し慣れて、リラックスする必要がある。とにかく疲れた。最近は睡眠量を増やしているが、それでも追いついていない。 執筆量を減らすべきか?減ってはいると思う。でもよく考えたら、まだこの生活は10日目なのだ。もう一ヶ月くらい経ったと思っていた。とても疲れた。 少し手を抜こう。気張り過ぎである。もっと遊びで働かないといけない。真剣過ぎる。力を抜く時間が足りていない。でもこれも時間が解決してくれるだろう。 現状はあまり上手く行っていないが、必ず良くなると信じよう。少しずつ良くなっていけばいい。やっぱり建築は楽しい。 もっと実務ができるようになりたい。詳細図とかも分かるようになりたい。ちゃんと図面を描けるようになりたい。 事例を集めて、3Dモデルをいじっているばっかりで、実務の力は全くついていない。今ある自分の技術で食いつないでいるだけだ。 それで食いつなぎつつ、次の局面に向けて新しい刀を用意しないといけない。実務の力。どうやって鍛えようか。しかしアルバイトの身で、実務の方の力まで伸ばすのは少し難しそうな気がする。 でももう暫くは、アルバイト生活で局面を立て直すのに力を使った方が良さそうだ。まだ今の僕には、自分の主導権がある時間を過ごすことの方が大切である。 でも正社員になったら、どれかを手放さないといけない。あんじゅホームも、ティーハウスもみっちゃん教室も、今の僕にはどれも必要だ、と思う。 そして何よりも自分を大切にする作法みたいなのを少し覚えないといけない。そのバランスを崩し過ぎると、自分に同情する下劣な人間になってしまう。 しかし、現状少し、インプットにかける時間が足りていない気がする。どこかを削らないといけない。それはきっと労働時間だろう。 たぶんこんなに働く必要はない。金銭面的には。ティーハウスだけで週四万は稼いでいるから、今月の月収は20万円くらいになるだろう。 でも働いてばっかりで、本を買ったり本を読んだりする時間が明らかに減っている。これは良くないと思う。アウトプットが散乱してしまっているのもひとつの要因だ。 でもこれは、立ち上げ期だからかもしれない。日記を書いたらいいのか、小説を書いたらいいのか、ビルの企画の構想を練ったらいいのか、アイデアが散乱してしまって、どれをどうしたらいいのか分からない。
現状の問題を改めて整理すると、
・休息不足/疲労気味
・インプット不足
・アウトプット散乱
という感じである。シンプルに僕は、色々やるのが得意な人間ではないのだろう。もう少しスイッチプレートを小さくして、切り替えを減らした方が良い気がする。 人格ももう少し統一したい。少しずつ場によって変わることに疲れてしまっているのもある。解決策はなんだろう。ひとまずティーハウスは終電まで働かずに、九時か十時には退勤するようにした方が良さそうだ。 そして頑張って早く寝る。そして朝の出力を上げる。日記はやはり書いて振り返った方が良いと思う。夜のうちに日記を書いて、朝は小説を書くという生活にしたい。 できればこの時間は建築の勉強、というふうに確保したい。昼ご飯の時間だけでは足りない。電車の時間もそんなに長くなくて、まとまったインプットにはなり得ていない。
さっきの三項目をもう少し細かく分解すると、
・建築のインプット不足/文学のインプット不足
・建築のアウトプット混乱/文学のアウトプット混乱
という2つの問題を4つに切り分けられそうだ。しかしこれは難しい。24時間しかないし、そのうちの16時間くらいしか僕は脳みそを使えない。 どの時間にどの本を読み進めたら良いのか、その判断をするのに既に疲れてしまっている。それも最近の生活で良くないところだ。 時間は限られているのに、限られているからこそ、どの本を読むかに必要以上に迷ってしまっている。困った…。どこから解決していけばいいんだろう。 何曜日は何をする、というシンプルさも生活の中に必要だ。今は週によって予定が変わってくるので、身体をいちいちそこに合わせないといけない。 これにも苦労している。…
とにかくやりたいことが多い。でもこんなに全部はやり切れない。でも、文学と建築は両方必要である気がする。建築は小さく小さく、文学は逆に大きく大きく…。 そうしていくのが、良いのではないか。そう思うと、僕には茶室くらいの大きさが作れればよろしい。法規も分からなくてよろしい。美しさが何かということだけが分かればよろしい。…? でも住宅くらいはつくりたい。そしてやっぱり、自分が設計した建物の図面を描きたい。人がデザインしたモデルを立ち上げるのは、そんなに楽しくない。 ところどころに、気が向かないところがある。美しくないんじゃないかみたいな、そういう気持ちになるところがある。カメラ・スクリーンにずっとなんか可愛くない女の子がうつり続けているみたいな。 そんな気持ちだ。わがままな人間で申し訳ない。傲慢だ。資格は取らなくても大丈夫なのだろうか。神戸の片田舎でのびのびやっている。 東京ではもっとすごい人達が、もっとたくさん頑張っている。本当に僕はこのままでよいのか…?
難しい。ことばかりだ。とりあえず明日は一日ティーハウス。朝起きて元町のコメダに行き、二時間半、日曜日の日記を書いて、本を読む。 建築の読書は、もっとティーハウスで働いている中にこっそりと忍ばせる。しれっと三十分くらい勉強する。伊礼智の本を今日借りてきた。 読みたい。勉強したい。分からない。もっと詳細図が描きたい。とりあえずその作戦でいこう。そしてご飯はもっと食べる。 おそらくエネルギーも足りていない。もっと沢山食べて、もっと沢山頑張る。夜食を食べて、伊礼智を読みながら寝る。大切なことを見失いたくない。
2026.3.11(水)
六時半起床。今日は眠くない。良いことだ。顔を洗って、昨日脱ぎ散らかした服をそのまま着る。冬にだけ許される堕落した着回し。 でも普通に三着くらいしか服を持っていないので、しょうがない。もう少し色んな気分の服が欲しい。さすがに少し少ない。と思った。 でも服を買うのに回すお金は、さすがにない。どの服を買ったらば、バリエーションが増えるのだろう。ズボンかな。まず。デニム一本、オーバーオール一本しか持っていない。 普通の黒い長ズボンがあった方が良いと思われる。いや、そんなありきたりなものは要らない?それともありきたりな一本があってはじめてファッションのボリュームが拡がる…? どっちなんだ…??よく分からん。服のことなんてそんなしっかりと考えたくない。なんでもいい。忘れよう。誰かがくれた服を着る!作務衣が着たいんだった。そういえば。 その方向にはお金をかけてみても良い。もう少し暖かくなったら、作務衣ばかり着るのも悪くない。探してみよう。
行きの電車でバラガンの勉強をする。しかしそれにしてもスケールがひと回り、いやもう少し、ふた回りくらい大きい。だいぶ大きい。 三方枠とかが105角くらいの柱に見える。10mmに満たない細かい納まりとかがアホラシクなってくる。メキシコ上流階級のスケール感。 僕にはとても使いこなせそうな気がしない。しかし小さいスケール感の中にも、バラガンの豪胆なスケール感は出せると思う。 建築も必要以上に取り繕わなくてよい気がする。美しく納め過ぎないで。正直さの方が良かったりもする。そこら辺はもう少しバラガンから学んでいきたい。 バラガンって身長がめちゃくちゃ高そうだ。馬みたいな下半身をしていそうだ。昭和のプロ野球選手の下半身と上半身のバランス。腹が痛い。
腹が痛くてうんこ。トイレへと駆け込む。痛むお腹をさすりながら、少しでも多くのうんこを出そうと踏ん張る。そうやってうんこをしながら、ふと思ったのだけれども、でも人生の喜びというのは、失敗の数、さらに言えば失敗しても立ち直れた数なのかもしれない。 今際の際に思い出されて僕を満足させるのは、成功ではなくて、立ち直ることができた悲しみなのかもしれない。しかしお腹は痛い。まちがって小腸が絡まってしまったみたいな、そういう違和感と痛みが下腹部の感覚を支配する。 とにかくお腹は痛いが、でも僕はとても幸せだ。一時はひどく遠ざかってしまった、人間を愛するというところに、世界を愛するというところに、少しずつ帰って来れている。 去るべきものは去り、残るべきものは残った。まだまだお別れは訪れるだろうけれども、でも、そうやって生きていく。それに尽きる。忌野清志郎の「スローバラード」を聴いている。 着替え途中のピエロみたいな、黄色いテラテラなジャケットに、どこからが襟でどこからが襟ではないかが分からないシャツを着ている。なぞの貴金属類による装飾、汗まみれの顔にはの目元はキキョウ色、信じるものがある人の目。 悪い予感のかけらもないのに、どうしてこんなに悲しい気持ちになってしまうメロディなんだろう。しかしどうやら、忌野清志郎は一角の人物のようだ。 僕はこんな立派な大人になれるだろうか。人間を愛し、人間を喜ばせようという気概に溢れている。まだお腹が痛い。
商店街のアーケードを歩く。半分くらいの店は、まだシャッターを下ろしたままだ。時々見える青空には雲がひとつも浮かんでいない。 アーケードには点検用通路とその手摺の影が歪められて浮かび上がっている。 アーケードというかヴォールトは、組積造の構造的合理性から立ち現れたというより、人間の心理的合理性の面から立ち現れたのかもしれない。 途方もない孤独感。その寂しさがこの建築形態を生み出し、そして支持され続けてきたのではないのだろうか。 そういうえば僕は昔から、一個違う階にいる友だちに会いに行くのが大好きであったことを発見する。 保育園から小学生中学年くらいのあいだ、僕は宿題とノルマ(親に出された課題とピアノの練習)が終わると、一個下の六階に住んでいるタケルくんの家によく遊びに行っていた。 僕の家は漫画もゲームもなかったし、レゴやプラレールも満喫できるほどは買い与えられなかったが、タケルくんの家にはそれら全てが充実しており、僕たちはふたりでそれらでよく遊んでいた。 間取りの回遊性を活かしてプラレールの線路にも大きな一周をつくったり、レゴブロックを改造して宇宙野球みたいなことをしていた。 (レゴトレインの線路を各ポジションの定位置に配置し、そこにフィギュアを立たせる。そうすると部屋は野球場に変身する。彼らフィギュアが自律的に動くわけではないので、僕たちが脚本と演出をする。 すごい恣意的な脚本と演出なので、わざと4-5から逆転サヨナラツーランホームランでゲームセットみたいな、そんなウソみたいな展開の八百長談合試合ばかり行っていた。) クレヨンしんちゃんの漫画も全巻揃っていたので、僕はそれを聖書のように、ひとつひとつ教えとして学んでいった。他にも小さな僕たちの脳みそで想像でき、小さな身体で実現できることは一通りやった。 それが僕の5歳から9歳くらいまでの全てで、唯一の幸せな時間だった。お母さんがお迎えに来ると、その幸せな時間は終わりを告げて、7階のスパルタ王国になくなく戻る。 (雰囲気でスパルタのたとえをしてしまったが、スパルタの政治体制はそんなに独裁的ではない。スパルタの名誉のために一応の断りを入れておく。) 宿題やピアノになんとか目途がついて、タケルくんの家に遊びに行けそうな時の、気球のようにこころが浮かびあがってくるあの感覚を思い出す。 そして走って階段を下りて、タケルくんの家のインターホンを押すときの、その喜びを雑巾みたいに絞り上げる瞬間の気持ちを思い出す。 ピンポンを鳴らしてから玄関扉が空くまでの時間、僕の経つ横にある水道メーターか電気メーターの回転盤を確認する。 これが回転しているときは誰かが家にいるが、止まっているときは留守で遊べないことが多い。ゆっくりと回転する小さな金属の輪を見つめていると、星と僕だけが存在している無音の広い宇宙の中みたいな、そういうイメージが頭に浮かぶ。…
これが21世紀の都会育ちの僕の虚構に満ちた原体験である。階段のむこうの友だち。小中高では、階段の向こうにいるのは違う学年の人間なので、そういう体験はない。 でも大学生になって製図室で図面を描いたり、研究室生活をしたりすると、上の階にまた友だちが発生する。僕はこれが嬉しくて、つい5歳の頃の習性で階段をよじ登ってはお喋りをしに行っていた。 踊り場を曲がって、部屋が徐々に近づいてきて、扉をあけると、まったく違った臭いのもうひとつの世界がひろがっている。 おもちゃがあって、クレヨンしんちゃんがあって、友だちがいる。そこには僕が存在している世界の、成果や努力みたいなものがない。 ただただ幸福が両手を広げて待っている。これが基本的な僕の世界構成なのだ。耐え忍ぶべき現実。扉。それをつなぐ階段。通路。扉。もうひとつの幸福な世界。 こんなダイアグラムの中で生きていたし、今もそれをどうしようもなく求めてしまう。同じアパートに友人を住まわせたりしてしまう。 幸せは扉の向こうにしかないもの、自分の部屋にはないものだから。そう思うと、階段や扉、臭いという部位は、僕にとって非常に重要なものなのだ。 においも大事だ。そこには自分の部屋からは知覚されない、他者のにおいがあって、それが不快ではないものである必要がある。 それを潜在的に求めてしまってがために、僕は自分の部屋をつくって、そして階段の先に北岡くんや西浦さんに居て欲しいと願ってしまうのである。 そしてその構成の世界に囚われている。囚われ続けている限り、自分が生きる世界に安らぎは訪れない。残酷だ。
2026.3.12(木)
昨日は芦田に久しぶりに会う。カラオケに行きたいというので、それに付き合うが、これは失敗だった。 結局カラオケには行っていないが、自分の一日を上手く一日の中に収められなかった。収まるべき場所には、芦田の大きな声とか、痰みたいな仕事や気持ちの欠片とかが先に座り込んでしまって、僕がシャワーを浴びたり図面をみたりする時間は押しだされてしまった。 朝起きると、部屋の電気はついたままで、洗っていないお皿が流しに転がっていた。どうやらシャワーも浴びていなかった。やれやれ…。 僕は芦田と一緒にいると、生活の諸要素が芦田によって、芦田が去ったあとの時間に押し出されてしまう。大きな声。強すぎる好奇心。僕に伝えなくていい感情。 立派な人間だ。僕は芦田といない時の自分と、芦田といるときの自分が違い過ぎて、よくわからなくなってしまう。どっちが本当の自分なんだろう? 芦田と一緒にいると、宿命的弱者みたいな気持ちになる。痰を吐かれ煙草を捨てられても言い返せない排水溝みたいな人間になってしまう。芦田は煙草は吸わない。痰は吐く。 排水溝で光を知らずに、人間の汚れた部分を集めながら育ったような人間になってしまう。僕は基本的には四月の晴れの日のように、楽観的で朗らかな人間だが(?)、芦田を前にすると、六月の排水溝になってしまう。 そこには昼も夜も光がなく、常に腐ったにおいが鼻腔から肺に至るまで全ての管を満たす。吐き気が胃に栓をする。言い過ぎたかもしれない。 でも芦田にはそれだけの力がある。僕は健太郎ではなくて、ドブ二郎になってしまう。それはそれで人生なのかもしれない。お風呂には入っておけばよかった。 身体全体が少しずつベトベトしている。排水溝一瞬に浸ってしまったみたいに。芦田を前にしたら、芦田の価値観をしっかりとインストールしなければ生きていけない。 僕はそれができない。出会うのが遅かったからかもしれない。芦田の後輩たちは十代という柔らかい時期を芦田と共に過ごし、それを歯型のようにしっかりと脳みそに刻み込んで生きている。 僕にはそれが出来なかった。どうしようもなく歯が脳を突き刺す。痛い。脳が痛いはずなのに、歯の奥の神経に針が触れたときのような鋭い痛みがある。 僕があまりにも融通が利かない人間過ぎるのだろうか。分からない。しかしとにかく早くお風呂に入りたい。
排水溝的宿命を打破すべく、コメダの二件隣くらいにあるカフェに今日は入ってみた。道路から覗いてみた感じはそれほど混んでもいなく、値段も良心的で、店内も清潔で静かそうだった。 しかしその期待は、その他すべての期待と同じように、バットでフルスイングされたように打ち砕かれる。全体的に全てのクオリティが低い。 椅子の座り心地、素材のビニル感、その他もろもろに小さなサービス。コメダの偉大さを知る。クッションの薄さと肌触りの悪さがやはり一番気になる。 僕は基本的にビニル素材に対してあまり良い印象を持てていない。手のひらにどうしても馴染まない。ポリエステルの下着とかも苦手だ。 机の化粧板もあまり好みではない。化粧板みたいなやつが一番タチが悪い。偽物の木目で僕たちを騙してくる。許せない。誰がこんなことを思いついたんだろう。 化粧板を開発した人物は、平和な時代でなかったら、効率的に人間を引き裂けるマシーンとかを開発できただろう。それくらいの冒涜加減だと僕は思う。憤りながら飲むコーヒーは、でも別に普通だ。 味覚は幼稚でひとりぼっち、他の感覚器官と上手く馴染めていない。なんとか学校にはいけている。みたいな感じだ。
図面を描きたくてしょうがないので、家や事務所にある本の図面をトレースすることにする。今のところ、僕が仕事で描ける図面はない。 こうやって少しずつ、覚えていくに尽きる。基本的にまだなんにも分からないので、伊礼智の本の中から簡単な図面を見つけ出して書いてみる。 簡単な図面でも分からないことがある。VC塗装?なんだろうそれは。調べてみたら、ビニル・クリア塗装だった。 そういえば山崎事務所の図面にはUC、ウレタン・クリア塗装と書いてあった。違いはよく分からない。 でも基本的には、どちらかの塗装によって木材を保護するのだろう。まあ書いているうちにきっと、手が覚えてくれる。それを気長に待とう。 現実的な詳細図の他に、名作のプランや断面などもトレースしたい。勉強するべきことは山のよううにある。 でもこうやって勉強しようと思えるのも、精神的な余裕があるからだ。この一年くらいは水を飲まずに息継ぎするのに精いっぱいで、ほとんど何も勉強することができなかった。 今は忙しいといいつつも、その余裕がある。嬉しい。し、こういう自分が僕は好きだ。一方で、こんな安全な場所で生きていて良いのだろうか…?という不安もあるが…。 それにしても建築コンサルみたいな人間を許すことは出来ない。あまりにも生意気すぎる。安全な場所から安全なことを言うなんて、もっとも下品で軽蔑すべき行いである。 それでお金を貰うなんて許せない。なんとかその清潔な部屋から引きずりだして、一緒に模型作りをさせてやる。だいたいつっきーがいるんだから、コンサルなんて入らなくていいのだ。 中抜き。中折れ。コンサルなんて全員、中折れしてしまえばいい。というかコンサルが議事録をまとめるべきである。僕たちより絶対忙しくないはずなんだから。 まったく…。喋るのが自分の仕事みたいな顔です、みたいな顔をしやがって。腹立たしい。 これは僕のポリシーなんだけれども、人間は、危険な場所から危険な発言をするべきである。 安全な場所から安全な発言をするべきではない。そんなの、とってもずるいじゃないか、と思う。それならば、桜田通りを二人一組、馬飛びで少しずつ進み続ける方がマシだ。
まあいいや。少し強く言い過ぎた。申し訳ない。今度、一緒に模型をつくりましょう。 そういえば夜に安田先生からメールが届き、奈良文化財研究所(奈文研)のポスト募集があるけれどもどうですか、という話が来ていると教えてくれた。 ナブンケン。……そういう可能性もあるのか…?任期つき、おそらく竹本さんが調べてくれた公募情報によると、次の2026年度一年、というようである。 そしたら350万円くらいもらえて、5時に帰れる?らしい。何をするのかはよく分からなかった。でもまずは安田先生に会って、それから声掛けしてくれたヨコヤマさんにも会ってみよう。 僕もあの人と話したいなと、三回くらい思っていた。向こうもそう思ってくれていたみたいだ。嬉しい。 そうなると僕は、三月中くらいに今後についての結論を出さないといけない。どうする。なんだか「鞄売りのガラゴ」みたいだ。 色々な人がページをめくるたびに訪れてくる。敢えて声をかけるほどの才覚が、僕にあるとは到底思えないが、まあでも声をかけてもらえるのは嬉しい。 そういう人たちの期待に応えたいと思う。しかしでも、僕は未だ人生で誰かの期待みたいなのに、応えられたことがあっただろうか。 母の期待、おじいちゃんの期待、先生の期待、上司の期待、恋人の期待、そういう近しい人からの期待や希望みたいなものを踏み躙ってここに今立っている。 遠くから見ると端正だが、近づいてみると何の素材感も浮かんでこない建物のような人間なのだ。そしてみんな、近づいてきた時の表情とは違う、川の向こうで人が焼かれているのを見るような目で、去っていく。 僕はいつもそれを忘れてしまう。自分が期待を失望に変えてしまう人間ということを。
どうしたものか。まあでも、これを繰り返すほかない。でもやっぱり、最後は全ての人がかけてくれた期待、応援に対して応えたい。 それは義務であるように思う。期待をすることに比べたら、期待に応えることなんて大したことではない。期待をかけるほうが重要なことだ。 そこからあらゆる可能性がめぶいてくる。めぶいてくる?下ネタじゃないか。めぶきました!ちんことかけまして、…思いつかん。訓練が必要だ。本題も忘れてしまった。 とりあえず、安田先生と会ってこよう。自分の道を見つけなければ。カーンとドストエフスキーになるはずなのだ。僕は。 どうしようもない人間のこころみたいなものから、世界を描きたい。そういえば野菜を食べなさ過ぎて便秘気味だ。 15分くらい踏ん張って、切り落とした親指くらいのうんちしか出ない。由々しき事態である。明日はつっきーの奥さんに野菜を食わせてもらおう。 ここは思い切って外部資本に一旦依存だ。しかし対策をかんがえないといけない。気持ちよくうんちを出したい。シュルッッツ!こんな音と共にうんちを出したい。 レンガがアーチになりたがるように、うんちもシュルッッツ!と出たがっているのだ。野菜もうんちになりたがっている。僕はいったい何の話をしているんだろう。
2026.3.13(金)
朝六時半に目が覚める。部屋がいつもより少し白っぽくて、暗い。どうやら今日は曇りであるらしい。 おしっこをして服を着る。今日は朝十時につっきーの別荘に集合なので、少しいつもよりゆっくりとできる。 玄関扉を出ると、思っていたよりも冷たい空気が身体を包む。上着のフードを被って、東の方へ歩き始める。 静かな朝だ。興奮の波が去ったあとの静かな朝だ。遠足が終わったあとの、だれもいなくなった砂浜のような静かさだ。 僕はいったいどうやって生きていけばいいんだろう。
昨日ぼくが食べたイワシの缶詰を思い出す。骨から切断され、なにやら金属の中に密封されてしまった一匹のイワシについて考えてみる。 彼は僕に食べられるために生まれてきたわけではないのに、僕に食べられてしまうという事実。 そうなると僕も、予期せぬ何かに食べられるべき運命にあるのだきっと。僕はいったい、誰に食べられるんだろう。
四日くらい経って、この日にいったい、僕は何を考えていたんだろうということをほとんど忘れてしまった。 この日はおそらく、僕はどんな女の子と付き合いたいんだろうということを真剣に考えていた。それを明快に打ち出して友人と言う友人に伝えて、それでもし紹介して貰えれば、マッチングアプリの何千倍もイイコトな気がする。 その仮説を検証するべく、まずは好きな女の子のタイプについて考えてみるが、しかしこれが意外と難しく、結局僕は、どういう女の子が好きなのか、まったく分からなかった。 でもひとつ言えそうなことは、僕が話をつまらないなと思わずに辛抱強く聞いていられる女性というのは世界に殆ど存在しないから、そういう女性は大変貴重である。 多分、僕が頑張らずに、それでいてツマラネエと思わずに話を聞いていられる人っていうのは、今まで三人くらいしかいなかった気がする。 基本的にツマラナイ。技術を使えば聞けるが、寝る直前にそんな技術は使いたくない。僕の非人道的な側面である。 僕が喋ればその問題は解決するが、でもそれは根本解決では無い気がする。やはり基本的に男は聞く生き物で、女は喋る生き物なんじゃないかというのが、僕の歪んだ価値体系である。 僕の話をそんなに長く聞かされるなんてトンデモナイひどいことだと思う。だからやっぱり僕は聞いているべきだ。 逆に二人ともそんなに喋らない、というのもあるかもしれない。僕は口数が少ないし、喋るのも遅い。おんなじくらい喋るのが遅い人もいいかもしれない。 早口の人も好きだ。芦田より遅くて難しく無かったら、僕はだいたい聞き取れる。でもずっとそれは大変かもしれない。 結局どうしたら良いんだろう。話を聞ける、という前提も間違っているように思えてきた。分からない。 僕はしっかり、誰かを愛したことがあるんだろうか。実は、誰のこともそんなに好きじゃないのではだろうか。 そんなような気がしてくる。自分の中に、愛情のようなものを感じることができない。このまま愛情の輪郭みたいなものを遠くから眺めるだけの人生なんだろうか。 僕は誰を、何を愛しているんだろう。世界を特に愛してもいないし、隣人も特に愛していないと思う。ではいったい、何のために生きているんだ? 自分の満足を満たすためだけの怪物に成り下がってしまったのだろうか。流し忘れていた店内BGMが唐突に流れはじめる。 今日はやけに静かだなと思っていたが、BGMをかけ忘れていたようだ。両方を体験してみると、静かな方が快適だ。余計なことを考えるのが捗る。 音楽を流すと、雑念も流れていってしまう。それはある時には良い事であるが、書くときにおいては、あまり良い事ではない。 もっと雑念とそれを包む虚空にしっかりと向かい合わなくては。
結局、どんな女性を好むのかという問題は解決しなかった。本能に委ねるほかない。しかし僕がお話をしっかりと聞ける人はとても貴重なので、そういう人に出会えるのは嬉しい。 …僕の考えていることが、あまりにもズレてしまっているのか…?生徒に話しかけられた時でも、なんやこの話…などと思ってしまう。 もう少し優しい気持ちで聞くことに臨みたい。逆に、ちゃんと聞こうとしすぎているのだろうか。よくよく考えると、みんなもっとテキトウに聞いている。 ホントにワカッテル?みたいな場面はたくさんあるし、ホントにワカッテルというのは、実は全く重要ではないのかもしれない。 どうせ誰もかれもが分かり合えないのだ。僕は分かろうとし過ぎている節がある。それなのに聞いても分からない時に、イライラしてしまう傾向がある。 もっとサラサラと適当な音を出して、雰囲気だけ掴んで、笑うところを笑っておけばいいのかもしれない。 自意識が肥大しすぎている気がする。漱石を読もう。明治の日本が、近代自我へ向かっていくことの悲劇性をおそらく漱石はしっかりと書いている。 近代自我からの脱却。その次の価値体系はどんなカタチなんだろう。どういう考え方と集まり方なんだろう。血のつながり、利益の共有、思想の共有、ただ隣、友だち。 ドラキュラの家。人は何によって集まり、自我を解体できるのか。そもそも、まず僕の自我はどうやって解体するんだろう。 脳みそを叩き割りたい。近代自我にいたるまでの道のりを学ぶ必要がある。漱石も読もう。僕は僕ではない。とても難しい。 自意識が巨大すぎる。もっと抽象的で漠然とした人間になりたい。人間の集まり方。世田谷村は少し怖い。光嶋先生や坂口恭平は文字通り地下に監禁されていたという。 しかしフラー・ドームや川合健二邸はもっと怖い。それならば世田谷村の方がマジだろう。でも本当にそうか…? 僕は結局20世紀的な近代自我に閉じこもって死んでいくのではないか…?それを本当は、心の底では、求めているのではないか…?
2026.3.14(土)
一週間の時間が空いてしまった。ようやくこの日について書く。なんか一日色々あって、書くのが面倒くさかった。 日中は六甲道南公園でのマルシェにスタッフとして参加する。僕の仕事は、一日写真を撮ること。前日のうちに送られてきていた撮影ノルマリストには法外な量のノルマが記載されている。全店舗の写真、全店舗の商品をズームアップした写真。 フォトブースの様子。マルシェ全体の賑わい…。そして始まってみると、とにかく尋常じゃない数の人が訪れている。どこからどんな風に撮っていったらいいのか、さっぱり分からなくなってしまう。 しかも六甲道の南口ロータリー部分にも飛び地の会場があり、そっちも写真を撮りに行かないといけない。 僕のモチベーションと実力ではどうすることも出来なかったので、なんとかできる範囲で写真を撮っていく。 いや。実際はもっと低いモチベーションで、とりあえずシャッターだけ押しておいて、問題はレタッチで解決しようみたいな、問題を先送りしながら撮っていた。 人間を撮るのも苦手だ。人に対してカメラを向けるのが久しぶり過ぎて、最初はカメラを向けるたび、向けられた人に対して申し訳ない気持ちになる。 否応がなしに写真にしてしまおうとするカメラの凶暴さを持て余す。
カメラを撮る前の準備の時間に、タイヨウくんという友だちができる。 二十歳くらいの大学一年生だが、名前の通りにとても気持ちのいい人間だ。人間に大切なものは、頭の良さとか、能力の高さとかではない、ただ純然と、素直でイイヤツであるということのかけがえのなさみたいなものにやられてしまう。 どうやったらこんな素直に二十年間、生きられるんだろう。本人の特性だけでなく、お家の雰囲気もとても良いのだろう。 ただまっすぐに伸びていく幹、その樹皮の中にある、白くて柔らかくて、一年ずつ等間隔で刻まれた薄く鉛筆で線を引いたような年輪を、その木からする香りを想起させられる、そういう素敵な人間だった。 嬉しくて隙があれば話しかけ、明日も会おうと約束をして、友だちになる。社会人になってからできた、はじめての友だちだ。 社会人になったら、なかなか友だちなんて出来ない。会社の同僚なども友だちでももちろんあるんだけど、それ以上にやっぱり、仕事の関係、という要素の方が大きくなってしまう。 だからこの日のタイヨウくんと僕のような、水と水が流れ下る中で出会ってひとつになるような、自然な出会いは本当に貴重で嬉しい。
四時くらいにマルシェが終わって、その後の撤収を手伝う。六時くらいに全ての撤収が終わって、僕たちも家に帰る。あいかちゃんと八時からと約束をしてしまったために、二時間ほどの空白時間が生まれてしまう。 しかしとても疲れた。寝てしまったら、起きられずに朝を迎えてしまいそうな気がする。なんとか地面に背中をつけないように、大音量で音楽をかけて作業をしながら、集合時間までの時間を過ごす。 なんとか眠ってしまうことなく、あいかちゃんとの集合時間まで乗り切る。支度をして六甲道へと向かう。ロータリーに五歳くらいの子どもを詰め込んだくらいの大きなリュックを持って腰掛けている小柄な女性がいる。 髪が普通の色であるが、この荷物の大きさと、一方の人間のサイズの小ささは、おそらくあいかちゃんで合っているだろう。声をかけるとやはりあいかちゃんである。 ピンク色の髪の毛とかだと楽しみにしていたが、あらま僕の方が変な髪色であった。寒かったので、もつ鍋を食べに行く。 六甲道からそのまままっすぐ下っていくと、「神月」みたいなお店が存在している。そこでもつ鍋をたべる。 店には背後には大きな花瓶が並んでおり、その後ろには大きな屏風が控えている。もつ鍋を三人前注文しようとするが、前例がないと官僚みたいなことをいう店員さんに止められる。二人前にサイズ・ダウンする。 食べてみるとやはり三人前くらいは余裕だった。そんなにお安い値段でもないから、まあ良いんだけれども、やはりあそこは三人前で押し通すべきだった。 もっと自分の胃袋を信じてあげるべきだった。無性に悔しい。悔しがっていると、帽子をかぶってマスクをしたおじさんが、バックヤードの方から出てきて、僕たちに焼きモツは食べたか、食べねえと損だぞと唐突に話しかけてくる。 「ウチでしか出してないよ。ウチに来たお客さんはみんなこれ食べるよ。」バングラディッシュ人のリヤカーみたいな客引きである。
どうしてこうなったか思い出してみると、その時店には僕たち以外のお客さんはいなかった。僕たちも〆の何かしらの麺に突入しようとしていたし、店員さんたちも暇だったのだ。 そんなこんなで進められるがままに焼きモツを注文し、一口食べてみる。案の定、美味しいのでご飯をふたつ追加注文。カモである。 カモムーヴにおじさんは満足したのか、僕の横の席に腰掛けての説法タイムがなぜかはじまる。 西宮にもお店があること、そこには阪神の選手がくること、だから選手たちとは友だちであること。僕も阪神ファンだと分かっておじさんさらに加速し、今度阪神のチケットが手に入ったら、お前にあげるよといって連絡先を交換する。 ここくらいまでは麺もまだ伸びきっておらず、少しばかりの珍しい出来事で済んだ。でも、おじさんは更に深く椅子に座り直し、続きを喋りはじめる。 僕はあいかちゃんと喋るつもりだったのに、気づいたら目しか見えないおじさん、店のオーナーみたいな人と喋っている。喋っているというか、聞かされている。 謎の時間ははじまる。おじさんの若い頃の手柄を教えてもらう。24歳で新卒で企業したこと、30歳までに3つ企業しようとしたこと。僕がビジョンなく生きていることへのダメだし。ビジョンと理念の必要性。 情報が命であること。若いうちは金が溜まったら海外旅行をして世界中の人間に会ったこと、109ビルを建てた時の話、青山の道路の名前の話、石油の値段の話、国際情勢の話、習近平(おじさんはずっとシュウチンペイと言っていた)の弟の話…。 おじさんのマスクと野球帽のあいだの目の部分は、じぃっと見てみると、たけしのように見える気がする。僕は話を聞きながらこの人を「タケシ」と名付けた。 本当の名前はマツオさんらしい。マツオタケシだ。略してマツタケ。マツタケサンバ。オレ~!オレ~!チャカチャン!!マツタケ!タンタン!サアンバァァ~!!年寄りの昔話はやはり少し退屈だ。 でも、このおじさんが話していることが本当だとしたら、だいぶすごいおじさんである。僕の趣向とはあまり合っていない気がするが(僕だったらこんなデカい花瓶や屏風を並べたりしない)、でもすごいおじさんだ。 今も二時に寝て六時に起きているらしい。集中して寝たら、それくらいで足りるよとのことだった。それはまあそうなのかもしれない。とりあえず嵐のようにそのマツタケサンバは去っていった。 僕たちは目を見合わせて呆然具合を共有したあと、伸びて焦げたちゃんぽんが食べれるかを確認してみた。汁を吸い過ぎてぶよぶよでありながら片面は焦げてかちかちになっていたが、味は悪くない。 もったいないので、その麺を食べていったん店を出る。ふつうにおじさんとしか喋っていないので、居酒屋に入って、あいかちゃんと喋る。 舟木さんは人間が好きなのか好きじゃないのかどっちなんですか?などと言われる。確かにどっちなんだ…?分からない。 十二時を過ぎたくらいで解散する。激しく疲弊する。そのまま風呂も入らず、着替えず、歯も磨かずに布団へ倒れ込む。 枕元でマツケンサンバの妖精のことを思い出す。ビジョン。理念。30歳までどう生きるのか?どう生きるんだ??? そんな大きな問題について考えるには疲れ過ぎていた。蟻地獄の斜面を気づかぬうちに下っていくように、僕は眠りへと吸い込まれていった。
2026.3.15(日)
とても疲れたので朝寝坊をして、十時くらいから塾の椅子をつくりはじめる。椅子づくりの前に昨日撮った写真を編集する。果たしてこれらが要求に答えられているか、さっぱり自信が無い。 いつも素敵な笑顔のスタッフの女性に怒られてしまうところを想像してみる。とても怖くて、悲しい。そういえば村上春樹は、40歳を超えて魅力的な女性っていうのは、とてもすごい事なんだよと書いていた。以下botより引用。
「はっきり言いまして、女性は40代で差がつきます。男性の場合よりも、「残る人」と「落っこちる人」の差が歴然としてきます。 でもそこで残った人って、ほんとに素敵ですよね。すごく魅力的です。そのへんにはまると、20代の女の子なんて…ということになります。」
とまり木の女性は残った人の集団である。耐える事のない肉体と精神へのメンテナンスの末に獲得された、失われなかった、ご機嫌で可愛い、少女たちにも引けを取らない笑顔である。 僕の写真ひとつで、その築き上げてきた努力を無に帰すわけにはいかない。椅子をつくり終わったら、もう一回マルシェに行って写真を撮ろう、と決意する。 しかし椅子づくりは思っているように進まない。だいたい20分~30分くらいの時間が、一脚にかかる。三角形の角の部分の布の納め方が難しい。 シャープに仕上げようとすると耐久性が下がり、耐久性をあげようとすると、シャープさが損なわれる。 タッカーを買えばその問題はあっさり解決できそうだが、しかしタッカーを改めて買うほどではないという判断が下されていた記憶がある。 なんとかビスで最善を尽くしていくのがいいだろう。椅子づくりには結局三時間半ほどかかった。布が足りなくなったので終了。あと三脚ほど残っている。 またやらないと…。安請負もいけないが、不機嫌さも出してはいけない。芦田にまくしたてられると、「あぁ…」みたいになってしまうが、でもそれが行き過ぎて、不機嫌そうな感じになってしまうのは良くない。 機嫌によるコントロールだ。そういうのは相手に言わせずに、自分で言わないと。とりあえず椅子の残りは今日(3/20)やってしまおう。問題は机だ。そのDIYはそれなりかなりの元気がひつようである。 予定では今日明日でやることになっているが、とても面倒くさい。それに何も新しいことがないと、こちらも盛り上がらない。 ひとまず部屋掃除をして、何が必要かをもう一階冷静に考えよう。でも基本的にはずっと机に向かって作業なので、机の上のものを減らし、机を大きくする。事が必要である。衣類の整理も必要そうではある。 窓の左側につくった本棚の反対側、右側にひとまず棚を作って、そこを衣類収納にしてもいいかもしれない。そうするだけで服の散らばりが少しはましになる。ひとまず、部屋はもう少し綺麗にするべきだろう。 部屋が綺麗になれば、自ずと家具を作りたくなってくるような気がする。少し焦り過ぎている。深呼吸をして、自分のリズムを思い出そう。興奮状態だ。 生活を整える。リズムキープ。沢山歩く。あんぱんまんミュージックを聴く。僕はイライラしたらあんぱんまんミュージックを聴くよううにしている。 そうすると、少し心が落ち着いてくる。落ち着いてくるというか、五歳くらいの気持に戻って、難しいことがあまり考えられなくなる。 アンパンマンではなく、走ったりして落ち着いた方がいいのかもしれない。ドキンちゃんやバイキンマンの歌は特に良い。脱線した。本流はどこだ?
日曜日の話に戻ろう。椅子を通り終わって、二時くらいから一時間ほどマルシェに顔を出して写真をお代わりする。ちゃんと日曜日の写真を撮る担当の人がいると分かって安心する。 昨日に引き続き、タイヨウくんに会う。結局会って喋りはじめてしまったら、それが楽しくなってきてしまい、写真撮影のことはどうでも良くなってしまう。気分屋過ぎる。 結局、30枚ほどの写真を撮っただけで、あとはお喋りをして終わってしまった。タイヨウくんとまた会う約束をする。りえさんの娘はいつの間にか大学生になり、哲学科に通っているらしい。 アリストテレスをオススメされる。これを機会に少し読んでみようか。哲学は時系列にギリシャから読んでいかないとあまり分からないので、まずはソクラテス、プラトンからだろうか。ローマまで辿り着けるかなあ。 脳みそがあらゆる事象で氾濫して、書く手がうまく進まない。考えている途中のことは考え切って書類にして、人に送り付けて安心しないといけない。 僕の脳みそには入りきらない。ひとまず雑誌の企画書は、送りつけて忘れ去ろう。住宅のコンペとDIY、ビルの設計は僕の頭の中に入れて置くしかない。しかし三つは多すぎる。 今日一日で、ひとつ絞り切って、ふたつにしないと。そう思うと、この溜まった日記も早急に処理する必要がありそうだ。ようやく追いつきそうだ。人と会うと疲れて日記が溜まってしまうという弊害がある。 もう少し会合時間を縮減する必要がある。長い。よっぽどでない限りは、二時間とかでいい。そのかわりもっと初速からブチ飛ばす必要がある。
また脱線していた。本線へ戻る。小野と日下のラジオ「シナプス旅行記」の収録のため、大阪の日下の家へと向かう。 小野はまたしっかり遅れて来る。新幹線も便意で途中下車したのだろうか。後で聞いてみると、ダラダラしてセックスしていたとのことだった。 逆に清々しい。のんびり前戯していたのだろうか。まあなんでも良い。小野が到着するまでのあいだにマルシェの写真を編集する。 晴れたり曇ったりの不安定な天候と、コントラストの強さなどによって露出のブレが多数散見される。難しい。露出優先モードで撮っていたけれども、こんなに上手くいかないとは思わなかった。 プロのカメラマンは大変だ。僕は写真は撮るけど、こんな風に仕事っぽく、依頼された写真を撮ったことは無かったので、その難しさに翻弄されてしまった。 マルシェはテントの外とテントの中の明暗の違いが激しく、このあたりがとても難しかった。そんなこんなをしていたらあっという間に小野が来る時間になってしまったので、慌てて駅へ迎えに行く。 駅でセックス遅刻野郎と合流し、エネルギーを補充するために焼肉屋に行って、牛肉を食らう。とても美味しいし、金額から想像される量よりも多い量の肉が出てきて少しばかり嬉しい。 一時間ほど肉を食って満足しお会計。帰り道を少しコースアウトしてコンビニへ行く。潤滑油としてスコッチウイスキーを買う。小野がいつもバーで飲んでいるウイスキーだという。 日下家へと帰宅。満を持して収録へ。マイクを設置し、マイクテストを少しする。
今発見したが、「人間っていいな」三時間耐久を1.5倍速で再生して作業すると、とてもいい。脳みそも身体も釣られて1.5倍で動く。代謝も釣られて上がってしまう。 手汗が止まらない。でも楽しい。こんなことを26歳にもなってやっていて大丈夫なのだろうか。イヤホンが間違って抜けてしまって、コメダ中に早送り「人間っていいな」が響き渡ってしまったらどうしよう…。そう思うとより手汗が出てきてしまう。 キーボードがベトベトだ。田舎の古びた遊園地の、高低差の少ないジェットコースターに乗っているみたいな、そんなスピード感だ。人間的なスピードの範囲でありながら、横を抜けていく風が気持ちいい。人間っていいな、って誰目線の歌なんだ? 森の動物たちだろうか。町の動物たちだろうか。それとも人間自身?中々すごい。哀愁と可笑しさが共存している素晴らしい楽曲だ。お葬式で流したい。棺桶が今焼かれようとしている時に、こんな曲がかかったら、しかもそれが倍速とかでかかったら、面白くってしょうがなくないだろうか。 肉親の葬式でも吹き出してしまう。これはコントになりそうだ。小説にはならない。コントか漫才にして、メルカリで売ろうかな。それともエントリーするか。暇があったら、ネタにしてみよう。
脱線終了。帰還。収録を開始する。夢中で喋ってしまって、あんまり覚えていない。僕たちの楽しさ、面白さと、聞く人達の楽しさは一致しているのだろうか…? 多分だけれども、一本目はぼくの自己紹介と称して、AtelierYAMORIの名前の由来、なんで月刊誌をつくっていたか、みたいな話をしたと思う。 二本目は、予定通りセックスの話をしたはずである。セックス高等専門学校。五年制である。でもなんか気づいたら、寝バックの話になっていて、寝バックあたりで話がめぐってしまった。 寝バックって、しても5分とかじゃない?実際の時間よりも長く喋ってしまった。寝バック以外の話は忘れてしまった。 三本目は「シナプス旅行記」を改名したいという話だった。一年続いたことにまず拍手である。続けるって、それだけで十分に素晴らしいことである。僕の雑誌は四ヶ月で終わってしまった。 もっと続けたかった気もするし、あのまま続けていって、いったいどこに到達できたんだろうという気もする。あの形式で出来ることは一通りやっていたと思う。… 盛り上がったので、終電を黙殺して四本目の収録に突入。ウィスキーのロックはとても酔いやすい。さまざまな判断を必要以上に勇敢にする。 四本目は僕の雑誌から名作をそれぞれ選んで読み上げてくれた。フラれた日の文章と、浄土寺浄土堂からの帰り道の文章が選出された。 どっちも確かに凄惨な文章だった。僕は写真だと勇気がなくて、なかなか凄惨なものが撮れないが、文章にはまだ可能性があるかもしれない。 加害性を手加減なく発揮して良さそうだから。夢中になってしまえば、読者の顔はどこかへ消えていく。何故か最後はエレカシの宮本について熱弁して、終わった。 日下がもう50分経ってますよ、と終わらせてくれた。確かに話がもう全然変わってしまっている。日下の爆発力みたいなものを、僕がゲストとして襲来したことで損なってしまったような気がする。 日下がもっと安心して、ブレーキをぶち壊して暴走するには、どうしたらいいんだろう。やはりアクセルが強大すぎるとその分ブレーキも強くなるのだろうか。 僕はそんなに馬力はないので、安心してノーブレーキで運転できるけど、日下はそうではないみたいだ。もう少し日下の輝かせ方を考えたい。 それはもしかしたら、ラジオというかたちではないのかもしれない。他の人が誰もいなくて、でも気配だけするから頑張れて、でもやっぱり誰もいないから暴れられる、そんな環境はないだろうか。 雑誌の寄稿はどうなんだろう。僕は紙面の方が、良いんじゃないか、見ているんじゃないかと思う。人間の欲望。マモー。なぜか巨大な脳みそが脳裏に浮かんだ。別に日下は関係ない。 とりあえず収録は馬鹿楽しかった。こんなに楽しいなら0回再生でもいいと思えるくらいの楽しさがあった。楽しいってやっぱり素晴らしい。 もっと勉強して、もっといろんな知識とアイデアの網を作って、もっと面白い話が出来るようになりたい。読んでくれてありがとう。また呼んで欲しい。でもそれは聴衆率?によるのかもしれない。 みんな、オンエアされたら聞いて欲しい。いやウソ。聞かれたら恥ずかしいことだらけだ。聞かないで欲しい。万が一聞いたとしても、決して僕にそれを伝えないで欲しい。
2026.3.16(月)
六時に目覚ましを鳴らして、日下の家をあとにする。二人を少し起こしてしまった。 八時に安田先生と会う約束へ向けて電車に乗って六甲へと戻る。家に一回寄ろうかどうかと迷ったが、面倒くさかったので阪急線に乗って六甲で降り、直接学校へ。 三十分ほど早くついてしまう。芝生にはワンチャンたちいが集まっていて、人間の居場所はあまりない。セブンイレブンの裏の朝日のあたるベンチに腰掛けて本を読むことにする。 朝陽が隅々まで僕に当たって、あったかくて気持ちがいい。足元を雀が跳ねている。しかし僕が顔を向けた瞬間に逃げていってしまった。横の方に座るおばあちゃんが雀になにやら絶えず話しかけている。 あるいは独り言。それはいったん、どっちでも良く、僕は原田マハの「晴れの日の木馬たち」を読む。 ある女性が作家になっていくお話である。書くことについて、それを読んでくれる人がいることについてのお話だ。 面白い。なぜ書くのか。それの最初の気持ちみたいなのがここに書かれている。原田マハの文章は初めて読んだ。 リズムはあるような気がする。文字を追っていると、それは視覚的には感じられる。でもどうも音のリズムとして僕の身体の中を流れない。 文体の相性みたいなところなんだろうか。まだはじめましてだからかもしれない。現実を辿るスピード感が、少し早すぎる気がする。 ひとつの現実の事象が起こったときに、頭の中に流れる音、内省言語がある。その量が少なすぎる気がする。ここが文体というか、作家ごとの特性になるんだろうか。 僕はもっと長くて、そしてもっと妄想過多な音声が頭の中に流れている。もう少し流れている方が馴染む。原田マハは少ない。 そしてなんというか…普通だ。花のかほりとか、降りそそぐ雨みたいな。蒸気機関車が出てきていないのに、蒸気機関車が出てきたりしない。 格納庫が出てきていないのに、格納庫の中に積もる埃をそっと指先で集めてみたりしない。伝わるだろうか…?そういうディテールを書きたくて、僕は書いている。 言い過ぎてしまえば、あらすじなんて、現実世界なんてなんでも良いくらいだ。うそ。それはさすがに言いすぎかも。でも、そういうディテールの方に僕は興味があって、惹かれている。 好みの問題だ。でも、そういう作家の本をもっと読んでいこう。全く眼前に登場していない、なんなら見たこともない物事を描写することでより伝わりやすくなるって、面白い。 ノンフィクションではなくて、フィクションを通して多くの共感を得ていくのと同じ構造だ。僕はまだ量が圧倒的に足りなくて、その上部構造の方の歓びをあまり経験できていない。 もっと練習したい。書きたい。そう。書くっていうことについて、喋るつもりだったのに脱線してしまった。 …でも少し考えてみると、そこに何か特別な響きや思いがあるなんてことはなくて、ただシンプルに書くしかないから書く、だけな気がする。それ以上でもそれ以下でもない。 生きることが書くことなのだ、というくだりがあった記憶があるが、本当にただただ、それだけなんじゃないか。 でも、それを続けていく中で、書くことを応援してくれる人、読んでくれる人、感想をくれる人、楽しみにしてくれている人…。こういう人達がいてくれることっていうのは、これは特筆した方がいいことだ。 書き手の力の及ばない、思い通りに出来るとことではないが、でこういう人たちがいるから書けている日は、少なからずあると思う。 本当にありがとうございます…。もしかしたら、こうやって読んでくれている十人くらいの顔がしっかりと浮かぶっていう今の状況が、一番幸せなのかもしれない。 これが50人、100人となったら、そういう訳にもいかなくなってくる。でも増えていっても、変わらずに同じひとたちの顔を浮かべるのかもしれない。 僕は基本的に、文章を書いたり、建築をつくろうとしたりするときに、思い浮かべるのはたったひとりだと思う。for a man.というかこれは僕が発明した考え方ではなくて、内藤廣が東大生との対話という本で述べていた。 どんな建物でも思い浮かべるのはひとりだ、って。僕はそれを読んで感銘を受けて以来、たぶんいつもひとりの人を思い浮かべて設計したりしている。 そのひとりが上手く頭に馴染まなかったり、間違えてふたり以上にしてしまうと(よく似た双子を思い浮かべてしまう、みたいな)、あんまり上手くいかなくなる。 だから仕事は苦手だ。上司の顔と施主の顔が重なってしまって、笑っているのか悲しんでいるのかがよく分からなくなってしまう。 でも、よく分からなくなってしまうんだよね、では済まされ無さそうだから、なんとか乗り越える技術をつけたい。つっきーはイタズラに怒鳴ったりしないので、今のところはおかしなことにならずに、なんとか耐えている。
しかしこの僕の特性、全ての命に対しての平等な優しさみたいなものは、果たして誰かを幸せにしているだろうか。 それって、道端のハトと肉親への思いが一緒だってことだ。君のことを鳩と同じように愛しているよ、ってことだ。鳩に接するように店員さんにも礼儀正しい、ってことだ。 そんな公平性みたいなものが、上手く機能する事ってあるんだろうか。そんな優しさみたいなものを受け取って、嬉しい気持ちになる人なんて果たしているのだろうか…? どうなんだろう…?それは間違いなく現在の僕の大きな特徴なのだが、それが自分や周りの人間を幸せにしているのかと問われると、自信をもってうん、と答えることができない。 僕はこのままでいいのだろうか。世界を等しく愛するコスモポリタンになろうとして、誰も愛せず誰にも愛されない人間になってはいないだろうか。…? そのことについて僕はとても悩んでいるし、そういう自分を変えた方が良いんじゃないかと、とても迷っている。 でも、出来るなら、僕は、なるだけ全ての命をしっかりと等しく愛し、そしてそれによって自分も、まわりの命も、幸せに生きるようにしたい。 生きるようにしたい…?矛盾している気がする。なんか変な文章だ。これは20代後半、それが人生のどのあたりに位置するのは僕は分からないけれども、20代後半における僕の最大の問題であると思う。 新たな方向性、もしくはより強固な現状維持をしなければ生きていけない。どうしよう。雀たちに聞いてみようとしたけれど、僕が相談し始める前に雀たちは飛び去ってしまった。
2026.3.17(火)
朝六時半に目が覚める。少し不規則な生活が続いたので、このあたりからリズムをもう一度意識して生活しなければならない。 リズムと日課を崩すことの代償は思っているよりも大きい。調子に乗って終電を逃さない方が良かったなと少し反省をする。 日記と図面のトレースが、今日を入れて五日分、それぞれ残っている。由々しき事態だ。ひとまず朝は、日記を少しでも消化することに全精力をかける。 人と会う予定を調子に乗って入れ過ぎたのは失敗だった。あいかちゃん、日下と小野、今日は丁子くん、そのあと山本くん、熊坂くん…。 ミスった。どうしてこんなに予定を入れてしまったんだろう。調子に乗り過ぎている。そして僕の一日は、孤独と静寂ばかりで喋ることは普段ほとんどないから、喋り続けると激しく疲れてしまう。 誰かと会って、ニ三時間、一生懸命喋って、そしたらもう疲れ果てて、日記ひとつも書けなくなってしまう。これを繰り返してしまう週末だった。 ひとまず週に二人以上と会うのは止めよう。そして六時間半くらいの睡眠時間と、二時間くらいの自分の作業時間の確保が必要だ。残りが労働や人と会う時間。 無駄に携帯を弄っている時間などももう少し減らさないと。どうせ見るものなんてない。連絡もほとんど来ていない。自分に集中。 最近は精神的な依存状態から少しずつ脱却できている。でもこれは無駄に忙しくして、問題を紛らわしているところも多分にある。 もう少し仕事量を落ち着けて、人と会う量も落ち着けて、睡眠量、作業量、読書量を増やす。ひとりで目を閉じる。瞼から透き通る光を感じる。風や鳥が僕のそばを通り過ぎていくのを見る。寂しくならない。 蒼井優が「さみしい」と思ったら「退屈だ」と置き換えるようにしている、と言っていた。そして、退屈だなあ、外に出なくっちゃ、と思うようにしているって。 良い作戦そうだ。寂しさと正面から組み合いたいような気もするけど…。そしてそれを乗り越えたい。最近は少し穏やか過ぎる日々で、それは素晴らしいのだが、でも本当にこれでいいのだろうかと、少しそんな気もする。 そんな余裕をこいてる暇が、今の僕にあるとはあまり思えない。ガムシャラにならねえと。
芝﨑くんと一緒にあんじゅホームへバイトへ。今日もとにかく図面を3Dモデルに立ち上げ続ける。しかしとにかく眠く、身体もだるい。 前回の二分の一くらいのスピードでしか進まない。芝﨑くんも眠そうである。確かに芝﨑くんはあんじゅホームに上手く馴染んでいないかもしれない。 難しい。というか別にこれくらいな気もする。芝﨑くんが先回りして、空気の重さを引き受け過ぎている気もする。合わせないで、なんかテキトウに一発、挨拶しておけば解決しそうな気がする。 たしかに絶妙なよそよそしさというのは、僕も感じる。表面的にはウェットなだけに、その下層のサラサラ感がやけに気になる。 でもなんか、そういうもんだと思って、それでも少しだけウェットめに良い子にしていたら、みんなそのうち好いてくれそうな気もする。 自分から卑屈になって、肩を丸めない方がいい。人を見ていると簡単に分かるが、自分一人だとよく分からない。芝﨑くんがもう少し楽しくバイトできることを願っている。 僕たちは少しインテリ臭すぎるのかもしれない。そういう距離が最初から設けられているのを少し感じる。 ここで必要以上に知的だったり、立派であることは良い事ではない。自分の中の、爽やかなドジ要素を少し脚色して、それを前の方に出した方が良さそうだ。 僕は可哀想な境遇具合をもう少し、嫌味なく差し出した方がいい。本を買うなんて、言う必要はなかった。女を買っています!と言った方が良かった気がする。 まあいいや。そんなふうに五時まで睡魔と格闘しながら働く。途中で、私の息子の家庭教師をしない?と言われたが、結局その話はどうなったのだろう。 連絡先を交換しますかと帰りがけに尋ねたのだが、普通に断られた。どうなっているんだ。別に僕はそこまでお金に困っていないので、教えなくても良いんだけど…。 とりあえず来週の出勤のときに、家庭教師ふなきの企画書を持っていこう。僕は勉強を教えるのは面倒くさいし、どうせ週の一時間で成績が改善するとも思えないので、何か面白いことをやってみたい。 給料をまず出来高制にしたい。30点上がったら、3000円みたいな。定期試験の時にしか収入は得られない。その代わり、毎回夕ご飯を食べさせてもらう。これはどうだろう。 ついでにその夕飯の残りのおかずとかも欲しい。欲張りすぎか。でもそんなにお金は必要でないし、勉強を教えるのも面倒くさい。 でも美味しいご飯は食べたい。出来高制だ。そして勉強ではなくて、毎週のスケジュールを立てるだけにしたい。二週間分、24時間のスケジュールを立てる。 朝起きて、寝るまで。自分が何に時間を使っているのかを明らかにする。本当にそれはやりたい事なのかい?やりたい事をやるために、勉強は一時間で終わらせた方がいいんじゃないかい?と。 そういうことをやった方が良さそうである。勉強は少しだけ教える。あとは雑談する。やりたいことをやってくれていい。 別にお前の人生はどうなったっていい!!みたいな。そんな企画書だけつくってみよう。企画書を作るのは楽しい。実行するのも時々楽しい。 企画書集という本をつくってもいいかもしれない。思いついたら、しっかりまず企画書にする。来週の火曜日。勝負に出てみよう。別に僕は失うものはないのだ。 なんなら企画書の内容だけ持っていかれて、僕は用済みになったっていい。でも信じている。縁みたいなものが、僕たちを良い方へと導いてくれるはずだ。 大切な人は残っていく。そういうふうになっているはずだ。
一時間半ほど塾で働き、丁子くんとサイゼへ行く。丁子くんは旅行しすぎて、2000円しか所持金がないという。さすがだ。 勇敢な使い方である。しかし食事もそこそこにとにかくしゃべる。林昌二、ハイパーヴィレッジ、レムのAAスクールの卒業設計?にはじまり、経済圏、生活圏のつくり方、生産の内包の仕方、闇の建築、やみくろ、月光の建築、鉄のアニミズム、アンビルドを構想するシンクタンク、雨樋照明や防火水槽パイプオルガン、地価の気配、やみくろ、電気の貯め方、鯉のぼり、SサイズからXLサイズまでのはなし、カプマルタンの休暇小屋、祇園祭の御輿入れ、太鼓橋、幻庵、住吉の長屋、黒川紀章の人口増減曼荼羅、雑誌の次のフェーズ、食糧自給について、ハワイの浮島、人の集まり方、怖い建築について、重源。 閉店まで話した。喋り切った。丁子くんが日建設計の地下につくるシンクタンクが楽しみだ。丁子くんは20代で、シンクタンクと休暇小屋、そしてアンビルドの計画をつくるんだろう。 僕は三つ、何をつくる?小説。闇の建築、そういえば石上純也の卒業設計は闇の建築であった気がする、月光の建築、畑、エネルギー…。作りたいものをもう少し整理する必要がある。ダニー・ボーイ。 三つだ。三十歳までに。もっと建築の勉強をしよう。そしてビルを超えるものへ向かっていこう。まだ見ぬエネルギーをもう少し見つけ出して、世界に示したい。 雨樋照明はそう思うと、本当に一発作ってみてもいいかもしれない。ディエゴスティーニとかに持って行ったら、一年分の制作キットにしてくれるだろうか。何をつくろう。 つくりたいものはいっぱいだ。丁子くんと話すのはとても楽しい。僕もレム、読んでみよう。今度、近畿支部のあたりに、浄土寺浄土堂へ一緒に行く約束をした。 今度は丁子くんの実弟とも会いたい。北岡くん二号。進み始めている。僕ももっと勉強して、妄想を膨らませないと。それが僕の本当の仕事だ。 連想すること。妄想すること。プリンシャッシャヅーンクルック。TVピープルの効果音はこんな感じではなかっただろうか。ひとまず今日は良い日だった。とても満足している。 卒業おめでとう。丁子くんの将来が本当に楽しみだ。僕もがんばろう。タルップクシャウスタルップクシャウス。TVピープルの効果音は正しくはこれだ。
2026.3.18(水)
朝六時に目が覚める。今日は空気が少し暖かい。僕の存在を責め立てるような冷たい空気ではなく、僕の緩やかな輪郭として空気が存在しているのを感じる。 溜まった日記を書き、溜まった図面トレースを消化する。企画書を書く。そしてずっと眠い。 今日締切の提出物に載せるパースの手伝いをする。卒計みたいに、何枚も何枚もただただ人を入れていく。 体調も良くない。人を大きく入れ過ぎるので周さんに全て直される。僕は確かに、パースの手前に人を大きく入れ過ぎる傾向がある。 僕はパースにいつも、僕たちの意識を憑依させる先としてのひとりの人間を途方もないサイズで置いてしまう。 別に人を置かずに、既に自分がパースのような光景を見ていると思えたら良いのだけれども、なぜか毎回、一度添景の人間を挟んでから、僕はパースの世界に入っていっている。 どうしてかは分からないけれども、これは僕特有の手癖のようだ。周さんはそれを一枚残らず修正したし、昔おっちょも、僕のパースに対して人がデカすぎると言っていた。 僕としては、空間は人間の心のための手段だから、空間や建物を見せるために人間の空間を小さくするっていうのは、あまり分からない。 とにかく大きく人間を入れる。建築もそれに負けないようにする。とにかく強くする。強くすれば、どんなに添景が大きくとも問題ない。 パースに入れる人の数は重要だ。どういう人数の人間を集めて、そして集まった人たちがどういう気持ちになるかということを、しっかりとイメージしなければならない。 そんなキレイゴトを言う余裕はないので、仕事はとりあえず完成させないといけないけれども…。
人間の集まり方。そういえば石山修武は「川合さんはひとりの人間の生活に関して考えていることっていうのは本当に素晴らしくて、とってもいいなって思うんだけども、でもこれが二百人とか三百人とか、人間の集団になると、なんだかとっても恐ろしものになる。こんなのやだなぁってなる笑。」 といったニュアンスの発言をしていたと思う。丁子くんも僕の卒計に対して「あんな風に人を集めようというのはとても怖いと思いました」と言っていた。 人間の集め方というのは慎重に考えないといけない。僕も、人間を集めると怖くなりすぎる傾向があると思う。ひとりの人間のことを考えてつくる空間の方が良い。 このあたりの塩梅というか、力加減というか、考え加減みたいなものは難しい。ひとまずパースをつくるのにとても疲れた。 周さんのパースを何枚も触っていると、確かに周さんの身体性みたいなものが少しずつ僕の手にもなじんでくる気がする。 それは僕の持っているものとは全く違う。芝生があって、空があって、花も咲いている。そして白い。全ては照らされている。 僕はもっと黒くて暗い。朝と夕方の、光が一番斜めな時のパースばかり切る。光を限る。光を構造的にしてしまう。 屋外であれば、人の影とかも鮮明に黒々と出す。周さんのパースは人の影が薄くても、そんなに気にならない。 人の土俵に登ってやってみると、それぞれの違いが否が応でも浮かび上がってきて面白い。 しかし人の土俵だから、僕の力の60パーセントくらいしか出せない。これは困ったところだ。本当はもっと役に立ちたいけれども、残り40パーセントの部分は極めて個人的で、他の人へ上手く役立たない。 やはり独立するしかないのか…???仕事をつくらないと。いや、仕事ならある。疎かになっている。どうしよう。雑誌とか小説とか一個も進んでいない。まずい。 進めたい…。しかし疲れすぎている。この日は帰ってエスキスしていたら、吐き気を催してきたので慌てて寝た。 このまま死んだら、T字のモールディングが、僕が人生の最後に考えたことになるところだった。危ない。 出入口、窓、扉についても少し考えていた。伊礼智の図面にあった、ガラス戸と網戸が一体化したものを昨日は見ていた。 一体化しているので溝が一列で済む。ガラス戸をオーバーランさせれば、網戸が出てきて通風が取れるというものだ。 面白い気がする。それを例えば店の入り口に展開して、雨戸+開き戸のような組み合わせにしてみる。そうすると店を閉めている時は雨戸FIXになって、それをただ横にスライドさせると、出入口が登場する。 横のスペースは嵩張るが、戸溝は減る。障子戸、ガラス戸、網戸、雨戸の八列構成とかの開口部を、組み合わせることで再編してみるのも面白そうである。 雨戸+障子戸とかも面白いと思う。こうすることで、あまり見なくなった雨戸をもう一度表舞台に引きずり出すことができるかもしれない。 他にはシンプルに、橋の上げ下げでOPENとCLOSEを示す作戦もある。丁子くんに教えてもらった祇園祭のお御輿入れの建物のように。 そういうアナログ機構をつkるいたいという気持ちもある。余計な装置だが、男心はくすぐられる。上下に二種類の窓をつくって、パチンコみたいに上の入り口と、下の入り口が揃わないと中に入れない、みたいなふうにするのも面白いかもしれない。 色々思いついていた。そういえば僕はプライドが高すぎるかもしれない。プライドというか歪んだ自尊心だと思うが、それを守ろうとしている自分を感じる。 おいらは凄いんだ、という小さな気持ちにしがみついている。それがなんとか維持できる環境、尊重される環境では働けるが、それが損なわれ続ける場所では働けない、という気がする。 そうすると一気に卑屈になってしまう。いや、少し違うかもしれない。最初はもっと気持ちよく怒られていたのだが、山崎さんが何度も怒られ方についてのケチもつけてくるから、それに従って、人格を松の木のように捻じり曲げていったような気もする。 いつも仕事内容について怒られるし、その上に怒られ方まで怒られたら、もう訳が分からなくなってしまう。でもまあ、僕にもそういう瞬間はあるか。 おい。まずそもそもそれが良くないぞ、みたいな説教をかましてしまう時が、無いとは言えない。小倉くんとかに時々したくなってしまう。 別に山崎さんが特別な悪人であるわけでは無かった。僕も同じ加害性を抱えている。加害性。加害性の議論が袋小路へと向かっている。 それを突き詰めていくと、楽園の鼠のように自身の毛繕いに終始することになってしまう。ビューテイフル・マウス。 僕も気を付けないといけない。次のかたち。利休やゴッホや漱石は、茶、絵、物語の中に人間の心情の問題を導入したことで、現在の高い評価、変わらない人気、普遍性がある。 しかしこれからは、それを乗り越えないといけない。自我の処遇。こいつを殺さないといけない。世界中の自我を破壊しなければ。 僕の自我、自意識は真っ先に破壊する必要がある。漱石の「私の個人主義」を読まないといけない。あれは、個人主義を礼賛する本なのだろうか。 YouTubeにはそういう文脈で解釈した考察動画?が何本か上がっているが、実は違う気がする。読んでないから、何も分からないが。 自分に逢うたら、自分を殺せ。…???
2026.3.19(木)
すっきりとした目覚めだが、よくよく耳を澄ませてみると、昨日の体調不良がそのまま身体に残っている。 胸の上のあたりに食べたものが浮いていて、気を緩めるとそれらが口から飛び出してしまいそうである。 これは一体、どういう症状なんだろう。経験した事のない体調不良だ。昨日食べたものがそんなに良くなかったとも考えづらい。 しかしとにかく不思議な嘔吐感が浮遊している。今日は出来るならばお休みしたい旨を送った。今週は毎日こんな感じで、低いパフォーマンスを安定して叩きだしてしまっている。 少しやはり無理をし過ぎている。予定を整理しよう。後ろに回せるものは後ろへ回したい。 熊坂くんとの予定を後ろへ回してもらう。かたぢけない…。明日の山本くんはこれ以上後ろに倒すわけにはいかないだろうから、頑張って会おう。 明日は一応、本当の休日のはずである。塾の残務はたくさん残っているが……。 終電まで働くとお金が沢山もらえて興奮するし、周さんを置いて早帰りするのは気が引けるが、やっぱり22時くらいには帰らないといけない。 じゃないと朝イチの活動を継続できない。三月は花粉症も相まって、順々に体調が悪くなっている気がする。 そう思うと、山崎事務所では恐怖心のみで身体を駆動させていたみたいだ。逆に恐怖心だけであそこまで身体を駆動させられる。 それもそれですごいことだ。皆さんは元気だろうか。河本くんは当然のように変わらず元気だろうが、それでも変わらず元気だろうか、と少し気になる。
ASKAと玉置浩二の「音銀河」を聴く。二人の歌声はユニゾンしていても、ハモっていても、不思議とひとつの声のように聴こえる。 チャゲアスのチャゲのハモりのように技巧的ではないが、とても調和している。それぞれがお互いと出会うために存在していたかのようだ。 ASKAは68歳をとても嬉しそうに、楽しそうに生きている。これは僕にとって重大なことである。 振り返るASKAの人生は、ゴシックの塔のように鋭く尖った90年代前半のピークの後、喉の不調、セールスの不調、創作ペースの低下、不倫、盗聴、薬物使用など40代から50代にかけては、常人には堪え切れないほどの苦難が訪れていたと想像される。 僕がASKAを知ったのは逮捕された後のそれらの総決算という時期であるが、普通に考えたら、いつ音楽を止めてもおかしくないし、なんなら生きることを止めてしまっても、その理由が分からないなんてことは全くないくらいの状況であったと思う。 にもかかわらず、現在68歳まで生きており、そしてそのことが本当に楽しそうである。全ては愛だと、それでも人は繋がっていると歌い切っている。 おそらく30代の絶頂に、これ以上の瞬間は人生に訪れないのではという恐怖とその後の忸怩を超えて、60代を本当に心から生き切っている。 もしかしたら僕にも、60代になると、今のASKAみたいな景色が見えるんじゃないか。それならばその歳まで生きてみようかしらと、そんな気持ちになる、本当に素敵な笑顔だ。 「音銀河」もとても素晴らしい歌だった。「銀河鉄道の夜」だった。 今の僕は、夜の闇を、何も見えない暗がりを、暗さを支配する音のない静かさを、悲しみや寂しさ、焦りや憎しみや後悔、そういった感情で埋めてしまうけど、ASKAや玉置は音のしない闇の中に、無数の愛と歓びを見出して歌っている。 同じ闇を見ているのに、どうしてこうも違うんだろうか。僕は何に囚われてしまっているんだろうか…。何が星々を隠してしまっているんだろう。全く分からない。 でもASKAや玉置が、宇宙に煌めく星たちからの祝福を感じているのは感じる。そういう暗闇がこの世界には存在しているみたいだ。地下鉄の孔を抜けていった先には、そういう世界が待っているんだろうか。 大きな希望であり、目標である。ドストエフスキーが言っているように「人生は不幸になるだろうが、総体として人生を祝福しなければいけない」ということだろうか。どの道につなげればいいんだろう。 68歳まで生きてみたい。カムパネラ…。
体調も悪いので、稼ぎを諦めてエスキスをする。雨水を貯めて、雨水越しのトップライトを思いつく。天井の真ん中に穴が開いていて、そこにる透明な筒に雨水は溜められる。室内にはその水で拡げられた光が室内に差す。 雨上がりの晴れ間など、とてもキレイになって素敵ではないだろうか。確か九州地方の民家で、真ん中に水を集めて室内の雨樋を通して排水する屋根の造りがあった記憶がある。 風対策でそのようになっているという話であった。調べたら「漏斗谷造(じょうごたにつくり)」だった。これは中々である。室内の真ん中、屋根の谷部分を巨大な雨樋が走り抜けている。 それを思い出した。それを光と絡めて、ビルに、家に、茶室に使えそうなアイデアだけどどうだろうか。風が強い地域なら必然性があるかもしれない。 汚い水を溜めると、光を透過させる素材(ガラス?)が汚れてしまう。雨水を光を濾過するルーバーみたいなものは必要になるような気がする。それをどれかにしっかり展開してみよう。いや、大した思い付きではない可能性もあるか…?水越しの光。 そんなに意外性はないだろうか…?水族館ぽくなるだけだろうか…?ひとまず構想をもう少し消化してみよう。21世紀の光を。部屋へ落としたい。 暗いと、バラガンみたいな色使いもできるんじゃないだろうか。日本建築の金色みたいな感じで。暗闇でヌラリと光る金。色の方向も推し進めていきたい。家でこれって実験できるのかな。構想が渋滞している。 ひとまずは漏斗造りトップライトだ。社長が今度、住宅のコンペ一千万あるよと言っていた。このアイデアの来週持っていってみよう。 「第1回 HOUSE DESIGN AWARD」だった。調べたら。自邸で人生の切実なる問題を解決せよ。自邸の建設によって将来を好転させろ、それを社会的課題に昇華させろ、といった感じのようだ。 審査員は谷尻誠、伊礼智、堀部安嗣など。トップライトだけではだめそうだ。人生を好転させないといけない。
銭湯に行こうと思っていたが、結局面倒くさくて行かなかった。夕飯を適当に済ませ、今度は雑誌の構想を練る。 ビルになぞって、一階、二階、三階…というふうに作っていくのが良さそうだ。そうすると、色んなテーマが散乱していてもそんなに違和感がない。 後は問題は流れである。空間体験が先へ先へと引っ張られて繋がっていくように(そういう体験は例えばカノーヴァ美術館や谷村美術館などで体験できる)、雑誌の中にもシークエンスをつくらないといけない。 繋ぎ方が大事である。FMのDJとかはどうやって曲と曲を繋いでいるんだろう。ジョイント。接合部。異なるモノとモノがぶつかる場所に世界が生じる。でもひとまず基本的な構成は決まった。 一旦これを企画書に清書して、その企画書を持って、色んな人に書いてくれませんかとお願いしていこう。そして僕も、書くべきものを書く。撮るべき写真を撮る。
雑誌の基本構成が十時半くらいにできた。書いて欲しい人間に連絡をして、そして今度はビルの計画にうつる。ビルの輪郭が見えないと、雑誌の輪郭も浮き上がってこない。 家にある作品集をひっくり返しながら、白井晟一やスカルパ、カーン、バラガン、川合健二などを見てスタディしていく。 バラガンの設計の進め方に倣って、一ヶ所のパースから考えて、それを繋ぎ合わせてひとつの建物をつくることを試みる。 しかしビルは難しい。五階建てなんて僕は扱ったことがない。ひとまずでも、一通りの図面にしないと、何がなんだか分からない。 一旦平面を7×14mで設定して、平面図を5枚、描いてみよう。基本構成をいったん形にすれば、そのあとはそれをこねくり回してなんとかなる。 今日は大学二年生みたいな一日を過ごしてしまった。でもこういうのが、とても楽しい。企画書は全部楽しい。そのつぎの事業計画までもう少し立てられるように訓練しよう。 でもまずは企画書。雑誌も本当にかたちになるだろうか…?みんなが書いてくれた原稿を無駄にしてしまったりしないだろうか…?楽しみだ。仕事はやっぱりつくるものだ。生きる歓びだ。
2026.3.20(金)
余計なお世話かもしれないが、女子トイレも小便用と大便用の二種類に分けるっていうのはどうなんだろう。 小便用の腰掛は浅く高くして、省スペースを図る。設置できる数を増やし、回転効率もあげる。並んでいる時も、小便の列と大便の列に分かれるので、心理的にも少し楽になる。 でもそれは、開発の対価に見合う幸せだろうか…?でも女性に生まれたら、あんなに長い時間をトイレに並んですごさないといけないなんて、そんなのないじゃないか、と思う。何か少し、あの待ち時間を素敵に出来ないだろうか。 例えば、我慢しているおならをこっそり出せるくらいの匂い環境にしておく、とか、トイレの前にステージを設置して、大道芸人にパフォームしてもらうとか。 本棚を置いて、でもうんちを我慢しながら読める本は限られているから、四コマ漫画とかを用意しておくと良いかもしれない。 でもこの状況下で切実に求めているのは、何よりもまず迅速な排泄行為である。可愛い女の子も、可愛くない女の子も、等しく平等にうんちをしたいと欲する。たぶん。 女性のトイレ事情について詳しくは分からないが、何かしらのbetterな過ごし方があると思う。これは今後も少し、考えてみたい。 というかトイレメーカーが一気にストライキしたり、何かによって消滅してしまったらどうする…?文明は崩壊してしまうんじゃないだろうか。あらゆる排泄物が相応しくない場所に排泄されるようになってしまう。 おむつメーカーがとても喜ぶ。ヴェルサイユ宮殿。おむつメーカーとトイレメーカーっていうのは、実は水面下で凄惨な争いを繰り広げている可能性はないだろうか。 気づかなかった…。僕としたことが。逆にトイレメーカーとおむつメーカーの二重スパイって、凄い危険だけど、とっても儲かる仕事なんじゃないだろうか。そういう設定のお話が書けそうである。 ツイッターで見ている文芸雑誌の「繭」、とっても格好良い。ため息がこぼれてしまう。僕にこういうテイストの雑誌をつくる才覚はない。 俳句、短歌、詩、戯曲、エッセイ、小説、評論…。。。すげぇ…。買って読んでみよう。なにやら難しそうである。難しそうな文章を僕は読めるだろうか…? 2000円。買ってみよう。やっぱり雑誌をつくるんだよな。若くてお金がない時って。雑誌つくりたい…。雑誌をつくるバランスと、雑誌の中身をつくるバランスは、とても難しそうだ。 雑誌自体にかける手間は減らし、もしくは分離し、できるだけ中身の良化に集中する。
十一時くらいまでコメダで何かを書いていた。多分どこかの日の日記。伸びをしながらすっかり晴れた道を歩いて帰る。素敵な休日だ。 塾へいって生地が足りなくて包めなかった椅子三脚を包む。 その作業を一時半くらいに終えた後に飯を食い、届いたばかりの津村記久子「ふつうの人が小説家として生きていくには」を読む。 勇気づけられる内容でもあり、恐れおののいてもしまう内容であった。月曜から金曜まで、深夜二時から四時まで、原稿紙四枚。月八十八枚。半年で五百枚。二十万字。そうやって長編を二つ書く。 そうやって書くのか…。僕は毎日、いつどうやって書けばいいだろう。もっとプロット、筋書きをしっかり決めておく必要があるかもしれない。 プロットのつくり方はとにかく付箋に全部書いて、それを並びかえてつくると書いてあった。明日、そのやり方を試してみよう。それなら僕も毎日原稿用紙四枚くらいは書けるはずだ。 もっと公平に書かないといけない。そんなことが僕にはできるのだろうか。今年、なんとしてもひとつふたつは完成させないと。建築で仕事をしながら小説を書くのは思っているよりもだいぶ大変だ。 でも、僕は建築なんて関係なく、文章を書きたい。そしたら小説を書くしかない。論文も書きたくない。なのにナブンケンに月曜日に行く。一貫性がない。 網戸の論文、誰か書いたりしないだろうか。でも40歳くらいになったら、網戸についてまとめようと急に思い立ったりするかもしれない。 そのタイミングまで、気長に待ってみてもいいだろう。ひとまずは、設計と小説だ。小説なんて本当に書けるのか…?一日四千字はしかし今の生活には納まりきらない。 専業になったら、それくらいかけるけど、今は千文字くらいが限界だろう。一時間千文字。それをどこで書くか。朝しかない。と思う。若しくは深夜。人間が活動していない時間帯。 プロットを予め作って、とにかくその時間に執筆する。その作戦しか残っていない。朝だ。日記の時間を減らして、朝の最初一時間は、必ず小説を書くようにする。でもそれも中々難しい。朝は日記を書きたくなったり、他のことをしたくなったりしてしまう。 どうしよう。津村記久子みたいに夜中に一度起きて書くか…?中々難しそうである。どのタイミングだろう。建築もやりたくなってしまったり、雑誌もやりたくなってしまったり、簡単に興奮してしまって困る。どうしたものか…。 とにかく疲れ過ぎない事。全力を出し切れること、機械のように習慣もこなせること。そこそこ健康的な身体を保つこと。習慣化したいのは、日記、小説、図面トレース。これらはしっかり毎日やりたい。 日記。図面トレース。そして小説という順番で毎朝やればいいのだろうか。図面トレースをしていると、いつも図面が美しいことに興奮してしまって、建築のエスキスを始めてしまうという難点がある。 それをまた落ち着かせて執筆に向かわせるには、相当な自制心と体力が必要だ。折角の興奮したんだから、そのまま走った方が良い気もする。勿体ない。 ひとまず。決めてみよう。六時半起床。七時から日記開始。八時に終了。十分休憩。ニ十分トレース。八時半から一時間小説。…あまり現実的ではない。では夜に書く?のはどうだろう。 それならば毎日二十二時くらいには退勤しないと難しい。しかしそんな都合よく仕事が終わってくれるとは思えない。夜中に一度起きて書く?でもそれくらい現実世界と切り離した方が書きやすいは書きやすいと思う。 でもそんなことしたら、日中死んでしまう。困った…。この独立するまでの間は、どうしたら良いんだろう。独立してしまったら、なんとかはなるだろう。建築と小説って、どうやったら両立するんだ…? 分からん!!!!!!!!!一旦考えるのを諦める。もう十二時半だ。明日も六時半に起きないといけない。日記を収束させないと。
今日は山本くんに会った。なんか髪の毛がとても短くなっていて、しかも僕はなぜか二杯のチューハイで尋常じゃなく酔っぱらってしまったので、一時間くらい、山本くんではない誰かに対して必死に話しかける時間が存在していた。 多分僕が話しかけていたのは山本くんだったんだけど、もう酩酊しすぎてしまって、全く山本くんには見えなかった。誰なんだろう…と思いながら、スウィングする頭を必死に身体で追いかけながら、なんとか会話を続けていた。 山本くんがファッションについて書けるわよとのことなので、書いてもらうことにした。クローゼット、みたいなところあったから、ちょうどそこに書いてもらおう。 音楽もいけるならいっちゃって良い。僕はどっちも書けない。とにかくまずは色んな人に書いてもらって、色んな人に読んでもらおう。もしかしたら天才的文体を発見するかもしれない。 そして山本くんのひいおばあちゃんの家の改修計画を知る。手をあげる。はい!!!って。ウソ。西北のタリーズでそんなことはしない。 そういえば西北には可愛い女性が溢れている。どういうカラクリなんだろう。六甲と西北は何が違うんだ…?僕も西北に移り住みたい。西北の駅員さんとかになろうかしら。 それくらい綺麗な女性で溢れている。どういうカラクリなのか皆目見当もつかないが、とにかく可愛い女性があっちこっちから登場して、僕はもう左右で別の可愛い女性を追わないといけないくらいに、可愛い女性が氾濫していた。 肥沃な三日月地帯である。大氾濫である。文明のはじまりである。…取り乱してしまった。山本くんのお家の話だ。今はそこは空き家だけれども、お正月はそこに15人ほどが集まって、新年のお祝いをするらしい。 そこの二階に、山本くんとその弟が移り住もうと考えているとのことだった。五六年ほど、その空き家の改修の話はあったが、実行には移っていなかった。けれども、山本くんがまた実家に帰るタイミングで、よっこらせと実行に移そうかとなっているようだ。 はい。僕が設計します!!設計させてください…!と告白し、それにまんざらでもなさそうだったので、交渉成立。親戚たちの承認があれば、AtelierYAMORIの初仕事だ。 資格も実力も経験もないけど、やりたい。構造と設備と水納まりだけしっかりすれば、大丈夫そうな気がする。構造は山本くんのおじいちゃんが、設備は山本くんのお父さんがいけそうらしい。 そうすれば意匠設計と自主施工だけ頑張ればなんとかなる。施工は山本くんの兄弟と僕。そして親戚たち。なんとかしよう。作品になるかな。作品にしようとしない方が良いのかな。ひとまずやってみよう。くそ楽しみだ。
あともう一個。時系列をハチャメチャにしてしまった。山本くんと会う前は、塾で本を読んでいた。自習していた高校生の子と休憩時間に、ハリーポッターのとか、水道筋では子供が嫌われると親の店の客足が遠のくとか、そんな話をしていた。 そんな流れで絵を描く流れになり、そしてなぜか僕の顔をデッサンし始める流れになり、よく分からないけれども、僕は突然、10歳くらい若い女子高生に凝視されながらデッサンされることになった。 目線を逃がす場所はどこにもないので、その子の凝視する両目を僕も見つめ返すほかなく、笑えと指示されたらば笑って、うまく笑えたらかわいいと褒めてもらうという、謎の時間が経過していた。 どういうことだと思うだろうが、僕も同じ気持ちだ。どういうことなんだろう…?と思いながら、良く躾けられた犬のように、笑えと言われるたびに笑って、そのたびに褒めてもらっていた。褒めてもらっていた? でもポートレートを撮るときも、こうやって撮ればいいのかもしれない。可愛い!って褒められたら、自然となんか、否応がなく心温まってしまう。リズムが悪い。 とにかく僕が言いたいのは、たくさん褒められて、とても嬉しかった。造形もいいよ!鼻綺麗!とかボディビル大会みたいに声をかけてもらって、僕は、もっともっと嬉しくなった。 深い満足感が、僕の心を浸している。ありがとう。描いてくれた僕の顔は、部屋のどこかに飾っておこう。お母さんにもありがとうである。造形、イイッテヨ!造形ってなんだ?よく分からないけど、さすがに褒められている気がする。 でも造形が良いことと、イケメンであることは違うらしい。それもよく分からん。まあでも、イケメンっていうのはもっと強引な良さがある気がする。造形に終始していない。 イケメンではないのか…。少し落ち込む。それは求めすぎか。おとなしく造形の椅子に座って、本の続きを読む。十歳も若い高校生に翻弄されてしまった。普通に恥ずかしい。 でも、化粧映えする顔って、いいよね。頑張った分だけ如実に可愛くなるって、とても素敵なことではないだろうか。 頑張ったらその分の報いが必ずあるって、しかもその報いが分かりやすいかたちで目の前に、本当に目の前に現れるっていうのは、素晴らしいことのように感じる。
2026.3.21(土)
静かな休日。何も予定がなく、誰とも喋らない一日。今日、僕が死んでも誰も気づかないし、ノーパンで街を歩いても誰も気づかない。 僕は一角獣みたいに、僕の脳みそが生み出した想像上の生き物のような気もするし、その一方では、僕は世界から切り離されても存在し続けられる、自律した存在であるような気もする。 いつも通り六時半に目覚めて生活をはじめる。トイレへ行き、落ちている服を着て、コメダへ行く。日記を書き、100頁の雑誌の構成素案をつくる。 ちょうどその頃、おっちょは自分の家のベランダで、ブランチを食べて、お昼にチャーハンをつくって食べていた。 おっちょのチャーハンは美味しそうである。美味しいチャーハンが作れる男って、良い。 男性社会におけるステータスのひとつである。男性社会におけるステータスとは、自転車で海に落ちたことがあるとか、つけ麺700グラム食べられるとか、銭湯で局部を隠さないとか、そういう類の勲章だ。 おっちょがそんな勲章を貰って喜ぶとは思えないけれども、でもそれは墓碑に刻むくらいの価値あることだ。落合洸介(2000-?) 美味しいチャーハンを炒めた。 しかしチャーハン禁止令が出るあたり、これは男性的世界における話なのだろう。毎日、黄金色のチャーハンが出てくるなんてとっても素敵に思えるけど、そうではないんだろうか。 わからない。本題から逸れてしまった。
僕はおっちょがチャーハンをつくっている休日に、ひとりで雑誌の企画書を書いていた。 かつて教材の下に紙一枚を隠して、間取り図を描いたり、架空のプロ野球選手の野球人生を書いたりしていたのと同じように。 それを怒鳴りつけるお母さんも今はなく、ただ粛々と妄想を文字と数字にの羅列による現実情報?に変換していっていた。 雑誌の構成案をつくって、北岡くんと西浦さんに送る。問題はありそうだが、話を止めるほどではなさそうだったので、ひとまず寄稿して欲しい人間たちにその構成案を送る。 みんなの文章を読むのが楽しみだ。僕の稚拙な文章は、それらの洗練された文章たちの中で耐えられるだろうか…?雑誌にはそういう怖さがある。 自分の文章以外が載っているというのは、比べられるという怖さを有しており、それは僕はまだ体験したことのないものだ。 もう少し上手な文章を書けるようになりたい。鬱という大きな後ろ盾を失ってしまいつつある。そんな中で僕はいったい、何か読むべき文章が書けるのだろうか。 もっと書いて、もっと上手になりたい。筆圧以外のところで、僕の文章が褒められるところってあるのだろうか。 どんどんと黄身が小さくなるゆで卵みたいな、白身ばかりの舌触りになっていないだろうか。 自分の器から溢れ出したものを書き記すのではなく、溢れ出していなくても、そこに溜まっているものから書けるように変化しなくてはならない。 もしくはもっと自分の器にあらゆる世界の矛盾を注ぎ込まないといけない。矛盾が足りていない。右脚を左へ、左手を右へ動かしてその姿勢で書かないといけない。 もう少し不快さに、身体を心を浸さないと。
荷物受け取りのために家に戻る。小説のプロット用の付箋を帰り道で買う。穏やかな春のような光が僕を後ろから包んでいる。 僕の家に配達してくれるお兄さんは、いつも同じ人だ。筋肉体操とか中山きんに君とか、そういった系統の顔立ちである。 きんに君は、僕の家に配達するたびに「あ!この前見たことある人だ!」みたいな表情を浮かべている。 僕の家だから当然僕が登場するのに、どうしてそんな表情を浮かべるのだろう。よく分からない。 僕は、当然僕が現れますよ、と少しむっとした視線を返す。でも届けてくれてありがとう。鉛筆削りを買った。 タダで世界を満喫するには、足で歩いて(あるいは走って)手で書くことに尽きる。 図面をトレースしたり、ビルや家や茶室などさまざまな構想物の計画を検討したりするのに、鉛筆削りが必要になっていきた。 特にトレースするときに、鉛筆が丸いと細い線が描けなくて困る。裏紙、鉛筆、鉛筆削り。これさえあれば僕は基本的に一日生きていける。 ということが貧乏生活を通して発見された最大の知見である。紙の中に限界はない。僕の脳みそに限界はあるけど。 脳みその限界は、挑戦と読書と散歩によって日々拡張していくのみだ。これは寂しい人生なんだろうか。こんなので本当に良いんだろうか…? そういう不安がよぎり続ける。でも今のところはこう生きるほかなく、それなりに、なかなかに楽しい。楽しい…。
午後は足りていない睡眠時間を補ったあと、図面をトレースする。夕方くらいにスーパーに行って食材を買い、筆記用具立てにトマト缶がもう一つ必要だという理由で無水カレーをつくって食べる。 バラガンの家は本当に大きい。バラガン自邸は敷地面積が700㎡とかだった。想像ができないサイズ感である。バラガンのつくる空間、部屋から部屋への展開をどうにか僕の計画に落とし込めないかとやってみるが、どう考えてもスケール感が違い過ぎて思うようにいかない。 でもバラガンの、少しずつ階段を登っていく感じ、階段ホールにトップライトから差すメキシコの迷いない光、それを受け止めてまた跳ね返す白い壁、要所要所で使われる色。 溶岩石みたいな真っ黒い床材。そういうのはどこかで必ず使える。使いたい。でもちょっと、バラガンのスケールをまだ租借できていない。小麦すぎるパンだ。パンにする。 あとは内藤廣のアクリルスリッド入の雨戸も描いた。これはでも尋常じゃない手仕事だ。ふたつの建具を混合するというのは、でもやはりとても魅力的なアイデアである。 これも必ずどこかで使える。特に雨戸に使えると思う。
図面トレースを終えて、くそ陽気な屋台のお兄さんを取材したYouTubeを見ながら自分のつくったカレーを食べていると、炭田から突然電話がかかってくる。 唐突すぎる。でもたしかに、「ねぇふなけん電話していい?」って聞くのはもっと変だ。そう思うと、出る他なさそうだ。 四時間半喋る。終わりも唐突だった。「眠たくなってきちゃった」と言った一分後くらいには電話が終わっていた。相変わらず不思議な人間である。 が、時間を経ていくにつれて、これが僕たちのちょうどよい距離感なんだろうみたいな、しっくり感が少しずつ出てきている。 半年とか一年に一回くらい、唐突に夜通しくらいの勢いで喋る。そして満足しきって、半年くらい互いの存在を完全に忘れる。 成人式で会ってから、毎年そんな感じの、変な交流を続けている。でも炭田は、小学生の時も今も、変わらずの面白い生き物である。 そう言ったら「え!あなたもですよ!あなたも変な生き物ですよぉ!」みたいに言い返してきそうである。関係ないけど、関係あるけど、卓球の張本くんは女医が好きらしい。 食器用洗剤もジョイを使っているんだろうか。部屋の中でサングラスをかけたまま、モンクレールのムニムニダウンを着たまま、チョレチョレと白いお皿を洗っている張本くんを想像してみる。 でも多分、イイヤツなんだと思う。僕も合コンで女医さんが目の前に座っていたら、ご飯行きましょうと誘ってしまう。逆に張本くんとご飯に行きたいかもしれない。 分からない。そんなこんなで、ずっと炭田と話していた。そういえば炭田もカレーを作って食べていた。初めて作る料理を、レシピを見ずに取り組んでいた。勇敢だ。 やっぱり炭田って面白い。こんな喋って、そしたらほんとにすっかり僕のことを忘れてしまったみたいに、一気に遠ざかっていくのだ。それもだんだん、面白くなってきた。 小学生の時は、こんな頭のおかしいヤツとつるむなんて想像できないと思っていたが、僕も自分で気づいていないだけで、同じくらいに頭のおかしい人間だったみたいだ。 また一年くらいして、炭田から突然電話がかかってくるのが楽しみである。僕もそのときに、新しい面白さを提供できるように、精進したい。
期せずして、一言もしゃべらずに終わるはずだった一日が、沢山笑う一日になった。最近は、僕の存在価値以上に心が温まり過ぎている。僕は、こんなたくさんの幸せを独り占めしても良いのでだろうか…? 喪黒が後ろから出てきて、「あなたは気づいているはずです。買い物をする度に、おつりを少し多く貰い過ぎていることに…」って。言われるんじゃないかという不安な気持ちになる。好事魔多し。…
2026.3.22(日)
昨日は思い出すと泣きだしてしまうほど、幸せな一日であった。 先週のマルシェで仲良くなったタイヨウくんのお家に、夕ご飯をご馳走して貰いに遊びに行く。 もうすでに他の家族、母ちゃん妹とも普通に喋り、父ちゃんとも顔見知りなので、もう僕が恐れるものは何もない。 100%の歓待が約束されている。考えてみると、今日までお家に行ったことが無かったのも不思議だ。 あんじゅの餅つきに行った最初の日、多分二年前くらいなんだけど、お母さんと娘と一緒にお昼ご飯を食べてから仲良くして貰っている。 でもまあなんか、母娘と仲良いからお家に遊びに行くっていうのは、なんかヤバイ男過ぎるような気がする。考え過ぎだろうか…?僕だってそれくらいの常識感覚はある。 だからこの前、タイヨウくんと会って、とても自然に仲良くなって、家に遊びに行けることになり、楽しみにしていた。僕はこの一家が好きだ。 みんなとても素直だ。人のことをまっすぐ褒められるし、それでいて私なんてと卑屈になるところが全くない。親も子も友だちのように互いに話しかける。いつも笑顔だ。 僕みたいな偏屈頑迷おじさんも、この家族の前ではすっぽんぽんの男の子にされてしまう。普通に笑って、普通に喋ればいいだけになる。
固有名詞をぼかして書くのは苦手だ!!!よく分からんくなってしまう。三十分でここまでしか書けない。ブレーキをロックして普通に書こう。 向かう道の途中の商店街で手土産を調達する。アーケードの少し横、10歩くらい外れたケーキ屋に寄る。 不思議な間取りに、不思議な挙動のおじさんが切り盛りしている。もう閉店近かったので、ショウウィンドウ・ケースの中にはシュークリームが三つ残っているのみである。 四人家族と僕が食べる分、いるかどうか分からないけれども、一応ペットの分を考慮すると、シュークリーム三つというのは賢明ではない。 常温コーナーに並べられたクッキーたちの中、キャプテンの佇まいで存在感を放っていた、紅茶と胡桃のパウンドケイクを買うことにする。
「不思議な間取りですね。ここはもともと何屋さんだったのですか?」とレジを打つおじさんに話しかける。
「え。うちはもともとずっと、13年前からケーキ屋です。」と実に気まずい返事が返ってくる。
二千円くらいしか払っていないのに店の間取りを貶すとても失礼な人間になってしまう。背中を向けた瞬間に吹き矢を打ち込まれないように、背中を見せずに店を後にする。 もうこのあたりには近づかない方が良いだろう…。そこから十分くらいに自転車をエッチラオッチラ漕いで、六時過ぎくらいに河原家近辺に到着する。 「河原」と書かれた表札を二回確認して、自転車を止めて、音を立てぬようにゆっくりとインターホンを押す。 通りから見える窓は、どれも電気がついていない。ひょっとすると今日僕が訪れることを、家族丸ごと忘れてしまっているのかもしれない。焦り始める。 ピンポンを押すが、しばらく何の物音もしない。動揺を悟られぬようにポーチの庇を観察しているかのように首を動かす。 少しばかりして、中で足が床を撃つ打撃音が連続して聴こえてくる。どうやら招かれざる客ではないみたいだ。 タイヨウくんは二十歳くらいで、僕はもうすぐ二七歳。そんな歳の差があるから、もしかしたら迷惑がられているかもしれない…と思っていた。 ホッとしていると、ドタドタと足音が大きくなっていき、玄関の灯りがついたのが見える。やがて玄関扉があき、ようこそ!とタイヨウくんが現れる。 「便所くさいけど気にしないでください!」と言われながら二階へと案内される。鼻をひくひくしながら階段を登る。 登り切った先の扉を開けると、高い三角天井のリビングが現れる。リビングの奥にある広いキッチンで、綺麗にお化粧をし髪を結ったアサちゃんが鍋の前でニッコリ笑って手を振っている。 良かった…。歓迎されているみたいだ。ほっとして手土産のケーキを渡して、荷物を置いてダイニングテーブルに着席する。 ダイニングチェアに着席する。机には座らない。リビングの隅には立派な大きさのひな祭り人形が飾られており、その奥にある、それと同じくらいの大きさの水槽にはあまり魚が泳いでいない。 全部食べてしまったんだろうか。キョロキョロしているうちに、次々と完成したメニューが食卓に現れ始める。 かす汁、ポテトサラダ、蒸し鶏、から揚げ…。やがて妹(ミイちゃんと呼ばれている。妹といっても双子の妹。ぜんぜん二人は似ていない)も帰ってきて、子どもたちから先に食事をはじめる。 河原家のみんなは、食べながら早口で、しかも全然噛み合わない会話している。各々が喋りたい話をして、三人一気に僕に話しかけてきたりする。 僕はそれにひとつずつ回答していく。どうやらこの家では、自分が喋りたい話を、自分が喋りたいタイミングでして良いらしい。 そのことに僕は、新鮮な驚きを覚える。僕が気づいていないだけで、僕にも昔、そうやってお母さんにハチャメチャに喋りかけていた時代もあったのかもしれない。 この家族の心地よさというのは、自分の喋りたいことをちゃんとその日のうちに口に出すことと、それがちゃんと拾われなくてもそんなに気にしない日々に基づいているのかもしれない。 自分に課してきた誠実さ?と呼ばれているような、四角いものを少し考えてみる。果たしてこれは、僕や周りの人生を何か少しでも良い方向に導いていたんだろうか。 この家族みたいに、根っからの優しさみたいなのが無いから、後から無理やりに付け足した角張った優しさなんじゃないだろうか。 僕がしっかり話を聞いたり、自分の話を我慢したりするのは、それって優しさや誠実さとは、実は全く違う種類の、なんなら全く反対側の気持に依るのではないだろうか…。 少し不安になるが、でもこの心地よさを内省で不意にするのは勿体ないので、から揚げの感触に気持ちを戻して、常時平行して続くニ三種類の会話それぞれに耳をすます。 腹いっぱいに食べて、暖かい床に足の裏をピタッとくっつけながら、会話の応酬を楽しむ。僕も段々慣れてきて、自分の鼻している横で全く違う会話がはじまったりすることに慣れてきた。 あたたかい地面に吸い寄せられるように床へ寝転がり(ちゃんと許可を取った。突然他人の家の炬燵にダイヴしたりしない)、三人で川の字でリビングに転がる。 吹き抜ける白い勾配天井を眺める。少しずれてしまっている壁紙と壁紙のあいだの隙間の線を見る。 この炬燵の温もりの中で目を閉じて、そのまま眠りの中へ入っていったら、出てくるころには、この家族の一員になれたりしないだろうか…? 真剣に考えてみるが、よく分からなかったので、天井に浮かぶ細い線にまた集中する。タイヨウくんが、その横にある二つの白いふくらみのどちらかにはカメムシがいるよと教えてくれる。 どういうことだ。カメムシのミイラ。カメムシのミイラは、どんな色をしているんだろう。しばらくは三人で、その後父ちゃん母ちゃんも合流して五人で思い思いに寝転がりながら、変わらず喋り続ける。 何度か突然ミイちゃんが歌い出す。タイヨウくんが韓国のクレーンゲームで獲得した、チョコビの耳当てを貰う。 「似合ってますよ!!」と笑顔で教えてくれるが、似合っているってどういうことなんだろう。 パパも最初は遠慮がちであったが、しかし段々と会話に入ってくる。
「嫌いな上司のコーヒには鼻毛を入れたら良いんだよ。」とプラクティカルなアドヴァイスを貰う。 確かにそれは思いつかなかった。昨日炭田が教えてくれた小川洋子の「妊娠カレンダー」みたいなことが、昭和の時代は当たり前に行われていたのかもしれない。 出世をした上司はみんな、鼻毛入りのコーヒーを打ち合わせのたびに啜っていたのかもしれない。 その他にもパパからはループで交通違反をした時の実践的な警察の煽り方などを教授してもらう。 過激すぎる。しかしこういう強い人が、四人家族を、三角屋根を守れるのだ。僕みたいな没落貴族には、あらゆるものに優しさをもって接したとしても、それらのどれ一つとしてこの手で守ることは出来ない。 そういうお話だった。新婚の頃、自転車で事故ったアサちゃんを車で見ているけど、そのまま何も言わず走り去ったテッチャンみたいな強い男でないとだめなのだ…。 僕も今から頑張ったら、寺田心みたいに大きく強くなれるだろうか。
本当にずっと親子みんなで喋り続けて、帰るタイミングが分からずに、トイレに入るタイミングも分からずに十一時半くらいまでずっと喋り続ける。 さすがに膀胱に強い違和感が走り始めたので、トイレへと立つ。大量の無添加のおしっこが出る。 トイレから戻るとさすがに帰ろうかという流れになったが、レインコートを借りて着ているあいだにまた話が再開したので、結局レインコートを着たまま、30分くらいまたお喋りをする。 疲れてきてソファの背もたれに背中をつけると、すかさずアサちゃんが「ふなっきーもう眠いな?」と助け船を出してくれたので、それに乗ってそのまま帰り支度をする。 レインコート、ビニル袋、雑巾などあらゆるものを借りて、全員に玄関先まで見送られながら家を後にする。 また来てねとみんな口々に言ってくれるが、僕は馬鹿なので、そんなこと言われたら30分後に戻ってきてしまいそうになってしまう。
しっかりと感触のある雨が降っていた。自転車に跨って各人に一礼をして河原家を後にする。 貰ったチョコビの耳当てが、夜風から耳を守ってくれる。人も車もいない、街灯だけの夜道をゆっくり下っていく。 「スローバラード」を歌ってみるが、上手く歌えない。諦めて「Moon Light Blues」を一オクターブ下げて歌う。 あたたかい部屋に溶け出していた僕の身体の輪郭は、冷たくて暗い空気によって、また確かな輪郭を取り戻していった。 河原家は本当に居心地が良い。現在、地球上に二箇所存在する、僕が安らげる場所のうちのひとつである(もうひとつは北岡くんの家)。 でも、幸せって、とても怖いものだ。幸せになった僕は、一体何をしでかすんだろう。全てが許され、全てを認められてしまった世界の僕は、それはもう完全な怪物なんじゃないだろうか。 そんなところにいると、自分が際限なく溶け出してしまって、部屋という部屋を、空気という空気を、その場に存在するあらゆる全てのものを冒涜していってしまうんではないか。 もうあんな優しいところにはいかない方がいいのかもしれない…。行きたい気持ちを100回我慢して、101回目の時に行けばいいのかもしれない。 僕はそうやって人類の歴史を早送るように、程度を忘れてあらゆる森の木を伐り切ってしまってきた。 またその歴史をくり返すのだろうか。不毛の地に絶望し旅に出て、そしてまた新たな森を見つけて伐り尽くして、を繰り返すのだろうか…。 家に帰ると冷たくて硬い床が、グレイで低い天井が僕の帰りを歓迎していた。お前の本当の居場所はコッチイダゾと、床や天井は僕にそう語りけているいたいだった。 僕は自分の内側に幸せを抱えることができるのだろうか。幸せを味わえば味わうほど、それはますます僕から遠い存在になっていってしまっているような気がする。 生き方が本当に分からない。混乱を腹のあたりに抱え、一匹の巨大なカブトムシの幼虫のように丸まって、寝た。どんな夢も見なかった。
2026.3.23(月)
ナブンケンday。コメダで二時間ほどをかけて、日曜日の日記を書く。力を振り絞り切ってしまい、朝九時半にはもう疲れ切ってしまう。 なんとかティーハウスに辿り着き、ナブンケンに間に合うように仕事を必死に進める。十二時に終わらせるつもりの仕事をなんとか十四時に終わらせて、走って大和西大寺へ向かう。 電車の中で、若林の「青天」を読む。若林のエッセイを思い出す。人間は脳内で流れている音声のようにしか書けず、それが文体みたいなものになるのかもしれない。 とてもアツイ文章だ。若林はまだこんなにアツイ文章を書いている。そしてよく勉強もしているようだ。倫理や哲学の話がポンポンと出てくる。 やはり書くには、勉強しなければならないことに気づく。スターリンはその生涯で二万五千冊の本を読み、本の余白にはビッシリとスターリンのメモが書き込まれていたという。 僕もそのスターリン・スタイルをならって、単行本の広大な余白に若林のパンチラインを写経したりしていく。過去を切れ。未来を切れ。今、ここ。ワンプレー。アツスギル。 そのまま書き写す。十年くらいしたら、僕もこういうのが書けるかもしれないと期待する。あ!未来を切らなきゃ。 アメフトのルールも用語もなにひとつ分かっていなかったが、本を読み進めるにつれて、段々とその輪郭が見えてくる。 最初の二百ページくらい分からなかったことが、段々と分かってくるのも小説の、読書の楽しみのひとつだ。 読み終えて、完全に力尽きる。目の前に現れたベビーカーと、それに乗っている赤ちゃん。 赤ちゃんと目が合う。それを最後の記憶として目を閉じる。到着まではまだ三十分ほどあるので、しっかり寝ても大丈夫だろう。 ニ三駅ほど眠って、また少し元気になったので、次は村上春樹「回転木馬のデッド・ヒート」を開いて読み始める。 こちらは一転して、スカし全開だ。僕はやはり村上春樹の長編の方が好きである。短編はスカし過ぎていると思う。 色んな実験的なスカしを試みている故であろう。その開拓精神は素直にとても尊敬だ。今回は全て、人から聞いた話だ、というテイを取っている。 小説内にそういう設定を嵌め込んでも違和感がないというのはでも、とても技術がいることだ。僕がやると突然その嘘らしさが増してしまう。話の本筋に集中できなくなる。 熟練者にのみに許された高度なテクニックだ。
四時半ころに平城京の横の奈良文化財研究所に到着する。集合までは一時間ほどある。何もしないには長すぎ、どこか展示を見て回るには少し短すぎる時間だ。 しょうがないので、平城京の中を散歩する。その広大な草地には、ランニングする人、春休みの高校生らしきカップルなどが点々と存在している。 僕はアホみたいに広がる土地にうんざりしてしまって、もう歩きまわるのをやめて、草原に寝そべって時間を潰すことにする。 歩くのをやめると、風が絶えず吹いているのを感じる。遮るものがあまりにもないからだろうか。 西から吹くその風は、僕の体温を少しずつ奪っていってしまうので、僕は眠ることができない。しょうがないので、思いついたプランをノートに描く。 あんじゅの社長から教えてもらった、自邸のコンペをなんとか獲ってみたいがどうだろう。そしたら建ててくれるらしい。 誰が建ててくれるのかはよく分からない。自分のことばかり考えて生きているぼくには、人間と人間が共に暮らす絵がどうしてもうまく想像できない。 人の生活ならばなんとかなるが、自分の家となると、とても難しい。僕はこの先、誰かと一緒に暮らしたりするのだろうか。僕自身は果たして、それをもとめているのだろうか。 平城京の中を何故か横切る線路から、車輪が線路の継ぎ目を通過する音が聴こえる。このまま星空になるまで、ここに寝ていたいなと思った。
気づくと時計は五時ニ十分を指していた。そろそろ戻らなければならない。地面と完全にくっついてしまった身体を力を入れて引きはがす。 ここにきて、書くのが面倒くさくなってくる。環境が良くない。喉が渇いたが飲むものがなく、店内の温度も少し暑過ぎて、身体が若干火照ってしまう。 アレルギーの薬が切れて、表皮が順番に痒みに襲われていく。そろそろ潮時だろうか。まだ九時前だが、一度体勢を立て直した方が良さそうである。 今日はずっと、少し暑い。たしかにしっかりと、冬から春へと季節が変わりつつある。身体はまだそのことを受け入れられていない。 厚めの肌着が熱を貯め込み過ぎているのも悪影響を及ぼしている。
涼しいトイレで長めに放尿をしたら少しはましになった。終わりまで書いてしまおう。スピードを上げる。十分!くらいがここに居られる限界である。 横山さんに会った。ほんのりとタバコの匂いがした。声は思っていたより高かった。ナブンケンについて教えてもらった。 オフレコなことが多かったので、まるごと割愛する。僕たちがロビーのソファに座って喋っているあいだ、守衛のおじいさんはずっと建物外周を何周も見回りしていて、僕たちを数分に一度振り向かせた。 七時半くらいに説明が一段落したあと、僕は時間がなくて昼ご飯を食べていなかったので、今から飯でもどうですかと提案した。 でも冷静に考えたら、飯を食いながら今の説明を聞けばよかった。それに気づかなかった。しかしもう仕方がないので、ふたりで駅前へ向かった。 大和西大寺の駅は駅のスケールの割に周りには飲食店がほとんどなかった。いったいどういう了見でこんな大きなロータリーをつくったのだろう。不思議だ。 駅ビルの地下にある飲食エリアへ降り、その中のひとつの飲み屋に滑り込む。アトリエに行っていた横山さんとの会話は刺激的だが、僕たちの波長はあんまりうまく合わない。 どちらかがどちらかの波形を打ち消し続けているみたいな、そんな調子で盛り上がりどころが上手くつかめないままに飲み会は終わってしまう。 少なくとも僕たちは、四時間喋り続けられるほどの親密さは、まだ無かった。しかしコルゲートハウス関係についての有力な情報を得る。 そして牧さんも坂口恭平ファンだと知る。dotやd4Hに学生時代、興味があったことを思い出す。そういう点では非常に重要な日だった。 プロポが一段落したら、dotのインターンに行ってみようと思う。パターゴルフを本当につくったりしているのだろうか。 どのアトリエで働いたら良いか、皆目見当もつかない。どういうものを作るかも大事だが、精神衛生が何よりだ。ティーハウスはそういう意味では素晴らしい職場である。 少なくとも僕は激戦の東京では、ただ仕事ができない人間になってしまうようだ。地方都市で、親からもボスからも、あんまりうるさい事言われずに生きていく方が良い。 少なくとも今の生きる力では、神戸から離れて生活を成り立たせるのは難しい。この街のさまざまな人々の慈悲によって、辛うじて生かされているという状況だ。 それらを手放すとまた、生活が一転、苦しくなってしまう。もうしばらくは神戸、六甲を中心に生活をして、その中で上手く成長していくのが良い気がする。 でもそのためには、自分で自分をもっと律しないといけない。少し甘い。もう少し計画的に事を運ばないと。 ひとまずでも、ナブンケンよりは、設計をしたい気がする。僕はまだ実施設計以降の実務を何もやっていない。法規も構造も積算も現場監理も、なにひとつできない。 本当にこんなので大丈夫なのだろうか…?やれることをコツコツやっていこう。図面のトレースと、「デッド・ヒート」を読み切って、今日は寝よう。 今はそんなに身体に疲労を感じない。頑張り過ぎずに、もう少し頑張ろう。仕事の質も上げたい。コンペと小説、雑誌とDIY。ここら辺にも平日もう少し取り組みたい。 いつもそこまで上手く到達できない。今日もそうなってしまいそうだ。もう二時間くらい時間を捻出する必要がある。 その二時間はどこにあるんだろう。限界!が来たので終わりにしよう。でも横山さんとはまた会いたい。 意外とこんな出会いの割に、仲良くなることだって全然ある。横山さんからは何かしらの気配を感じる。先輩に対しての言葉ではないが、でもそんな感じだ。 奥の気配を感じる人は多くない。横山さんは何を考えているのだろう。でも、僕とは違うことを考えていそうである。 そもそも僕も、何を考えているんだろう。イマイチ分からない。ヒラパやノーヴェスト会に少し気を取られている。 もっと現在に集中する必要がある。おもんない文章を雑誌に載せるわけにはいかないと北岡君は言う。 僕はかなり自信がない。気合を入れて書かないと…。僕のせいでつまらない雑誌になってしまうかもしれない。頑張らないと。
2026.3.24(火)
あんじゅホームday。朝、六時半に起きるがさすがに眠気が大きかったので、あきらめてもう一時間眠る。 出勤前の一時間で日記を書き切れそうになかったので、あきらめてスケジュールを立てることにする。 しかしそんなに、何か特筆することはない。週3でティーハウス、週1であんじゅホームに行くだけだ。 しかし、隙間の時間を有効活用して、雑誌の原稿を書いたり、コンペの案を練る必要がある。 どちらも計画的に進めないと、間に合わなくなって、何も完成しない可能性がある。粛々と進める必要がある。 建築と執筆を一日で両方頑張るのは、かなり厳しいのかもしれない。どうやったらこれが成り立つんだろう。 時間が全く足りない。小説を書く時間を臨時ではなくて習慣として設置したいのだが、これがどうしてもうまくいかない。 日記の負担が大きすぎるのかもしれない。今日は朝日記を書かなかったので、午前中のあいだ、ずっと脳みそが軽かった。 それくらい負荷が大きい作業みたいだ。習慣になっていたので、気づかなかった。でも日記は、もうしばらく書いた方が良いと思う。 図面のトレースみたいな基礎訓練なんじゃないか…。そのうち、ある日突然、小説が書けるようになる。と僕は期待している。 しかしもう少し生活設計した方がいい。課題が浮き彫りになった、スケジュール立てであった。 神戸に連れ戻されてから、これをやるようになった。だいぶ時間の流れみたいなのに左右されなくなってきたと思う。 とにかく自分が立てた予定の通りに生きることを心がける。そうすると、過去とか未来とかに気を取られ過ぎずに済む。 現在への集中度が少し上げられている感覚がある二週間の予定だけでなく、月間の予定ももう一度見直してみよう。
今日はりえさんが昼ご飯をご馳走してくれるというので、お弁当を持たずに向かう。十二時まで快調に働く。 後ろの席の同世代の設計の女の子に、図面の分からないところを教えてもらう。 図面が描けないだけでなく、読めない僕は、本当に大丈夫だろうか…?この子は一年でこんなに出来るのに、と少し不安になる。 疲れたので、駐車場に出て身体のあちこちを伸ばす。駐車場からは、目線より少し上の高さを走る線路と、線路脇に生えるススキのような色褪せた雑草。山。空。それだけが見える単純な景色だ。 東西にまっすぐ、複数本のひこうき雲のあとが空に伸びている。それをしばらく眺めていた。雲は少しずつ空に滲んで染みていっているようだった。
十二時のチャイムが鳴って、少ししてからとまり木の事務所のある二階へ上る。りえさんたちはまだ取り込み中であったので、しばらく傍らで暇をつぶす。 やはり本を持ってくるべきだった。特にすることもないので、机の上をぼんやりと見ながら、マダムたちの会話を聞く。 しかし仕事の具体的な内容のようで僕にはさっぱり分からない。会話に入れることは無さそうだ。空想世界の方に意識を飛ばす。 女性社会はやはり難しい。どういう政治力学が働いていて、今何と何の均衡を取ろうとしているのか、僕はさっぱり分からない。 きっと必要なのだろうが、やはり煩わしい。必要以上に政治的な会話(政治的ニュアンス以外の情報や感情がなさそう会話)をする人が僕はあまり得意ではない。 どうしてそんなんことに、そんなに気を払わなくてはいけないのだろうと不思議になる。もうみんな、家庭があって、職業的技能も貯金もあって、そんなことに精を出さなくてもいいのではないんじゃないか。 自分のこととか、子どものこととかを考えていた方が良いんじゃないかと、そんな気がする。マダムたちのそういう種類の会話には、僕は決して立ち入らない。 大仏のように目を細めて沈黙を守る。僕がこの会話に入って行うべき政治的発言は何もないし、おそらく求められてもいないと思う。 僕のお母さんもきっと、そういうものを全くやっていなかったような気がする。そういうのが出来る人間の傍で育っていたら、僕ももう少し表面的社交に対して精通していたはずだ。 そんな気配すらない。気持ちよくなると尿道を精子が駆け抜けるだけである。会社の三列車に六人で乗り込んで、ランチへと向かう。 来週からは普通にひとりで食べようと心に決める。みんなひとりひとりのことは好きだが、集団になるとやはり居心地が悪い。 女性集団は保育園から老人ホームまで、ずっとこんな感じなのだろうか。大変だ。僕が女の子だったら、どういうポジショニングで生きていけばいいのだろう。 やはり高偏差値コミュニティに退避するほかない気がする。というか、どんな時代に、どんな風に、どんな両親のもとに生まれても、僕はおおよそ同じ人間に収束していくんではないかと、そんな気がする。 それは言い過ぎだろうか。分からない。
結局、あらゆるところに時間をかけ、二時頃に会社に戻る。ぼくだけ休憩時間が二時間になってしまったことを気づかれないように、堂々と自分の席に戻る。 残りの作業が四時に終わってしまい、今日はもう次の仕事もないようなので、一時間ほど図面束を見て過ごす。 一棟意匠図は、あたりおそらく30~40枚ほどだろうか。僕はこの総体が分かるようになるのはいつなのだろう。 少しちやほやされているうちに、何の知識も身に付いていない役立たずになってしまうんじゃないかという不安が、夕暮れの影のように僕の後ろに伸びている。 念のため、どういう方向への念なのかは全く分からないが、景気が良さそうに方々に挨拶をして出る。 しっかり挨拶をすると、みんな少し微笑んだり、手を振ってくれたり、話しかけてくれたりする。挨拶がこんなに効能を発揮する仕事場も中々ない。 少し政治的なキライはあるが(僕が非政治的人間過ぎる)、とても良い職場であることには間違いない。
今日は春の心地のようで、少し歩くと毛穴が湿り始めるのを感じる。春のようだ。まだ書いていない日記を書きに、夕暮れのコメダへと向かう。 ここまで書いて、八時である。間違えて今日の日記を書いてしまった。本当は昨日の日記を書くはずだったのに。 明日は朝、ティーハウス卒、坂口恭平チルドレンの牧さんとお電話する。日記を書く暇はない。今日のうちに、二日分書いておこう。 ティーハウス生活を満喫しきった牧さんが恭平チルドレンなら、僕にもティーハウス適性が少しあるかもしれない。それを確かめたい。 牧さんは晴れて独立したので、ここからは坂口恭平のような道を歩んでいくのだろうか…?そのあたりも聞いてみたいところだ。 とにかく流れを流していく。どんどんと生きていかなくては。
2026.3.25(水)
朝、明日のひらぱへの準備のために、塾に呼ばれる。その時芦田に、「なんかUSBに一枚だけ舟木とゆずちゃんの画像が入ってるけど消していい?」と聞いてくる。 まあ別に断る理由は無かった。芦田はひとつずつフォルダを丁寧に辿って行き、そして一枚の画像に辿り着き、それを開く。 ダブル・クリックすると、そこには小豆島に行った時の、大きく口を開けて笑う二人の写真が出てくる。芦田はそれを僕にしっかり見せる。 僕が見ていることをしっかり確認する。そして、僕たちの写真を、消した。まるで警察が被疑者の調書を取る時みたいだった。 僕の発言や行動と、僕の内のこころを一ミリのズレもなくぴったりと張り合わせるべく、僕のこころの中に腕をつっこまれているみたいだった。 うまく言えないけれど、とても嫌な時間だった。そもそもそれは僕のUSBをしれっと借りて、しれっと仕事用に使っているんじゃないだろうか。 オフィシャルに僕はそのUSBを「あげた」のか…?僕は芦田に渡したそのUSBしか持っていないから、今はno USBである。まあそれはいいや。 でも、あれは本当に何のための時間だったのだろう。僕はどうしてあんな気持ちにならないといけなかったのだろう。 我々(僕とゆずちゃん)の関係性はもう死に絶えてしまったので、写真が消える事には何の問題もないのだが、でもそのイニシアチブを人に握られるのは、あまり気持ちの良いものではない。 全然関係ないけど、「写真撮っといて」とテキトウに言われるのも、結構嫌だ。「家建てといて」みたいな感じで家を建てるだろうか。そういうことだ。 僕は別に撮りたくない写真を撮るために、カメラを毎日持っている訳ではない。僕がみっちゃん教室のイベントごとの時に撮った写真は結局、どうなっているのだろう。 写真に価値を見出さない人からお願いされる「写真撮っといて」ほど嫌なものはない。精子拭いといて、とか言われる方がまだマシだ。ウソ。さすがにそれは言い過ぎたかもしれない。 まあいいや。どちらも気にはなるが、そんなに責め立てるほどのものでもない。一日三十分くらいなら、全然我慢できる。 塾で暮らしている時代は本当にしんどかった…。よく生きのびた…とも思う。芦田帝国の臣民たつ、中高時代の投擲班の後輩たちと一緒にいると、僕だけが帝国の思想に染まれていなくて、一人だけおかしい人間みたいになってしまう。 僕は中高時代に芦田の薫陶を受けていなくて、二十歳を超えてからだったので、固まり始めてしまっていたそれまでのものと、芦田の教えを上手く馴染めることができなかった。 だいたい僕も芦田も後輩に依存し過ぎだ。同級生ともっと仲良くするべきだ。でもやっぱり同級生から逃げてしまう。 同級生と話すのはしんどい。プライベートでそれに正面から向き合えない。後輩や先輩は楽だ。楽だからその方に流れてしまう。 二十代からこんなことをしていて、本当に大丈夫なんだろうか。不安だ。これはちょっと今は疲れているので、考えられない。また改めて考える。日記を一日にふたつ書くのは、無理だ。 しんどい。頭がおかしくなってしまう。そんなに自分と向き合えない。胃液すら出ないえずきだ。ここからは徹底的にダラダラと書く。 じゃないと今日一日、何もできなくなってしまう。日記以外に書きたいものがある。
その後、出勤前に牧さんと電話をした。牧さんとは、ティーハウスで五年くらい働いて独立した先輩である。そして坂口恭平チルドレンらしい。 「ボクモ、サカグチキョヘイチルドレンデスヨ!」と声をかけて、牧さんは名古屋に住んでいるので、電話しようということになった。 牧さんは、ポパイで坂口恭平の連載を読んで、それで建築学科に進路を決めたらしい。早い出会いだ。僕はM2の終りくらいだったので、だいぶそこにはひらきがある。 神大は基本的に坂口恭平的な感じは求められていないので、坂口恭平チルドレンがいるとは思わなかった。牧さんと僕はあんまり馬が合いそうにはないけれど、建築の傾向は似ているようだ。 牧さんはdotも好きで、dotに就職しようと思ったと言っていた。その時は募集がなかったようで、家成さんは「ポートフォリオを見てしまったら、辛くて仕方ないから、もうこれも見ないよ」と言って牧さんにポートフォリオを返したらしい。 凄い男だ…。「建築家の中で、家成さんほど優れた人格の人間はいない」といったニュアンスのことを牧さんは言っていた。気になる。 もう僕は怖い人の事務所では働けない。ティーハウスはやはり最後の最後に切るカードだ。でも、つっきーは怒らないし、そして僕たち所員を何故か信頼して、まるっきり投げてくれたりする。給料も良い。 良いPJに巡り合えれば、最高の事務所である。自分で自分を律する事が出来れば、どんどん成長していける。
ちょっと書き疲れた。中断。気が向いたら再開する。この日は別に特筆することは特にない。あまりにもだらけてしまったので、ポモドーロを導入しようと思った、くらいである。 普通の9-17時で働いくと、10-23とかが無限に感じられて、ダレてしまうことが少なく無い。それを25-5、もしくは50-10のリズムで区切って、律しようという作戦である。 今のところそれは上手くいきそうな気配がしている。どうだろう。とにかく試してみるのみ。日記は書き飽きた…。土曜日の朝十時。少し休憩したら吉行淳之介でも読もうかなと思う。温泉に入りたい。 そういえば日曜日、矢野さんと温泉に行くんだった。楽しみである。一緒に温泉に入ったら、もうそれはマブダチだ。矢野さんはやっぱりかわいい人である。会うのが楽しみだ。 しかしその前に夜行バスが待っている。それはユウウツだ。今日は文章が全く流れてこない日だ。四タコ。五タコ。バットに当たる気がしない。違う事をしよう。
2026.3.26(木)
徐々に輪郭を現わしていく春の気配に包まれながら、僕たちはテーマパークへと向かっていく。 秩序を知らない子どもたちは、僕の腹あたりに浮かんでいる小さな頭を揺らしながら、まっすぐに敷かれたアスファルトを不規則なステップと歩路で進んでいく。 みっちゃん教室の子どもたちを引き連れて、ひらかたパークへと向かっている。 子どもたちはどうして何も言わずにどこかに行ってしまうのだろうか。気が付くと少し離れた駅のベンチに腰かけていたり、なぜか僕たちの背中側にいたり、駅の鉄骨柱の反対側に寄りかかっていたりする。 人間よりも動物に近い挙動を見せる彼等に振り回されながら、なんとか電車を乗り継いで枚方公園駅まで一団は到着した。 駅には目的地を同じとする大人と子どもの組合せが多数存在している。
テーマパークとは基本的に日常生活とは不連続な存在なので、概ね日常性をあまり含まない地面に建設されることが多い。 しかしひらかたパークは、家々が立ち並ぶ何の変哲もない住宅街の丘の端のあたりに突如として存在している。 ある日落下傘のように突然降ってきてしまった、或いはモグラのように地面から突然現れてしまったかのようない異質さが、当然の顔をして街に存在している。 住宅街の屋根より上の高さに、薄緑の鉄骨の骨組みが揚々と、その異質さを背中の後ろに隠して僕たちを待ち構えている。 鉄骨骨組みの巨大生物の口のような、小さなゲートを潜っていくと、その向こうには子どもとそれを引率する大人が溢れ、その奥にはあらゆる奇妙な形の、あらゆる間違った速さの、あらゆる異常音を立てる乗り物が、それぞれのかたちで地面から遊離している。 観覧車は必要以上に遅く、ジェットコースターは必要以上に速い。その足元には途方もない長さの行列ができている。 子どもたちは何かに駆られて走り出す。テーマパークの中ではあらゆる日常的な時間感覚が破壊されてしまっている。 青い空を漂う雲の流れる速度までが、ここでは不自然に操作されているように見える。この場所は果たして幸せなのだろうか、それとも哀しみなのだろうか。 自分の左と右の、その果てしなく遠くにそれぞれの感情を持った壁が立っているような気分になる。僕はいったいどっちの気分になればいいのだろう。
テーマパークに溢れかえる人間の顔顔を眺めてみる。まるで国立博物館の哺乳類の展示室のように膨大な数の顔が等間隔に並んでいる。 それらひとつひとつを順に眺めてみると、こんなにも多くの人間の顔が並んでいるのに、そのどれひとつとして同じものはない。 そのことをとても不思議に思う気持ちに捉えられる。顔顔の半分以上、だいたい六割から七割は、その造作に何かしらの欠陥を抱えている。 そしてその欠陥の傾向を抱えたまま人間は大人になり、その欠陥の半分ずつを子どもに分け与えて生きている。 僕は中学生の生物の授業のときの、エンドウマメの家系図を思い出す。僕たちもエンドウマメのように、その鞘の中に醜美を収められたらばもう少し優しくなれるのだろうか。 分からない。不完全さを持ち寄って、若い男女は身体を傾け合っている。実際の人間とはかけ離れた不自然な等身の着ぐるみが記念撮影をしている。 その着ぐるみの腰あたりまでしかない小さな子どもは、ツルツルの顔と大きな目の着ぐるみに恐怖し大きな声をあげて泣き叫んでいる。 春の風に乗って、ジャンク・フードの匂いが鼻に届いてくる。その匂いは、まるで目的地と目的地を一直線に繋ぐ道路を走るトラックのように、まっすぐと僕たちの食欲を刺激する。 刈り揃えられた毛並みの良い欲望が、右から左へ、左から右へとあちこちを飛び交っている。かつて地下で眠っていた鉄は鉄骨となって、何も言わずにただ僕たちの欲望をまっすぐ支えている。 空は小学生が一本の水色のクレヨンで塗ったように、奥行なく単一な青の色をしている。
生徒たちと楽しく喋りながら、時たま乗り物に乗りながら、しかし僕の心には、そういったイメージがこびりついていまっていて、どんなに擦ってもそれを取り除くことができない。 このテーマパークという、あらゆる欲望が分解されて、かたちを与えられた場所に僕は烈しく動揺してしまう。 人間の人生というのは、言ってしまったらたったこれだけのことなんだよと、大人も子どももみんなみんな、見た目も中身もこんなに醜いんだよと、それがここでは博物的に統計的に示せているだろう?と、そう耳元で囁かれているような気持ちになる。 そして自分の気持も、段々とテーマパークの心地よさをしっかりと認め、受け入れていることに気づく。 快感に否応がなく身体が開かれていく感覚。ネオンが光る夜の街のように、ここにも原色と、欲望と、金銭しか存在していない。 金銭の交換によって、僕たちはあっけらかんと、今までの恥じらいや鬱屈を忘れて欲望を自分の身体の外側へと溢れ出さす。 歓楽街とは違いテーマパークは、子どもたちも、大人たちと同じように、その壁の中で欲望を思い思いに流し出す。流し出せると知る。 そして、その気持ち良さのあとに残る虚脱感の中に、壁の外では無闇に欲望を流し出してはいけないと言うことも知る。 そうやって子どもたちは大人になっていく。そしてまた自分の子どもを、制御できるかたちの欲望に刈り揃えるべく、テーマ―パークへと手を引いていく。…
あらゆる乗り物が手を振られながら出発し、そしてまた同じ場所に戻ってくる。観覧車。ジェットコースター。メリー・ゴーランド。 最後に僕たちは観覧車に乗る。観覧車は、まるで算数の問題のように、機械的に人間と人間の集合単位に〇をつけていく。 気づかないくらいの速さで、観覧車はゆっくりと高度をあげていく。夕焼けの暖かい色味の低い光が、眼下に広がる遊園地を包んでいる。 星くらいの大きさの点々となった人々が、その中をゆっくり動いている。上空の静かで冷たい、生き物のにおいを孕まない空気が観覧車の籠を満たす。 横で生徒が、生徒たちが歌っている。欲望にかたちを与えることと、かたちを与えられ限定された欲望を楽しむことの違いを考えてみる。 自分の乾いた表皮で仕上げられた身体と、その中をめぐる血、肉、内臓、骨、あらゆる湿潤なものものを考えてみる。 最後に骨になって乾ききる瞬間と、それに至るまでの湿り切った時間について考えてみる。 僕は今、どんな顔をして、どこに向かっているんだろう。目的地へ向かう僕のスピードは、何によってもたらされているんだろう。 そもそも目的地なんてものは存在しているのだろうか。楽しげに左右上下を駆け巡る欲望の輪の中を、来る日も来る日も走っているだけなんじゃないだろうか。 自分の気持から、背中の方へ、一本の細い糸が伸びている。この糸の先は、一体どこへと繋がっているんだろう。
帰り道のサラリーマンたちと共に、ゆらゆらと僕たちは家へと帰る。 密閉された車両の中には、僕たちの放出した欲望の匂いの余韻が漂ってしまっていて、それに対してサラリーマンたちは顔をしかめている。 そんなような気がする。しかし総じて、ひらかたパークは楽しかった。やはり不幸な人生も、その総体としては祝福されているものなのかもしれない。 (混迷極めた文章になってしまった。上手く書けなかったことも沢山ある。書き切れなかったこともたくさんある。遊園地の悲しさをしっかりとお話にしたいと思う。悔しい。 もっと巨大なものに力づくで侵されている感覚がある。)
2026.3.27(金)
最近は暖かくなってきたからか、または日の出が速くなってきたからか、毎朝六時くらいには、一度眼が覚める。 睡眠時間を計算してみるとほとんどの場合目安の六時間に足りておらず、30分の早起きよりも30分の二度寝の方が価値があるので、目覚ましまで改めて眠ってしまう。 でも昼間それで多少眠たくなってしまっても、目覚ましを聞かずの終える朝は、素敵なものなんじゃないだろうか。ここから二日は夜行バス二連泊なのでそれを試せないが、また落ち着いたら、頑張って六時に起きてみよう。 でもコメダがあくのは七時だし、何をしようか。そこが問題なんだよね。その30分ですることが特にない。スマホもロックがかかっていて触れない。どうしよう。三ノ宮で降りて、東遊園地の北側の丘の上にあるデスクスペースで三時間作業してみようかな。 ランドスケープの勉強。ランスケを少しやったりもするが、僕は少しやっぱり建築的に作戦になりすぎてしまう。バイトで来てくれているムコジョのランスケの子がやると、もう少し柔らかく、力が抜けていて心地よさそうな広場になる。 この違いが何によって生じているのか、あまり分からない。でもやっぱり、僕がやると、なんかこう、どこか硬くて、力が入り過ぎている感じが否めない。もうちょっとそれを改善するために、東遊園地に行くのはアリだ。 春の朝の光と空気はとても心地よいし。光がゆっくり進んできてくれているような感じがする。宇宙のほんのひとかけらの、ひとつの生命の営みに対して、我が子を後ろから見つめている母や父のようだ。
仕事を終えて帰る時に、周さんから「俺は夏にここを出ると決めた」という宣言を受ける。片道航空券でどこかの国へ飛び立ってみるという。 良い事だ。僕もそういう時期だ。でもいきなりティーハウスからふたりいなくなってしまったら、事務所は大変なことになってしまう気がする。 僕も、僕もでもプロポの提出が終わったら、一度dotに行ってみたいと思う。牧さんとの電話でdotを思い出してから、改めてdotの活動や文章を見てみる。 新建築の「千鳥文化」のところに家成さんが書いた文章。
「いろいろな人に千鳥文化を居場所だと思ってもらえるようになりたい。家でひとりで相棒の再放送を見ているだけでは、なんとも味気ないではないか。」
僕はM1くらいのときにこれを読んで、かなりの衝撃を受けた。今読んでも、素晴らしい。肩肘張らない、素直で優しい文章である。カーンの次に良い。 相棒の再放送なんて、新建築の文章で書ける建築家はいない。みんなカッコつけて、小難しくてよく分からないことを、ツラツラと書いているのだ。 それ以来、僕はdotが何をやっているのかはサッパリ分からない(パターゴルフとかを見てなるほど、となる人はいるのか…?)けれども、一応dotのことを最重要人物としてマークしていた。 ギャラ間で展覧会をやっていた時の図録を改めて読むと、タイトルは「POLITICS OF LIVING 生きるための力学」となっている。 その時は生命存続の危機にぶち当たっていなかったのであまり感知していなかったが、川合-石山-坂口恭平など「生きのびるための」ラインに乗っている。 やはり僕はこのラインで生きていきたい。体制の内側ではなく、体制から存在を脅かされる側の小さき存在でありたい。 そこに生きる理由がある。と思う。カーンやスカルパも好きだし、そういう建築空間を果てしなく追求していくのも良い、し、そのラインも死守したいが、まずは生きのびるところだ。 順番は逆にはならない。もうすぐ27歳だ。27歳を迎えられるということを、とても不思議に感じる。 去年はそれくらい死ぬことしか考えていなかった。執拗に怒られているあいだ、段々と叱責の内容が成果物から僕の人格へと移行しているあいだ、僕はいつもベランダの柵と、その柵の下にひろがる地面の硬さについて、ずっと考えていた。 あのまま事務所に所属して居たら、東京自殺MAPみたいなのが作れた気がする。本当に死ぬことしか考えていなかった。 仕事という一観点から僕の全人格について否定していくのは論証として飛躍し過ぎだとは、まったく気づけなかった。 まあいいや。ひとまず僕は、うっかり生きのびてしまったこの人生を、好きなように生きる。今でも毎日、寝るために部屋の電気を落とすとき、僕はこの部屋で誰にも気づかれずにひとりで死ぬ、という光景を思い浮かべる。 それは少し寂しいけれども、生まれた時とは違って、死ぬときはしっかりひとりで死ぬべきなんだと思う。 僕はそういう形でしか誠意のようなものを示せない。愛情も優しさも僕にはない。本当は、ただ育ちが良くて、少し神経過敏なだけなのである。 それを好意に満ちた人間が愛と優しさのように解釈してくれているが、それは本当の僕ではない。自分で自分の眼を覗き込んでみると、その中に愛や優しさみたいなものを見出すことは出来ない。 だからやはりひとりで死ぬべきなんじゃないかと、僕は思う。それ以外の死に方をする資格がない。
ひとまずはでも、生きている間は、獣のように、生きることに縋って、一日一日を生きのびたい。本当にただ生きのびているだけだ。 やはり家族とうまくやるっていうのが、僕にはどうしてもうまく想像できない。もうこのまま、舟木家の誰にも会わずにいようかなと最近は考えている。 血が繋がっているし、育ててもらった感謝があるし、宿命的に影響も受けているが、でももう会いたいとは特に思わない。会わないのは申し訳ないとは思う。 でもそれは、会いたい、とは全く違う感情な気がする。特に会いたくはない。話すことも何もない。 幼少期は親より早く死ぬなんてとんでもないと思っていたが、いざその可能性が差し迫ってくると、もう親不孝くらいは良いんじゃないかという、そういう気持ちになる。 とりあえず、dotに行こうとしてみよう。家成さんの喋り口調を聴いていると、本当に心優しい人間にしか出せない声の色をしていると思う。 この前のラジオを聞く限り、僕の声はそういう種類の声では無かった。人間を愛するとはどういうことなんだろう。 僕はこのまま、こんなに愛して貰ったのに、誰も愛することなく死んでいくんだろうか。それはとても悲しい。 それならば鳩に生まれればよかった。鳩が愛を知らない生き物だとは思わないけれど。でも、もしこの一時間後くらいに死ぬとしたら、僕は別に愛とかよく分からかったんだったら、鳩でも良かったんじゃない…?と思ってしまいそうである。 人間に生まれたらば、一度くらいは愛すると言うことに少し触れてから、死にたい。
とても平和な、やってこようとする春の気配に包まれた、土曜日の朝だった。町中の空気に生の気配が満ちれば満ちるほど、僕の身体のなかに、まるで何か均衡をとるように、死の気配が膨らんでくる。
2026.3.28(土)
マウスが壊れてしまったようで、どんなに左右に動かしても画面の中の矢印はピクリともしない。 いつ壊れてしまったんだろう。悲しい。そしてとにかく不便だ。昨日うっかりケースに入れたPCを肩から机まで落としてしまった時だろうか…? 脇のポケットにマウスも入れていた。でもその後、芝﨑くんの家で選択しているときに、使ったと思うんだけどな。 その時にはとくに変な事は無かった。メジャーの吾郎のお父さんみたいに、事故と死のあいだに、一晩の安らぎを挟んで、マウスは死んだ。 年明けとかに買い替えたから、まだ3ヶ月くらいしか使っていない。でもまだ、電池切れっていう可能性もある。帰り道のスーパーで電池を買って、試してみよう。
十一時にあんじゅホームへ呼ばれたので、向かう。今日は工務店の仕事ではなくてNPOの方の仕事なので、二階へ。しかし二階にあがると鍵は閉まっていて、電気も消えている。 これはどういうことなんだろう…?少し待って、電話を入れてみる。今日は四階だった。教えてくれよ、と思いつつ四階へ向かう。 四階に入ると、高校生が四人いて、とまり木のスタッフが三人いて、一斉に僕の方を振り向いた。そういうことじゃないか…! 嵌められてはいないが、嵌められた。しれっと高校生の商品開発イベントの手伝いに僕は招集されていたみたいだ。 確かに点と点を結んでいけば、そうだったことは分かるが、でもそんな情報の提示の仕方ってあるだろうか。 ディエゴスティーニの最初の号だけ買えば全て完成すると思っていた小学生の頃を思い出す。毎週買わないといけないんかい!って。 油断した。これって給料、もらえるんだろうか…?どうやら去年はトクちゃんが取りまとめていたみたいだ。 確かに去年の発表資料を見ると、とても高校生が作ったとは思えない、構成のしっかりしたパワポである。建築学生の仕業であった。 今年はこれを、僕がやる必要があるみたいだ。やるほかない…。そんなに暇じゃないんだけどな…。まあ今年のくらいはやってあげよう。 ひとつ言うならば、こういうネズミ捕りみたいなやり口じゃなくて、正面から捕獲して欲しい。状況を把握したら逃げないで、自分の意志で参加するのに。 こんな、部屋に入った瞬間に自分の処遇がはじめて分かって、そしてそのまま、荷物を持ったままの状態で自己紹介するなんて、嬉しくないじゃないか。 もっと乾式のパワープレーを僕は望む。どうせやり方はヤクザみたいなもんなんだから。それは言い過ぎかな…?でもヤクザか、中国共産党だなと僕は思っていつも見ている。
あんじゅホームならびにとまり木はとても素敵な会社で、みんな信じられないくらい優しくしてくれる。 しかしこの一ヶ月、毎週従業員として通うと、しっかりちゃんと村社会の輪郭というか、ただで優しいわけではないものを感じる。 会社ってまあ、普通にそういう、踏み込まないものかもしれないけど。 例えば、僕がタイヨウくんの家、河原家に遊びに行ったことについて、アサちゃんは決して僕たち以外の人間がいるときには口にしない。 この前、一瞬二人になった一分くらいの時間にだけ、その話をした。理由は分からないけれども、どうやら他の人には知られない方が良いことらしい。 でも、会社全体から、なんかそういうけん制し合いというか、みんな分かっているわよね、抜け駆けはダメよみたいな?分からないけれども、共同体内の優しさを維持するための暗黙の了解が存在している気配がする。 そしてこの共同体は、限られた地域に住む限られた人間によって営まれているので、関係性が密になり、より強固な村社会が形成されていく…という循環ように感じる。 僕は生来の尋ね者、異邦人、よそ者なので、この輪には馴染めない。閉じた共同体に入っても、特に女性の比重が多く、その発言力が大きい共同体には、僕は向いていない。 暗黙の掟を破って、輪を乱す存在になってしまう。悲しいが、僕はそういう生き物だ。安田先生も、ずっと腰掛けが浅い気がすると言っていたが、その言葉がより分かる気がする。 僕も腰掛が浅い人間なのだ。深く立ち入り切れない。定住できない。よそ者の心地が良い。そういう性分みたいだ。しょうがない。… そういう事に気が付いた一日であった。飢餓でエネルギが足りず、ちょっとこれ以上は書けない。こまったぞ。とにかく突っ伏して寝る。
最近の食欲不振の原因について考えてみると、どうやら胃腸炎や食道炎のようなものを起こしている可能性が高そうだ。 食べてすぐ寝たり、油などの過剰摂取が原因と考えられる。げっぷをするときに、なぜか一緒に食べ物も出てきそうになってしまうのは、逆流性食道炎、みたいなものだろう。 とにか首下から胸のあたりにかけて大きな違和感がずっとある。胃に食べ物が残っていない時は、食道の異変を感じる。 食べると胃が張る。これ以上は決して受け付けないよという、胃の強い力を感じる。やがて夜になり、空腹感が僕の気持を支配するが、とても何かを食べられそうな状況ではない。 夜行バスでもし気持ち悪くなってしまったら、大変だ。水をただ、少しずつ飲む。暫くそうしているうちに、吐き気のような違和感は収まってきた。 違和感に悟られぬよう、そっと支度をして、家を出る。しかし梅田の街を歩いていると、胸部の違和感がまた顔を覗かせる。 水を少量流し込んで、なんとかそれを押し込めて、夜行バスに乗り込む。口を閉じ、呼吸を鎮める。そうすることで、少しでも違和感が収まるかと期待する。 やがてバスは走り出す。吐き気が、口の中の体温を、唾の味を無くしていく。もう二度と、アツアツの脂油しい食べ物は、口に出来ないのかもしれない。 明日は何なら食べていいんだろう…?失意と不安の中、眠りに落ちていく。小川洋子の「ホテル・アイリス」を読んでいる。 もっとドギツイ描写をしても良い気がする。それは性行為を過剰に書いた方がいい、というニュアンスではなく、地の分の滲み出るおかしさみたいな、そういう点における話だ。
2026.3.29(日)
五時半ころに夜行バスは横浜に到着する。空が少し明るい。前来た時、二月のときも同じ時間に到着し、その時は空は真っ暗であったのを思い出す。 吐き気や違和感も今のところは大丈夫そうだ。背もたれ付きの椅子を購入する必要がある。僕の家には、背もたれのないスツールがあるのみである。 沢山食べると、寝転がる以外に背中を預ける術がない。どうしても布団にゴロっとしてしまう。その習慣がこの炎症の原因であることは疑いようがない。 とても苦しい。学生時代から、ときどきやってしまっていた、夜中の袋麺の代償の総決算が起きているのだろうか。苦しい…。 そしてこうなると、保険料を滞納している問題にも直面する。このまま治療を試みれば、10割負担になってしまう。それは困る。 早くその手続きも済ませないといけない。ひとつそれなりの不健康が発生すると、途端に生活が成立しない。 永遠に続くと思われた夏休みも、もう八月二十五日みたいだ。終わりの季節…。もう深夜に袋麺を食べれないのかと思うと、少し悲しい。 いつも通り西口の24H営業のマックへ行って、コーヒーを飲む。早速、食道が違和感を訴え始める。やれやれ…。 日曜日の早朝の横浜の街は、道路面に、酔い潰れた成人男性とゴミが散らばって、転がっている。朝食をつまみに来たカラスの羽音が高鳴っている。 夜を超えた若者の集団も大きな声で話している。僕はそれらの隙間を、なるべく身体が上下に振動しないように、そっと歩いていく。 そういえば、小学生のころも、過緊張による嘔吐感で悩まされていた。確か小学三年生の頃、僕がはじめて塾に行った日。 道中の病院の植え込みにたっぷり嘔吐した記憶がある。それくらい緊張していた。帰り道に嘔吐したところを覗いてみると、吐瀉物は既に撤去されていた。 病院の敷地内だからだろうか。思い返すと、そんな記憶ばっかりだ。小学生の頃は、はじめてのことに対する激しい緊張と、それによる副作用である嘔吐感との戦いの連続であった。 その嘔吐感との戦いで手を焼いたのが、校帽や、体操着の帽子の紐だった。あごの奥、喉の上のあたりに帽子の紐の張力が僅かにかかるだけで、吐き気は何倍にも膨れ上がる。 体育の授業の活躍の有無は、小学校内の序列に直接影響する。なので失敗は許されない。より緊張した。特にスポーツテストとか、持久走とかプールの授業とかは、いつも吐き気がそばにいた。 僕の記憶だと、毎回吐き気に脅かされていたが、実際に嘔吐した記憶があるのはおそらくニ三回だ。でも本当にそれだけだろうか…?思い返してみると、もっと吐き散らかしていても、全く不思議ではない。 吐き気という観点から人生を振り返ってみると、大学時代の飲酒していない時間を除いて、基本的にはずっと嘔吐感に悩まされている。 これはいつまで続くのだろう。緊張などの精神的アプローチが終わったと思ったら、今度は肉体的アプローチによって、嘔吐感に支配されている。 吐瀉物の写真集でもつくってやろうか。気持ち悪い。しかし嘔吐感とは、何かしらの対決をしないといけなさそうだ。…
胸をさすりながら、マックを出て、まずは原鉄道博物館へ向かう。ずっと生きたかったのだが、横浜にいくたびに休館日だった。 1/30ほどの巨大な鉄道模型の数々を見る。鉄道博物館のように、小さなスケールの列車をしっかり10両、11両という実際の長さの編成で走っているのも良いし、ここ原鉄道模型博物館のように、1/30のスケールでしっかりと鉄と鉄のこすれ合う音を出し、今はなくなってしまった車両を走らせるのも、また良い。 子どもたちに混ざって、僕も鉄道模型に耽る。そういえば昔の、本当に「鉄」で出来た車両とかを野原に置いて、そこで暮らしてみたいと思っていたことを思い出す。 車両で暮らすって、素敵じゃないだろうか。温熱環境と使い勝手はとても悪そうだけれども、言い得ぬロマンを感じる。 あんなに窓があって、どうやって水廻りをおさめるのかとか、室空間をどう区切っていくのかとか、あんまりピンとこないけれども、やってみたい。 そういえば僕は荒廃したガソリンスタンドに、鉄道車両を並べて暮らしたいんだった。忘れていた。その夢をどこかで一度、味わってみたい。 どう企画したらいいのだろう。ひとまず小説にしたらいいのだろうか。だれがどうお金を出してくれるのかは、あんまり想像できない。ひとまず、しっかり文字に残しておく。
その足で次は、赤煉瓦倉庫へ。のべちゃんの卒計を見に行く。僕には思いつきもしない、凄い卒計だった。どうやってあんなのを思いつけるんだろう。 僕は三次方程式以上の複雑な系を脳みそで処理することが苦手だが、のべちゃんの方法でひとつずつやっていくと、7個くらい変数がある難問もたしかに解けていっている気がする。 そういう手法を思いつき、その膨大な変数の中に身を投じられる人間は凄い。出てくるかたちが何も想像つかない中であれをやっているのだとしたら、より凄い。 なんだろう。自分の既存の美意識みたいなものを破壊して出来ている。僕にはあまりできない。やっぱり人間って、既存の美意識に引っ張られてしまうものだと思うんだけれども、のべちゃんはそういうのが無さそうな気がする。 混沌を混沌のままに掴み取りにいけている。僕ももっと固定観念を捻じ曲げる必要がある。寄り辺を突き放す必要がある。 そしてもう少し遠くまで漕ぎだしてみる必要がある…。 のべちゃんみたいな人が、この世にまだ現れていないかたちを見出すのだろうか…。他にも凄いのが沢山あった。山の輪郭を再生したやつ(模型の光が良かった)、北陸の家余りについてのケース・スタディ(僕もこういう温熱環境と意匠を合わせて解きたいという願望がある)、公衆トイレ(良いトップライト)、25!(気持ち良い)…などなど。 どれも柔らかく瑞々しい脳みそから溢れ出した、素晴らしい妄想の数々だった。僕が今、卒業設計をやるとしたら、一体何が頭から出てきてくれるだろう。 とても暗くて、かすかな音に耳を澄ます場所が想起される。僕はそういう場所をつくってみたい。今。 そしてそれが、どうやったら大きな力を頼らずに自分達の手で実現できるか。そういうことに興味がある。 そんな感じの卒計になるだろうか…?卒計にしっかりなるのかな…?改めて、ちゃんとストーリーを作れる人は凄いなという気持ちだ。 想像力が小さい…。もっと遠くへ、羽ばたかせたい………。地に足付けて、羽ばたかせたい。どうしたら良いんだ。 少し自信を失って、赤煉瓦をあとにした。横浜では桜がちらほらと咲いていて、そのまわりに人だかりができている。 いつの間に、桜の季節にまでなってしまったのだろう。空腹に喘ぎながら、矢野さんの家にへと向かう。
一時間ほど満員電車を乗り継いで、矢野さんの家へ着く。 送られてきた住所の場所へ向かい、ピンポンを鳴らすと、しばらくしてのっそりとしたおじさんが顔を出す。 矢野さんだった。スーツを脱いでしまっってタンクトップのシャツ一枚の矢野さんは、もう本当におじさんだった。 おじさんの家の床に身体を投げ出す。孤独なおじさんたちの集い。近況を報告し合う。色々話す。矢野さんの部屋は一階で、七畳くらいの広さに、セミダブルの大きなベッドが置いてある。 クローゼットには仕事用の服ばかりがかかっている。白と黒、そのあいだの灰色、ベージュ。だいたいはこのあたりの色味の服だ。 窓のすぐ前には隣家の壁が見える。殆ど部屋に光が指すことが無さそうである。部屋の広さの割には大きいTVと、その前に座卓が置いてある。 余計なものは殆どなく、少し生活感のあるニトリのモデルルームみたいだ。僕が送った年賀状の赤文字だけが、主張強く、違和感として部屋に散らばっている。 次はネオン街の原色の看板でも矢野さんに送った方が良いかもしれない。それくらい彩度の低い部屋だった。 空腹に耐えられず、胸やけを覚悟で、矢野さんが気になっているという喫茶店へ入る。PC作業はしないでという張り紙があって、どうも入りづらかったみたいだ。 外観からは想像できないくらい奥に空間が続いている。昭和の純喫茶といった感じの内装も良い。木材の色は深く、その色によくあった緑色の生地のクッションの椅子たち。珈琲の器は叩いてつくったような仕上がりの金属のグラスだった。 僕たちは店の一番奥の、少し天井が低くなったところの席に案内される。横にはヘッドフォンをつけた女学生が、クロッキー帳に鉛筆で何かを描き続けている。 芸大生だろうか。でなければ許されない佇まいである。矢野さんはトーストセットを、僕はオムライス(単品)を注文する。 珈琲をいたずらに飲む必要はなさそうだ。注文を取りに来た店員さんもとても美人だ。素晴らしい喫茶店である。 やがて料理が運ばれてくる。一日ぶりの食事はとても美味しい。なるべくゆっくり、ゆっくりと食べる。 しかし食道や胃腸はまだその刺激に適応しておらず、激しい違和感が食後すぐの僕を襲う。 矢野さんは河野太郎みたいな顔をして、それを見ている。昨日はマッチングアプリで出会った、話がとても面白くて全然可愛くない女の子とライブに行ってきたらしい。 でも、話のつまらない可愛い女の子の数と、話の面白い可愛くない女の子のレアリティを考えると、後者の方が貴重な気がする。だから全然、良いんじゃないだろうか。 当事者ではないから、短絡的に考えてしまうけれども、でも、良かったじゃないと思う。人間の容姿なんて、そのうち愛着が湧いてきそうな気もする。 とりあえずでも、矢野さんは、面白い話をする女の子と、良い喫茶店のふたつをこの週末に手に入れた。 胸やけに苦しみながら、次は矢野さんも僕も気になっていた、近くの本屋さんへと向かう。 雑居ビルの薄暗い階段を二階、三階へと上ると、そこは素晴らしいラインナップの本屋さんであった。十畳ほどのスペースに、様々な本が並んでいる。 選書が良い。今読むべき新書が、余すことなく並べられている。興奮する。本来は興奮とかしていい場所ではない。 思うんだけれども、こういうところに通ってくる女性と僕は仲良くなったらいいんじゃないだろうか。 でも、こういうところって、ナンパする場所ではない。そこが難しい。でも、心斎橋でナンパするより、絶対こういう良い本屋で僕はナンパした方が良い気がする。 しかし方法が思いつかない。その本、僕も読みました…!オモシロイデスヨネ!とかなのかな…?分からない。 ナンパができないなら、本側、著者側に回らないといけない気がする。頑張って書き続けよう。 本屋を出て、銭湯へ向かう。全て矢野さんが気になっていて、いった事が無かった場所である。 550円。20円でタオルがレンタルできる。なぜか浴場で本を読んでいる人がいる。張り紙にも「本は持ち込まないでください」と書かれている。 どういうことなんだ…?本はラノベだった。風呂でまで読むものではない。カントとかかと思った。 ここの銭湯はあたたかい湯舟はひとつだけで、そしてそのひとつはかなり暑かった。二分くらいでどうしようもなくノボセテしまう。 なんとか湯舟から脱出する。尋常じゃない立ち眩みに襲われ、一分ほど歩けない。目がとにかく回る。視界が左右に何度も揺れる。 余りにも揺れていて、揺れが収まる頃には自分がなぜここに立っているのかも分からなくなる。冷水で各所を冷やす。 余りにもその湯は熱かったので、想定よりも30分ほどはやめに退散する。良い銭湯ではあった。 スーパーで風呂上りの飲み物と、矢野さんの夕飯を買って、駅まで歩き、別れる。 風呂上りの牛乳でも同じく死ぬほど胃もたれした。地下鉄では目の前に座った女がリンゴを丸かじりしていた。春だぞ。
ハチ公前で胃液を静めていると、のべちゃんとトクさんが目の前に現れる。のべちゃんは、会うたびに遠い存在になっていっているような気がする。 気のせいだろうか。のべちゃんが放つ、格の違う気品、品を超えて気品、キヒーン!みたいなものを実際に目の当たりにすると、大銀河を前にしたような気持ちになる。 居酒屋には、胃に優しい食べ物は殆ど存在していない。烏龍茶を少しずつ飲みながら、少しずつ大根を食べる。 やがて久保田利伸のLIVEを支え終えたかいかいも合流する。また、みんなと会えて、幸せだ。もう集まれているだけで十分幸せで、上手くなんか喋れない。 喋ったら、場の流れにそぐわない、僕の大袈裟な感情ばかりが出てきてしまう気がして、うまく喋れなかった。せっかくの集まりだったのに。勿体ない事をしたかもしれない。 春なので、それぞれの進路の話を聞く。皆の人生は着実に進んでいっている。共に歩む人がいる。 僕は果たして本当に大丈夫なんだろうかと、突然怖くなる。進むべき方向も分からなければ、共に歩む人もない。 あらゆる資本が貧している。夜の庭に降り積もる牡丹雪のように、あらゆる生が消えて行っている。 自分自身で、自分を幸せにしなければならない。幸せになって良いという自信がない。 胃もたれくらいの報いを受けて生きた方が良いんじゃないかみたいな、言い過ぎだけれども、そういうのが少しある。 僕は三人に仲良くして貰えるような人間であるだろうか…?僕はこの矮小な世界の隅に小さな穴を見つけ出して、そこから広い宇宙へと繋がっていけるだろうか…? 見送っている三人の気配を背中に感じながら、あらゆる戸惑いの気持が胸を満たす。このまま顔をあげずに真っすぐと改札へ向かってしまった方が良いんじゃないだろうか…? でも三人は絶対に見ているだろうから、と思って、後ろを振り向く。人混みの向こうに小さく三人の姿が見える。 二往復くらい、手を振って、また人混みに意識を隠す。あらゆる感情に追いつかれないように改札を素早く抜けてホームへと上がる。 とても良い日だった。しかし、僕は、全然良くない。あらゆる問題点が問題点のままに放置されている。 夢の中で走っているときのように、急がなければという気持ちに身体がついてゆかない。 思っているより春がすぐそこに来ている。自分の誕生日もすぐそこに来ている。僕はそのことに焦っている。 将来が悲観に満ちている。死ぬ勇気もないが、生き続ける勇気もしぼんでいっている。そのふたつに挟まれた人間は、何をどうしたら良いのだろう。 分からない。とにかくやることをやる。希望や人間関係や金銭的余裕。それら全てを損なっても、健康だけは最後まで傍にいてくれると思っていた。 しかしそうでもないみたいだ。まだ手放していないものってなんだろう。クソどうでもいい小さな小さな、捨て去るべき自尊心…?
2026.3.30(月)
春が来ている。桜が咲いている。それはひとつの事実として存在しているが、僕に春は来ていない。 希望の気配はない。胸やけと空腹に交互に苦しむだけである。僕の苦悶をあざ笑うかのように、しっかりとバターの塗られたパンが出てくる。 異常反応を示す食堂のあたりに手をやると、胸骨の凹凸を指のひらで感じることができる。 胸焼けているあいだ、そこを撫でていると、春とはまったく違う方向に、僕の命は進んでいるような感覚になる。 肉体は春の気配とは一線を画し、音のない、冬の夜の死へと向かっている。 もうすぐ誕生日であるのに、それ祝ったらいいかのイメージが、ひとつも湧いてこない。
誰もいない。
何もない。
北岡くんの部屋で目を覚ますと、ひとつの電灯が僕の倒れ込んでいたあたりを照らしていて、その他は暗く、静かで、窓の外も、すっかり夜になっていた。 もう僕は、一緒に帰る人でもなければ、先に帰るねと声掛けする存在ではなかったと知る。そういうことなのだ。 あと一年。一年契約みたいな感じだろうか。先は短い。今咲いている桜が散って、そしてまた咲くころに、僕も活動を終える。 やり残したことはなんだろう。やりたいことは、なるべくやって、読みたい本は、なるべく読んでおきたい。 概ねの人とは会った思うので、人間関係も一段落で良いだろう。継ぐべき資産などもない。言い残す言葉も特にない。 喜びも悲しみもなく、来たるべきときが来たんじゃないかと、そういう感じだ。 最後にもう一度、脂がいっぱいの食べ物を、沢山のお米と共に食べたい。 しかし死ぬのは冬が良い気がする。それ以外の季節だと、腐って臭うので、あまり良くない。もしくは寒い山の中。 でも、受け取るものだけ受け取って、お先に失礼っていうのは、なかなか生意気でずるい気がする。 受け取ったものをしっかりと返すのが摂理だ。それぞれに返すかたちを、考えないといけない。 こういう時、内側に何かしらの価値がないと、お金を渡すことしかできなくなってしまう。お金と時間以外に、僕が差し出せるものはない。 困った。まあひとりずつ返していこう。休日は一応ある。親には申し訳ないという言葉に尽きる。 もう少し匙加減みたいなものを、知っておくべきだったかもしれない。 坂口恭平もいのっちの電話をやめてしまった。だから最後にかける電話もない。芦田の携帯の使用制限のPWだけは現世に残しておく必要がある。 0529。これで夜十時以降も携帯が使える。
雨が降っている。
2026.3.31(火)
三月最後の日をいつもと同じように過ごす。朝、六時半に目覚める。空気は暖かい。空の雲は厚い。七時からコメダで日記を書き、ビルのスタディをする。 ビルをなるべく早く設計してしまって、四月中にモデリングまで終わらせたい。 午前中はトリオカさんのお使いで、御影まで王将弁当を取りに行く。 一人で行くつもりであったが、ナカザワさんがたまたまいて、車で運んでもらう。とても助かる。王将弁当を受け取り、それの半分をみっちゃん教室へと運ぶ。 休日の芦田に呼び止められて、一緒に王将弁当を食べる。「今日は俺暇やからさ、俺と飲みたいやつおったら、飲んだろかな思ってんねん」みたいなことを言っている。 超・ストロングスタイルだ。いくら芦田と喋ってみたくても、最初からその勢いで来たらビビってしまうのではないか。 それとも21世紀の文明社会でも、やはりサバンナの原理と同じで、ビビらせることが、安心させることよりも大切なのだろうか。 というか普通に、もっと会いたいやつに会いに行けばいいんじゃないか。 でも、会いたい人がいないのかもしれない。天才は孤独だ。寂しがる芦田の買い物にしばらく付き合い、時給1300円×0.5時間=650円ほどを失う。 まあでも寂しそうな芦田を置いてする仕事などあるかと聞かれると、返答に窮す。無い気がする。 芦田はしきりに「そんな働くことあるの?」とかめちゃくちゃ聞いてくるけど、その行間にミクダシサゲスミのニュアンスが入り過ぎていて、コミュニケーションの調律を大きく逸している。 それはもうドではないドであり、ミではないミである。
ティーハウスへ向かう。
やけに不自然な声で喋る神大の二回生の女の子がバイトに来て、模型をつくっている。 ツッキーの授業に感銘を受けてバイトを直談判しに来たらしい。そんな感動するような授業をツッキーがしていた記憶は全くないな…などと考えていたが、でもよく考えたら、僕も三回生の頃、謎に一ヶ月いるかにインターンしに行っていた。 若者の訳の分からない熱情みたいなのは、そのままにしてあげるのが良い。と思う。殿井さんもそんな僕に、しきりに変なお菓子や変な音楽、変なお話をしてくれた。 お陰で中々模型が作り終わらなかった。ずっとなんか、ちっちゃく音楽流れてないか…?と思っていたら、実は殿井さんがMacから超微音で音楽を垂れ流していたのを思い出す。 あれは本当に何だったんだろう。それならイヤホンで聞いた方が良くない?まあいいや。おじさんの謎のこだわりにも口を出すべきではない。
淡々と検討事項を潰していく。今日もポモドーロ・スタイルを実践。25-5。50-10。僕のリズムが来たら、どんな状況であっても基本的には休む。 雑談にも応じない。目を閉じて貧乏ゆすりする。いま商店街に、くそデカいおじさんのくしゃみが轟いていた。 「くそでかい」はくしゃみを修飾している。ちなみに。この五分の休憩時間に何をするべきかは難しい。本当は五分間、めっちゃ運動とかした方が良いんだろうと思う。 伸びと貧乏ゆすりは積極的にするようにしている。尿意もあればすぐトイレに向かうようにしている。喫煙所にタバコも吸わずに立ち尽くしてみたりする。 どれがベストなんだろう。分からない。相変わらず胃はもたれている。時々、良い事例を思い出しては調べて、ビルアイデアを収集する。 ビルの設計はかなり難しい。難航している。一階はいつもいい。二階もそんなに悪くない。三階から、突然秩序が上手く保てなくなって、混乱してしまう。 良くない。二階を二階として設計するからでもおかしくなる。二階もまた一階のような気持で設計しないといけない。このニュアンスはなんだろう。でもなんっかそういう感じだ。 1、2、3、4、…とやっていくと、必ず行き詰ってしまう。そうではない意識が必要そうなのだ。
四月はやらないといけないことを、本当に粛々と消化していかないといけない。 あらゆるスケジュールが壁際に追い詰められている。
四月にやらないといけないことは、
・日記をもう少し減らす(雑誌のアウトプットへエネルギー集中)
・雑誌原稿
・雑誌に載せるためのビル設計(→断面パースを目次にしたり、平面図、立面図などもアウトプットしたい、思想をビルというかたちで顕在化する必要がある)
・各原稿(小説6p、貧乏飯コラム1p、企画書/事業計画書4p、チャゲアスコラム1p、ティーハウスの求人1p、寄稿者プロフィールの叩き)
・雑誌掲載用の写真を撮る、そのためのスケジュール確保
・建築探訪 どこにいつ行く?それすら決まっていない ちゃんと実測とかもしないと 取材なんだから
・茶室の設計 これはさすがにきつい気がする ビルの茶室についてモリリンにエスキスしてもらう、が良いカモ。
・丁子くんとの対談に向けての勉強し直し → 対談 対談日程要調整
・DIY(本棚2 部屋をもう少し綺麗にする 部屋がきたない)
・ZINEフェスに行って敵情視察
・山本くんの家に炊飯器などを取りに行く
・みっちゃん教室の名札掛けの設計・施工(DIY)
・貝原くんと仲良くなる
・ティーハウスのプロポ、勝利する
・寝る
・モテる
・再び暴食する 暴飲は水のみ
こんなところだろうか。暇になりたい。僕は、「人生暇だから、なんとなく死ぬほど働く」という貴族的姿勢を崩したくない。 それがやはり一番馬に合っている。必要に迫られて沢山働くのは断じて嫌だ。おちんぽ。ケンジさんがやった沖縄の就労施設のやつはすごい。 さまざまな種類の良い居場所がたくさんある。勉強しよう。事務所時代には勉強できなかった。そういえば四月一日だ。一年働いた。 働く面に関して、少しはましになっているだろうか。23時には何としても帰りたい。帰らないと身体がしんどい。少し起きれなくなってきている。 ちゃんとボスが判断できるような資料をつくる。選択肢の並列。ちゃんと休む。パフォーマンスの再現性。とにかく休む。休憩。 どんなに進んでいなくても、とにかく休憩。朝、やりたいことをやり切る。二年目に突入する。 今年は300万くらいは稼げそうな気がする。わかんないけど。いや、それはどうでも良い。とにかくどんどん学ぶ。 雑誌をつくる。設計する。小説を書く。習慣をつくる。再現性をあげる。健康に留意。やりたいことを全部やる。ぽて、って死ぬ。 そういう一年にしたい。ひとまずは雑誌で、雑誌のための設計である。今ある建築語彙をひとまず全て出し切ってみる。 そうしたらまた、新しいことが勉強できそうだ。暇になる。だから死ぬほど働く。その方がいい。