2026 2
大きな鬱の波がやってきている。 連日の椅子机つくりのよる肉体疲労、必死に僕はなにをやっているのかという賢者モード的呆然、そしてこの制作が終わったらまた塾に僕の居場所はなくなっていくのではという不安。 この三つがじりじりとせり上がってきている。 部屋の中は徐々に水位を増していき、膝上くらいだった水が口先に詰め寄ってきている。 YouTubeもTwitterも僕に現状改善を促すもので埋め尽くされてしまって、何を見ても辛い気持ちになる。 肺が肉体と精神の腐った臭いで満たされてしまう前に、息を継がないと。ということで失踪。約二か月ぶり。 この前は料理をつくらず、携帯も投げ捨てて無断で失踪してしまったが、今回はちゃんと事前通告して失踪。 警察に道路使用許可を取ってデモをするみたいだ。どことなく間抜け。ちゃんとお皿を準備し、帰る時間もしっかり告げる。一応早歩き。 杖をついている老人を早歩きで抜かす。あの老婆より僕は、もしかすると早く死んでしまうのか?
でもたとえ、僕がうっかり死んでしまったって、それはうっかり死んでしまった以上のことではない。 人はあっけなく死に、かたちを失うと共に忘れられていく。今朝見た単語帳と、あの日の思い出にはなんの違いもない。とにかく時間に従って忘れられていく。 少し悲しい思いをする人がいるが、大きく生活には支障が出ない。26歳、もうすぐ27歳というところまで生きれただけでも健闘とも言える。 三日くらい悲しんでくれそうな友だちが十人くらいいる。その友だちが一週間くらい覚えていてくれそうな思い出がある。 それ以上は特にない。でも十分と言えるだろう。有難い。…
みんなはどうやって生きのびているのだろう。どうやって夜眠りについているんだろう。どうやって朝目覚めているのだろう。 そんな自分にとは目が合わないように、慎重に生きているんだろうか。 それを見つめその先に答えを見出して、僕より年上の大人たちは人生を進めているのだろうか。 大きな穴。果てしなく深い穴。小石をひとつ落としても、底を打つ音がしない穴。その穴をよくよく見ていると、自分と目が合う。 自分の表情からは何の感情も読み取れない。この人は誰で、この穴はなんなんだろう。相変わらず分からない。今日もこの穴を見る。 この穴を覗くほかない。囚人室みたいな部屋。布団の中だけはあたたかい。カーテンはなく、窓を開けるとそのまま空の青へ繋がっている。 夜はそのまま黒へ繋がっている。夕方には日が差してくる。平行四辺形。行き場がなくて、床に転がるしかない炊飯器、服、靴下。葉書。 映らないテレビ。囚人みたいな一日。囚人よりはでも働いていると思う。囚人よりは少し自由。
しかしなんとかしてこの道、惨めに刻まれたちんちくりんの街路樹が繰り返される道を抜けていくしかない。 僕のあらゆる良くないところ、金にはならないが少しだけ良いところ。未熟なところ。腐り始めてしまっているところ。 でも今日はちゃんと飛びます!って言えた。少し偉い。料理も作れた。シチュー。少し精神の錯乱が味に出てしまっていた。申し訳ない。 二月。僕はあとどれだけ生きれる?四月の真ん中を超えたあたりの、一日一日、確実に暖かくなっていく春。あの季節は僕に訪れるのか。 もうすぐ授賞式。ボス…。怖い。坂口恭平には今日も電話できなかった。過去。僕はボスに何て言えばいいんだろう。 殺してください以外にひとつも思いつかない。少しの微笑みと柔らかい語調で放たれるであろう向こうからの言葉。 僕だけに聞こえる声の大きさ。何も言い返せない…。しかしこちらも生きる筋をなんとか提示しなければ。僕の筋はなんなんだ。 決めないといけない。あと四日。このままだとメソメソすること、同情を誘うこと、まわりに迷惑をかけること、こういう筋の人間になってしまう。 存在理由。…
2026.2.2(月)
グダグダとした朝を布団の中で過ごす。断続的な眠りと夢。結局夢の中のあの人は、僕になにを伝えたかったのだろう。 分からず終わってしまった。真っ赤っ赤の岡本太郎の本が届く。安心する。少しだけ開いて、少しだけ読んでみる。カッコイイ…。 僕ははじめて読んだ時から少しでも、この本に近づけているんだろうか。成長故の苦しみであって欲しい。 それから昼ご飯を食べ、机をひとつ組立て、椅子を金具で補強し、芦田と共に授業へ出かけ、次につくる机の天板を回収し、塾へ戻る。 それから予定を立てるために歴史に並び、ついでに歴史を食べてコメダへ。スケジュール立て延長線。閉店時間になったので帰路へ。 寒空で一時間ほど説法を受ける。反省点が多すぎる。どれから直していけば良いんだ。世の中にはあらゆる種類の傲慢さがある。 種類の異なる傲慢さが顔を合わせるとき、力なき傲慢さは、傲慢さとして吊され曝される。そしてその傲慢さは、歴史を閉じる…。 いや、そういう話ではない。僕は何事も真っすぐに考えすぎている。世の中には折衷点というのが存在している。黒と白のあいだにも色がある。 ラーメン屋にも特盛、大盛、並盛小盛がある。つぶあんとこしあんがある。Tバックもブリーフもある。優雅な鳩も間抜けな鷲もいる。 僕はいつもそういうことを忘れてしまう。自分の描く理想とそれを目指した結果の現実しか存在していない。貧相。脆弱。想像力の欠如。 どちらでも良いし、どちらでもない折衷案というのもある。無数にある。なんでもいい。弓矢に牛丼を刺して回してもよい。 おじいちゃんもおばあちゃんも見てるのに。おじいちゃんもおばあちゃんも見てるのに…。そういうことだ。そういうことを言われた。 遠くから見るとだいたいこのようなニュアンスのことを言われた。僕はほんとうに何故かこういうことを忘れてしまう。 脳みそがひとつしかないんだろうか。議会制なのに満場一致ばかり起きている。議会が機能していない。三権分立が機能していない。 余裕が無さ過ぎるからだろうか。なぜひとりで先走ってしまうんだろうか。どこに向って走っているんだろうか。 振り返るとそこにはだれもいない。僕と、僕の長い影。あれ。引き返す。怒られる。その繰り返し。そんなことばかりやってしまう。 そういう筋もあるんだろうけど、いちおう僕も人間だ。知行が不可避的に矛盾している。激しく矛盾。左に向って、右へ走る。 おじいちゃんもおばあちゃんも見てるのに。とにかくふたつ、毎回考えよう。二つの妄想をしよう。必ず。 一方向へ暴走するのではなくて、二方向に暴走する。綱引きの綱。ツナマヨのツナ。相対化する。ツナマヨとエビマヨ。ツナマヨと赤飯。 !!また好きなものへ収束している。僕はツナマヨと赤飯が大好きなのだ。そのふたつばかり食べている。おかかもある。鮭もある。 明太子もある。紀州梅もある。納豆巻きもある。なんならおにぎり以外もある。なんならコンビニ以外もある。 なんなら昼ご飯を食べずに洗車していたっていい。そういうことを忘れてはいけない。…ずっと僕は何を言っているんだろう。 いや、冷静になるなと芦田は言っていた。それ要らんって。冷静にならなくてよい。とにかく洗車だ。ついでにガソリンを満タンにしてもらう。 最近はガソリンが安そうだ。なにがあったんだろう。一ドルはいくらなんだろう。お米は五キロでいくらなんだろう。 とにかくふたつ。楕円の軌道。色んな距離。色んな答え。色んな人生。色んな牛丼。いや、牛丼はすべて同じに感じる。 だいたいどうやったらあんなに肉を薄くスライスできるんだろう。さすがに倫理的にまずい薄さではないだろうか。 あれを口にした少年は、食物に感謝の気持ちを抱けるだろうか。僕は自分が物質的にあんなに薄くなってしまうことが想像できない。 牛さんもきっと想像していなかっただろう。あれはさすがに薄すぎると思う。ゴムとは違うんだ。薄ければ薄いほどいいものと、そうでないものがある。 それとも松屋も岡本ゴムも同じ系列の会社なのか。その可能性もある。薄さへの果てなき追求。…
疲れた。複数の可能性を考慮するのはとても疲れる。ひとつずつやって、ひとつにつきふたつ考える。これをやっていこう。しかしりさぴも僕も健気だ。 芦田にまくしたてられたことを、ちゃんと持ち帰って反省しているのだ。何になるでもないのに。特に僕はどうなるんだろう。 もう休日すらどうやって過ごしたらよいか分からなくなってきている。 このまま注ぎ込まれ続け、そしていずれ排水が追いつかなくなって、僕はそこで本当に溺れ死ぬのだろうか。分からない。 もう今日何食べたかも分からない。自分がどんな人間かもまったく分からない。鏡。大きな鏡。大きな鏡が必要なのかもしれない。 もうすぐ授賞式。やまけん。東京。ひとつの殺意とひとつの生存。矛盾。その折衷点はどこなんだ。理論上は僕は殺されても問題ない。 僕もそう思っている。勿論殺しはしないだろうけど。しかし殺意。僕はそれをどう受け止めれば良いんだろう。僕もお前を殺す? さすがにそんなことは思わない。生きて欲しい。やっぱりティラノ?それともプテラノドン?ブラキオザウルス?隕石?白亜紀?遠のいている。 落ち着いて。着る服、受賞の言葉、やまけんへの挨拶、懇親会でどうするか。楽しそうなイメージがひとつも浮かばない。 最悪ミラタップのトイレの個室からトクさんに電話しよう。お迎えに来てもらおう。妄想もう一個。 やまけんにむかって真っすぐ歩いていく。目が合う。歩いていく。目が合っている。透明な瞳。目の前まで歩いていく。立ち止る。 二秒見つめ合う。頭を下げる。金髪アフロだけど…。三秒下げる。そのまま立ち去る。そのまま個室へ行く。トクさんへ電話…。 トクさんに電話するしかない。本当に申し訳ない。電話させてください…。ミラタップの可愛いお姉さんの個人的な連絡先が知りたい。 絶対にそういう可愛い枠の若い女性社員がいる。だいたい会社って、そうなっている。その人の連絡先だけ知りたい。そじょ人と連絡先を交換するためにふさわしい恰好はなんなんだ…? タキシード…?クジャクの羽根?モリゾー。そういった類だろうか。鳥人。チキン南蛮。パ・リーグの審判。脱線している。違う。とにかく連絡先を交換したい。 それも違う気がする。でも連絡先は交換したい。クリエイターの髭おじさんなんて本当にどうでもいい。とにかく可愛い女性社員だ。いや。でも東京の人と、どうやってデートするんだろう。 少しも思いつかない。無理だ。とにかく最善を尽くそう。結局何も分からなくなってしまった。快晴と大嵐を同時に想像するのは難しい。 ベートーベンだ。カラヤンだ。とにかく素直に。泣いてもいい。おじいちゃんとおばあちゃんは見ていない。おじいちゃん…。 おじいちゃんは、あんなにも愛情をかけてくれたのに。こんな風になってしまっても、おじいちゃんは叱らず笑って、頭を撫でてくれるんだろうか。 おじいちゃん…。
2026.2.3(火)
今日はある人と電話をした。僕はその人が好きだ。その人も僕ほどではないだろうけど、僕のことを好きでいてくれていると思う。 僕はあと何回かその人に会える。しかしそのうち会えなくなる。その未来を想像すると、悲しくて涙が止まらなくなってしまった。 死別くらいに決定的な別れのように思えた。僕は男の子で相手は女の子で、相手にはちゃんと相手がいるのだ。 泣いている僕を、その人は笑い続けてくれた。だから僕は安心して泣いた。電話が終わっても泣いた。シャワーを浴びながら泣いた。 そして今も小さな部屋の小さな片隅で泣いている。でも涙は軽やかだ。しっかり届けたい場所へ届いている。 たとえ涙を流していても、それはしっかりと嬉しい。深い絶望としかしそれに匹敵する出逢えた歓びを感じる。 出逢えてよかった。この一度きりのどうにもならない人生で、確かな出会いの歓びがしっかりとあることに驚異する。 嬉しい…。また何か作って、真っ先に見せたい。何か思いついたら、真っ先に伝えてみたい。本当にそれだけなんだ。毎日会いたい。 そうやって生きていきたい。それに尽きる。
僕の人生に対する基本的な説明は以上だ。たぶん本当にこれだけ。ただこれに従って生きる。そう思うと、不思議と涙も、いや、やっぱり止まらない…。 でも嬉しい。でもどうしようもなく悲しい…。とにかくまた何かを報告したい。カブトムシを捕まえたい。別にもう見せなくても良い。 とにかく報告の方角へ向かって進むだけで、歩き続けられる気がする。でもやはり悲しい。落としてしまった片方の腕。 もしも他の出会い方があって、それが然るべきタイミングがあれば、違うふたりのかたちもあったのだろうか。まあそれは考えるのはよそう。 そんなには手に負えない。でも、この人のことを考えると、スッスッスッと、いろんな物事が整理されて簡単になり、前の方にスペースが生じてくるのを感じる。 重要ではない迷いや悩み、報告に値しない諸々全てが後退していく。すべきことがひとつひとつ、くっきりはっきり見えてくる。 初めて眼鏡をかけた時みたいだ。世界を構成している線は思っているよりずっと少なかった。
たくさん泣いた。朝起きたら母親がいなくて捨てられたと思った七歳のときくらいは泣いた。その別れはいずれ来る。 エレベーターはどれだけ見つめても、七階には戻ってきてくれない。僕はエレベーターホールで泣き続ける。夏の朝。 しかしやっぱりそれほどまでに失いたくないものがあるのは、素敵だ。そしてそれを失うことは、とてつもなく悲しい。 永遠とその繰り返し。人生の前にあるもの。人生の前にあるもの…!?でもこれはもしかすると、人生の前にあるものかもしれない…。 動かないエレベーター。
Le vent se lève. Il faut tenter de vivre.
いざ生きめやも。
2026.2.4(水)
作業内容が明確で、そしてそれが夕方には確実に終わりそう。こんなに晴れやかなことはない。四時には概ねの作業が終わる。 六時に仕事が終わるって、こんな感じなのかなあ、と六時の空を見上げて考えてみる。特になにも思いつかない。 六時に終わっても、意外とあっけなく一日は終わるのかもしれない。 少し早めに二人で三ノ宮へ行きふらふら。ユザワヤで椅子生地を選ぶ。少し緑がかった、デニム地のやつが良さそう。 想定よりイイ感じになるかもしれない。八時五十分、バスに乗る。窓側の座席。「上着、棚に入れますか」と横の青年に尋ねられる。 少し考え、「温度次第」と答えた。振り返ると普通にため口でビビる。礼儀がなっていない。 神戸から大阪、京都までの道のりは電気がついているので、本を読み進める。「ねじまき鳥クロニクル」の上巻。 これしか持ってきていないので、少し落ち着いて読まないといけない。読むものが無くなってしまう。 でも容赦なく話は面白い。面白くなってきてしまっている。良くない。… 大阪と京都のあいだのどこかのパーキング・エリアで休憩。後方に座る女性の一部は、どうしてそんなにスカートが短いのだろう。 寒さに対しての特殊な訓練を受けているのかもしれない。ヒールでの一般的速度による歩行技術、のように。 僕もバスを降りた。バスの横には無数のトラックが隙間なく、等間隔に並んでいた。 尿意に従ってトイレへと向かう。無数の小便器が、また等間隔に並んでいた。その小便器を、スポット・ライトが等間隔に照らしていた。 トイレの鏡に映る僕は、頭が必要以上に大きく、その下の全てが薄く、細かった。知らない人のようだった。 なんだかまち針みたいだった。人間というよりはまち針。 トイレから出たるとパーキング・エリア全体を背の高い照明がなるべく公平に照らしていた。 三つの円形の光源がそれぞれの角度に目を配っていた。空にはそれらを統御しているような顔つきで、満月が同じ大きさで光っていた。 バスへ戻る。そのうちに横に青年も戻ってくる。また上着の所在について尋ねられ、僕はまた「温度次第」と答えた。 鼻水によって、口の奥と鼻の奥を繋げられている感覚がある。風邪気味だ。暖房直下で寝ているからだ。対策を講じなければならない。 そのうちに京都を過ぎてバスは消灯してしまう。191頁。眠くならない。 アイマスクをして、芦田の助言通りに目玉を左右に十回振る。これでストンと眠れるよという話であったが、なぜか眠くならなかった。 諦めてアイマスクを取り、ぼんやりと車内を眺めながら眠気を待つ。今日のバスのカーテンの生地はやや薄いようで、車内は人のシルエットがはっきりと浮かびあがるくらいに明るい。 長いトンネルに入る。対向車が次々とすれ違っていく。トンネルは立ち止るところではないのだ。このように足早に立ち去るところなのだ。 街灯の光が、通り過ぎるたびにカーテンの向こうで膨らんで、しぼむ。巨大な蛍を中心に遠くをゆっくり回っているみたいだ。相変わらず眠くない。 周りを見渡すと、しかし多くのシルエットは眠りについているようであった。 なんとなく、保育園のお昼寝の時間を思い出した。なかなか眠れずに目を開けたときの部屋と同じ光景であった。 その部屋がそのままの明るさで二十年経ってしまって、僕だけずっとその景色に取り残されてしまったみたいだった。 窓辺からは冷気が車体越しに伝わってきた。僕は膝の上の上着を、僕の身体とバスと車体にあいだに差し込んだ。 眠気はまだ訪れなかった。しかしもうすべきことはない。考えたってどうにもならないようなことを考えはじめた。 断続的な睡眠のあと、バスは新宿についた。夜行バスはやはりあまり得意ではない。
まだ暗闇の中の新宿には人がまばらであった。そしてかなり寒かった。暖をとるべくとりあえず目についたファーストキッチンに入る。 珈琲だけを注文し、腹痛の処理をし、席に着く。横に席にはあまり一般的ではない荷物が転がっている。 しばらくすると、おそるおそる一人の女性が僕の横の席に戻ってきた。 座っている僕と身長が同じくらいの小柄な女性だ。半袖メッシュ地のパーカーに、ジーパンの裾は二回折っている。 そして僕の靴の中に入ってしまうくらいの、小さな靴を履いている。 そして僕の真横でしきりにボディシートで頭部の皮脂を落とそうとしはじめた。 あまりいい気分ではないが、このような努力のお陰でなかなかに清潔感のある路上生活者である。 鼻を凝らすと、微かに路上生活の臭いが漂ってくるが、食事中以外なら耐えられる範囲内だ。 新宿の空は、女性の清潔への執念に押されるかたちで、徐々に明るさを帯びてきている。今度は熱心に帽子を拭いている。 一連の行程をなんども繰り返す。時々、左肩と右腰を同時に上昇させる奇妙な動きによって身体の強張りを解放しようとしている。 素人に操られている人形のようだった。天井から二本の糸が垂れていたかもしれない。 ここまで書いて時計を見ると六時五十分。もう窓からの朝陽で室内に影ができそうなほど明るい。フロアも混んできた。 現像屋が開店するまで、もう三時間くらい時間がある。とりあえずここまで。ピンクの女性はまだメイクアップをしている。 今日は新宿御苑で、路上生活者の親睦会でもあるのかもしれない。
2026.2.5(木)
重要な一日であった。
路上生活者と別れて別の喫茶店に入る。「ねじまき鳥」を読みながら現像屋の開店を待つ。強烈な便意と、強烈な睡魔がそれぞれ一度ずつ僕を襲う。 僕は襲われるがままに身体を彼らに差し出す。襲われ終わると、写真集をやはりつくらなければ、という気持ちが静かに湧いてきた。まずはダミー本、試作品を作る必要がある。 これからは現像と共に、写真をプリントしてもらおう。お金は少しかかるが、仕方ない。2025年はやはり重要な年だっと思う。三島が生まれてちょうど百年。 ここから、三島の生涯のような、戦前から戦後のような、そんな四十五年が始まるのだろうか。 とにかく去年の写真は何かしらの記憶として保持しておく必要を感じた。どの写真もほとんど誰も写っていない。僕を孤独感へ駆り立てるのは何なのだろう。
現像屋が開店したので、三十分ほど歩いてフィルムを持っていく。来週の受け取りと支払いにして、店を出る。前回とは違うおじさんが応対に出てきた。 ここは、あらゆる種類の不健康そうなおじさんをコレクションしているらしい。みな一様に瞳が世界を怖がっている。生きてゆくのは難しい。 高層ビルがつくる日陰を足早に歩く。パースがかかり過ぎて、空が斜めになってしまっているようだ。新宿のひとたちはみんな、不思議な顔をしている。 それはいったいどういう心情による表情なのだろう。生きることは嬉しいのだろうか、悲しいのだろうか。分からない。 生きているから生きているが…みたいな表情。外国人はあんまりそういう表情をしない。家族の問題なのだろうか。外構人はすぐ家族にテレビ通話する。 旅行中に母親のことなんて少しも考えつきもしなかった。分からない。とにかく対岸の信号待ちの人々を見ていると、すごい不安な気持ちになってしまうのだ。 信号待ちの時に必要なのは、不意の大きな鏡なのかもしれない。突然みんなを写す大きな鏡がズドンと現れる。僕たちはまず、鏡の出現について驚き、そしてその次に、そこに写る自分の酷い顔に驚く。 気づくと鏡は消え、信号は青になっている。さっきの出来事はほんとうに現実だったのかしら、本当に僕は私はあんな顔なのかしらと思いながら、信号を渡る…。 世界堂に寄り、彫刻刀を見る。版画用の彫刻刀と、木彫用の彫刻刀はどうやら違うようだ。木彫りがしたい。大きな大きな木を、彫りたい。それはまた次の機会に考えよう。 木は高いようで、それについても考えないといけない。 新宿を出て、五反田の実家へ向かう。本と衣類を回収したかった。それらを買うお金がない。 知り合いに遭遇しないように足音を立てずに慎重に歩くが、同じマンションに住む幼馴染のお母さんがこちらへ向かって歩いてきている。 ツイていない。向こうも僕にしっかり気づいているようなので、挨拶をする。「戻ってきてるんだー!」と声を掛けられる。 観念して人生が混迷し始めたこと、自分でも説明不能なこと、現在は神戸で生活していること、十年後に説明するから今は何も聞かないで欲しい、といった趣旨の内容を告げる。 お母さんは「二十代、三十代はそういうものよ」と朗らかな意見を述べた。そうなのか。そんな風には見えていなかったけど。手を振ってに別れた。気を取り直して、また家へと向かって歩いた。肌着の下の皮膚が少し汗ばんでいた。
家の玄関扉をあけると、思っているより大きな音がした。実家の玄関と廊下には、何ひとつものがなかった。母と弟が引っ越したからであった。 ひとまずトイレで用を足した。トイレットペーパーはあったが、タオルは無かった。自分のハンカチで手を拭いた。 リビングにも何もなかった。空っぽのテレビボードだけがそのまま置かれていた。ダイニングテーブルがずっと置いてあった場所に下がっている照明に頭をぶつけた。 僕の部屋には、僕の机と、僕の本棚だけが置いてあった。論文資料の段ボールとわずかな衣類もその横に置かれていた。 僕はひとまず持って帰りたい本を集めることにした。部屋には僕が集めた本がぴっしりと並んでいた。 どの背表紙からも、僕がこの本を読みたいと思った瞬間の記憶が思い出された。 読んでない本、また改めて読みたい本など、25冊ほどを選び、何もないリビングに運んだ。 机の引き出しを覗き、そこからあかまいさんがくれたヤモリの焼き物、竹本さんがくれた太陽の塔の顔をリビングへ運んだ。 そういえば、ゆずちゃんは太陽の塔のペンダントを返してくれていない。次に衣類に取り掛かかる。 運動服、肌着、靴下などを回収する。めぼしい服は弟が回収したようで、ほとんど残っていなかった。仕方ない。 一通りをリビングにひろげた。ひとつの段ボールに入り切るかどうか、といった量であった。そのあたりから明確に僕の体調に異変が生じていた。 その不調を上手く説明することができないけど、とにかく立ち続けるのが難しかった。床に倒れた。倒れる床は無限にあった。 倒れてもあまり気分はよくならなかった。ひとまずカーテンを開け、日の当たる場所でしばらく横になった。しかし一向に気分が優れない。 どうしてそんなことが起きているんだろう。このままだと授賞式に行けなくなってしまう。アメリカ人みたいに失望する芦田が浮かんだ。 報告を上げなければと思い、倒れて動けない旨を伝える。あと一時間ほどで家を出なければならない。しかしもう三十分ほど床に伏せたままで、状況は好転していない。 非常に困った。神戸に帰れないという可能性も出てきた。救急車を呼ぶほどでもない。芦田に電話をかけるが、こういう時に限って出ない。 最終手段ではあるが、西浦さんに恐る恐る連絡してみる。「深呼吸。」すると良いと教えてくれる。深呼吸を倒れたまま、三十分ほど続ける。 手足は痺れ、指先は嘘のように冷たいが、しかし気分はよくなってきた。立てそうな感じがする。ゼミが終わって西浦さんが電話を掛けてくれる。 いつも通りの西浦さんの声を聴くと、どうやら大したことはないような気がしてきて、立てた。歩いて電車に乗れそうだった。 少し雑談してもらい、準備をして会場へ向かう。少し遅刻してしまいそうなので急ぎ足。会場に入る瞬間を思い浮かべて緊張しながら、駅へ歩く。 結局、コンタクトにする余裕すらなく、いつもと変わらない見た目になってしまった。全く授賞式にふさわしくない格好である。仕方ない。 電車で本を読もうと試みるが、全く内容が頭に入ってこないので断念。吊り革を深くつかんで、窓の外をただ眺める。ビルしか見えない。 授賞式に行く人間の心情からはかけ離れた心持ちで、東京駅を降り会場へと向かった。
会場に着いてからはあまり記憶がなくて書けない。 じんわりと手汗が手のひらに浮かんできていること、口の中で苦い唾液がゆっくり動いていること、とんかちでずっと眉間を叩かれているみたいにその辺りが痛むこと、表彰式はずっとそんな感じだった。 やまけんは僕の三つ右の席に座っていた。僕は新人賞というのを貰った。賞金は十万円だった。しかし僕が見た限りでは、僕より優れた提案は存在していなかった。 受賞者がひとことずつ述べる必要があったので、「大好きな女の子にもっと褒めてもらえるようにがんばりたい」と述べた。やまけんは全然笑っていなかった。 黒い服を着た冴えない受賞者のおじさんたちも笑っていなかった。ミラタップの女性社員だけ笑っていた。 そして席に戻り、苦くて痛い時間を過ごした。表彰式が終わり、記念撮影が終わり、懇親会がはじまった。 特に喋りたいひともいなかったし、やまけんに謝る必要があった。しかしビッグネームは人気者で、常に人だかりができていた。 やまけんを待ち伏せているあいだに何人かの人が名刺を渡しに来た。僕は名刺なんて持っていないので、ただ受け取るだけだった。 僕はライオン退治のことで頭がいっぱいで、成人男性の社交には全く適さない鋭さで応対してしまった。みんなびっくりして後ずさりながら、僕から去っていった。 会がお開きになるタイミングで、ようやくやまけんが一人になった。このタイミングしかないだろうと思い、そこへ向かって歩いた。 やまけんはにこやかに微笑んでいた。少年野球の監督が他チームの選手に見せるような、不気味なにきやかさであった。 特に述べるべき言葉もなかったので、何度も頭を下げた。いつも通り「ごめんなさいと思ってねえだろ」と言われた。そうなのかもしれない。 しかし僕には謝罪以外に術はなく、あるとしたら後は死ぬことだけだった。少年野球の監督は、もう自分のチームの選手ではない人間に対して、一通りの優しさ以外の何かは払わなかった。 そうして僕たちは別れた。よく分からないけど、最後に握手をした。うちの事務所は家族みたいなもんで、親子みたいなもんだからさ…と言っていた日を思い出した。親子。
帰路についた。新宿でトクさんと矢野さんと焼肉の約束をしていた。もう僕は死んでしまった人間のようだった。 矢野さんとトクさんは、まるで深海のクラゲくらいに僕の人生とは関係のないところから登場した。そして美味しい焼肉をご馳走してくれた。 楽しかった。相変わらず矢野さんは何かがおかしかった。正しい速度と正しい道順をバックのみで進むダンプカーみたいだった。でも楽しかった。 焼肉は美味しく、矢野さんと僕はそれぞれで狂っていて、トクさんは静かにその両方を見定めていた。矢野さんと僕は程度を逸してしまうところがある。 それは何なのだろう。しかし矢野さんはしっかりと人生の空虚さのような穴の存在に気付いている。だからあんな熱心に酒を飲む。 僕もそれとは違うかたちで、自分の中の狂いを外に出さないと生きることができない。しかし感じている混乱は同じものである気がする。 似た者同士なのだ。おそらく。
バスターミナルまで送ってもらい、二人と別れる。すぐ死んでしまうには惜しい、楽しい時間であった。身体から、服から焼肉の臭いがしている気がするが気にせず乗車する。 身体が熱い。カーテン越しの窓ガラスに額を当てて、身体を冷やす。激しく疲労しているのに、全く寝れない。身体は熱くて重い。しかしやるべきことはやった。 こんなのが何の意味があるのか分からないが、やはり僕には必要な一日であったと思う。家族。家族という問題に向き合わなければならない。 それはやまけんもそうなんじゃないだろうか。家族。色々知っているようで、実は何も知らないかもしれない人。 海老名を過ぎたあたりで流石に力尽きて、眠りに落ちた。相変わらず切れ切れの睡眠であったが、まあよく寝れた方だと思う。とにかく疲れていた。 とにかく疲れてばかりいる気もする。十万円で風俗嬢にまた会いに行くのは難しそうだ。それはひとつ心残りである。
2026.2.6(金)
二日連続の夜行バスは疲れる。朝八時。三ノ宮の空は重々しい灰色で、小さな点々の人々がうつむきがちに、足 早に、目的地に向かっていた。 関節と関節の連動が上手くいかない。髪の毛や鼻頭が脂々しい。早くシャワーを浴びたい。もうすぐ「ねじまき鳥」の上巻が読み終わる。 上巻のラストは戦争体験の回想シーン。蒙古の軍人に日本の軍人が、桃の皮を剥くように肌を剥かれるシーンを読む。そんな死に方があるとは知らなかった。 家へ着いてシャワーを浴びる。ちょうど服を全部着揃えたくらいで、Wi-Fiが届く。午前の用事はこれで済んだし、芦田も二度寝しているようなので、僕も心置きなく寝る。 その前に「ねじまき鳥」を読み終えなければ。布団の中で最後まで読み、ひとりで致し、そして寝た。見る夢は相変わらずあまり楽しくない。とても身体が疲れている。 緊張感からの解放と共に、あらゆる疲れが一息に押し寄せてくる。…
一時頃に目が覚め塾へ。少し空が明るくなっている。電車がゆっくり右から左へ進み、バイクは忙しなく僕の横を追い越していった。 東京の街と神戸の街は、何かが違う。全体的に冴えない。三時間目の古文の授業みたいな空気が街を支配している。物事を考えている感じの人間の顔にあまりすれ違わない。 それは東京も一緒かもしれない。とにかく神戸の街はみんな、古文の先生の幽霊が耳元で源氏物語を解説しているみたいな表情をしている。
塾へつく。残りの机を組み立て。鼻水も出るし、どうやら本当に体調が悪いみたいだ。 どこかでしっかり休む必要がありそうだが、休み暇が見当たらない。休暇の予定を少し減らしてもいいかもしれない。 今僕に必要なのは、本を読むだけの時間だ。その他のスピードを持って考える必要があることは受け付けていない。 ゆっくりとした時間をまとまりで取りたい。青い鼻水が出る。
家へ帰って夕飯の支度。ブルーベリージャムがこぼれている。クソデカやれやれ。一応ビニール袋に入れておいて良かった。 被害はエコバック内に留まっている。やれやれ…と思いながらエコバックを洗う。ユニットバスに干す。ブルーベリージャムをより密閉性の高い容器に移す。 そのついでに大きく一口食べる。ここまでして取っておくようなものなのだろうか。どちらとも言えない。身体が重い。 その流れで夕飯つくり。芦田は今日もいつ帰ってくるのか、さっぱり分からない。発着時刻が分からない新幹線のようだ。 季節外れの痩せた茄子を薄く切り、オリーヴオイルで炒める。適当な量の塩と胡椒。そのフライパンを一度あげて、今度は麺を茹でる。鍋敷きすらないのに、鍋がふたつ必要な料理をしないといけないなんて。 やれやれ…だ。「やれやれ」と声に出して湯を沸かす。二人分、四百グラムの麺を茹でる。ついでにソースも湯煎。その間に少し休憩。Wi-Fiがまだ設置できていない。 七分経ったので、麺をフライパンへ移動。麺を掴むためのトングがない。こういう小さなイライラがこの台所には詰まっている。芦田の要求にはこれらの諸条件が見込まれていない。 しかしお金もない。さあ。どうしたものか。とにかくパスタを仕上げる。芦田は帰ってくる気配を見せない。パスタが伸びてしまうかもしれないが、強行突破するしかないだろう。 フライパンに麺、茄子、チーズ、少しばかりの茹で汁を混ぜて和える。気分でケチャップとニンニクを投入。味見。何故か美味しい。完成。芦田は依然として帰ってこない。 連絡もない。まあおおかたそんなところだろう。Wi-Fiの設置へ向かう。アプリを見て自分で設置してください、とのこと。作業目安時間は一時間半と出ている。殺すぞ。 しかしやるほかない。JCOMはこんなに不快感に満ちたサービスを乱発して大丈夫なのだろうか。今日の受け取りの為の電話の時も一時間くらい拘束された。 オペレーターの声は一時間のあいだ、ずっと聞きづらかった。糸電話越しの声みたいなくぐもり方をしていた。だいたい恋人でもない人間と誰が一時間も電話なんてしたいんだろう。 まあいいや。とにかく設置を試みる。しかしどうやら、家の端子が古すぎてキットの内容物ではWi-FiとTV線は接続できないようである。やれやれ……。。。。
まだ芦田からは連絡が来ない。パスタはじりじりのフライパンの中で伸びている。タケノコみたいに鍋を突き破ってしまうかもしれない。 しかしそれは僕個人の力及ばぬところだ。横になって「ねじまき鳥」の中巻を読みはじめた。このまま寝てしまいたいくらいだ。二章ほど読み終わったところで芦田から大きな音の電話。 今からいくから用意しておいてとのこと。やれやれ…。もうすぐ11時だぜ。フライパンの中のパスタはピクリとも動かない。だるまさんが転んだをしているみたいに動かない。 箸をフライパンの底へねじ込み、ひっくり返す。なんとか格闘しているうちにほどほどにほぐれ、温まった。作る時間の1/100くらいの食べる時間。 マラソン、給水所、マラソンみたいな僕の食事。しかしそうやって食べないと、僕の取り分はなくなってしまう。 食べた気がしない間に食べ終わり、休む間もなく皿洗いをし、芦田は好きなタイミングで帰って、そしていつものように思い出したことを再び玄関扉を開けて述べ、そしてまた帰っていった。 皿と鍋を洗い、シャワーを浴びる。明日IKEAに行くために、キッチン周りの寸法を測る。必要物品をリストアップする。しかしこれを全て買ったら、僕は破産だ。 かき集めて生き抜いていくしかない。見栄えも尊厳、品なんていうものは、そろそろ手放すべきものなのだろう。 そうしたら僕の周りからは、さらに人が少なくなってしまうのかな。悲しいことではあるが、痛みを引き受ける時期だ。バルナーチョク。 父親から一週間くらい前に届いていたメールを返すと、夜に返信が来ていた。僕は頭が良くてタフだから大丈夫だと書いてある。 それはお前の遺伝情報である。文末には、
人間万事塞翁が馬
Luctor et Emergo.
と書かれていた。血は争えない。文体も塩基配列に支配されているのか? ATGC、ATGC…。一時前には力尽き、寝た。
2026.2.7(土)
七時頃に目覚める。鼻と頭のあいだに石が乗っている。緊張の糸が完全に切れてしまっているみたいだ。 頭の中の文字や音がゆっくりとしか進まない。小倉くんとの待ち合わせの時間まで、日記を書く。 金曜日の分と、木曜日の半分くらいを書いたところでタイム・オーバー。鼻水が止まらない。 小倉くんはスマートに十五分ほど遅れて来る。ポートアイランドへ。空は曇っている。IKEA日和だ。 IKEAの飯や便所は、僕たちにしっかりと北欧を想起させた。シルバーとグレイの世界。 重そうな雲。小ぶりな便器。白いお皿に並ぶ魚介。紫色の玉ねぎ。よく分からない擦りむいた膝小僧のような皿の隅の野菜。 唯一の暖色。サーモン。少し悪く言い過ぎたかもしれない。フードコートでまずご飯を食べる。 北緯五十度以北の不健康さが建物中にこびりついているように感じる。小倉くんは正月に家族でバルセロナに行ったらしい。 なんだか言いづらくてみんなには言えていないらしい。なので敢えてここに記す。 腹ごなしを終えて売り場へ。どうやったらこんなに安く作れるんだろうか。不思議だ。 そしてこうやって一つ一つの商品を見て、自分の部屋にそれを置いたときのことを想像してみると、確かにこれは気持ち良いなと思う。 色んな考えたくないことを、少し忘れられそうな気がする。そのための消費であり、労働であり、幸せというものなのかもしれない。 必要最低限のものを買う。読書灯とその他九十九円の商品。これらは確実に百均で買うより安いので、購入して問題ない。 小倉くんの実家の電気ポッドを譲ってくれないかと交渉する。合わせて三千円ほど買い物。念のため、百円のホットドッグを食べて帰る。 百円のホットドッグであった。ロボットみたいなお姉さんが、三十秒くらいで提供してくれる。 こういう場所で、ホットドッグを頬張る家族連れを見る度に、こういう安易な快楽を是とせず、頑なに三食作り続けた母の執念に驚嘆する。 マックとかサイゼとか、そういったファストフードを僕は中学生になるまでほとんど食べたことが無かった。 吉野家の牛丼を十歳くらいではじめて食べたとき、そのあまりの不味さに半分残した記憶がある。 僕が親だったら、少しばかりのお金で子どもを退屈させない、こういう資本投下ワンダーランドに連れて行ってしまうと思う。 分からないけど、その辺りから岐路が生じているんじゃないかという気がする。
家の前まで小倉くんに送ってもらって別れる。体調が悪い。ひとまず家に帰って横になる。目を閉じる。 耳の上にタンスがのっているのかなと思ったら、何も乗っていなかった。ただ頭が痛いだけだった。 こういう時に人間を頼りすぎてはいけない。と先日芦田は言っていた。疲れはひとりで解消する。そういう人間になった方が良い、と。 その通りそうだと思ったので、おとなしく部屋の静けさと暗がりに身をゆだねる。 暗くなってしまった部屋には無数の小さな音が聞こえる。そういう場所に身を置くと、透明な愛が見える。数えられる。 あらゆる人間の、あらゆる息遣い。救急車が左から右へ、街宣車が右から左へ。カラスも左上の方で鳴いている。 やがて日は落ち、部屋は大きな一つの暗闇になる。ものとものの、境界線はない。どこまでが僕で、どこまでが僕でないかも分からない。 宇宙にひとりで浮いてしまっているみたいだ。無数の冷たくて遠い星たちが見える。そんな星々よりもはるかに小さく、光ることもない地球。 地球と僕はとても小さな存在として、宇宙のどこかに浮かんでいる。…
色んな夢を見る。起きている間にも、寝ている間にも。なんだか少し変だけど、起きている間にも夢を見る。目は動く。他は何も動かない。 布団の中に頭まで入れて、布団の内側をじっと見る。ある女性が僕の局部を握って、一生懸命に手を前後させている。 早く終わらせてしまいたいという種類の一生懸命さ、と笑顔。そういう種類の優しさ。射精してしまうと、夢は終わり、その人とも会えなくなる。 会わなくてよくなる。だから彼女は一生懸命だし、僕も快感と悲しさが同時にどんどん大きくなっていく。 去ろうとする人、気持ちよくなりたいという気持ちはどちらも止めることはできない。やがて僕は射精してしまい、その人も消えた。そんな夢であった。 起きてはいたけど、僕は身体を動かせなかったし、何も能動的に考えたりはしなかったが、そのイメージが否応がなしに通過していった。 救急車や街宣車と同じように。だから、これも夢だと思う。
もうひとつは、四人掛けのテーブルに四人が集まっている夢だった。これも起きている状態での夢。 人々は、この集まりに向けて、なにか手土産を用意していた。でも中身は持っていくべきではない。 なので、その用意した手土産の箱だけを四人とも持参していた。四人ともそのことには疑問を抱かず、楽しそうに談笑していた。 しばらく時間が経ち、談笑が終わり、お開きの時間になった。人々は持ち寄った空箱を丁寧に開き、丁寧につぶした。 そしてそれらを丁寧に重ねて、古紙回収のところに静かに置いて、解散した。そういう夢だった。僕はそれをただ見ていた。
寝ている時の夢は、僕が暮らしたことがあるどこかの部屋で、芦田から評価されなくなった僕がその部屋から出ていく夢だった。 他の誰かが評価されていた。僕は不貞腐れていた。女の人がひとりそれを何も言わずに見ていた。芦田の姿は無かった。 部屋を出た瞬間に夢の外でピンポンがなり、映像は途絶えた。北岡くんがマスクを届けにきてくれた。
長い長い夜だった。少し元気な時は、「ねじまき鳥」を読んだ。延長コードの端と端を繋いだような一日だった。首すらも吊れない。 暖房の風で、買った読書灯が微かに揺れていた。どうやらだいぶ追い詰められていたみたいだった。 芦田と西浦さんは気づいていたようだったが、僕は全く気付けていなかった。僕はいったい何を見ているんだろう。 読み疲れて、本を閉じ、寝た。世の中には、思想の強い男のそばに立って、その思想を助長するだけの女がいる。 自分で思想を持たない人間が、思想の横で思想を助長している。投石器みたいな骨格の女。投げ出された石で、良い事も起きるし、悪い事も起きる。 投石器。思想を持たぬくせに、力を持っているもの。力を加速させるもの。力を制御できないもの。そういった種類の女。………
2026.2.8(日)
目が覚めた。鼻と頭のあいだの重たさはなくなっていた。シャワーを浴びて、お皿を洗った。 そんなに元気にはなっていないようだった。鼻は軽いが、立っていると倒れようとする力の流れを感じる。 母親への手紙を書き、JCOMに連絡し、図書館へ佐内正史の「生きている」を借りに行く。 部屋を出ると、雪が降り積もっていた。静かな日曜日の午前だった。街は白と黒で殆どが構成され、それ以外の色は目立たぬように後ろに下がっていた。 雪が降っているということが、僕たちに小さな高揚感と一体感をもたらしていた。 頬を差す、冷たい空気の張りもそんなに嫌ではなかった。 葉の上に微かに積もる雪は、少女の背中のようにきめ細やかで、儚かった。 こんな日に生まれたり、死んだり、殺されたりしてもいいなと思えるような、きれいな日だった。
残っていた日記を書き終えると、雪は止み、太陽が少し顔を出していた。微かに積もっていた雪は大半が消えてしまっていた。 雪はまばらに空中に漂っていた。まるでずっと同じ雪がただ空中を彷徨っているだけみたいだった。 窓を閉めて、昼ご飯の支度のためにキッチンへ向かった。向かった、なんて言っても、三歩くらいの距離である。 米を炊く気力がなかったので、袋麺を食べた。
布団の上で「ねじまき鳥」を読み進める。半分くらいは寝ていて、半分くらいは読んでいる。これも中々にすごい本だ。 伝えよう、という気概をひしひしと感じる。弱くとも、小さくとも、あまりに馬鹿らしくとも、一生懸命に向き合おうとすることをこれ程丁寧に書いてくれている。 そうやって僕たちを勇気づけようとしてくれている、と僕は受け取った。これが、デタッチメントではなくコミットメント、という事なのだろうか。 中巻が読み終わった。あとは下巻だ。次は短編も読みたい。「世界の終わり…」も読もうと思う。そろそろ他の人の本も読みたい。 でも焦らずに、もう少し村上春樹が伝えようとしているものに耳を澄ましても良いかもしれない。ドストエフスキーも読みたい。 しかし長編を読むのにはとにかく時間がかかる。暇な十代のうちに読んでおくべきであった。そしてこの膨大な量を書く人たちはやっぱりすごい。 ドストエフスキーとカーン。カラマーゾフとダッカの国会議事堂。そのふたつが僕のパースペクティブの両端で圧巻の輝きを放っている。 僕はどっちを目指すのだろう。それともまた違う道なのだろうか。 カーンに憧れてつくった卒業設計のように、ドストエフスキーに憧れて書いた長い長いお話、を書きたい。
周さんとの飲み会へ向かう。つっきーがいた。僕が思っているよりも、つっきーは僕のことが気に入っているようである。 そして社長がわざわざ飲み会に来る、ということは、スカウトしに来ていることを示している。芦田がそう教えてくれた。 ティーハウスの待遇は抜群に良い。アトリエとは思えない。僕が明日から働きます、と言ったら働かせてくれる。そういう状況だった。 お好み焼きなどを食べながら、つっきーの話を聞いた。 つっきーが雑誌編集をひとりで回していた話、JINSの初期の頃の話、三作目、最初に作品を意識してつくった物件の話、今のPJの話…。 結局、つっきーの話を聞き続ける会になる。しかしこのおじさんは頭が良い。そんな感想は存在してはならないのだが、頭が良いな…と思った。 久しぶりに建築について考えるのは楽しかった。つっきーは「建築家になるには、絶えず建築家のそばにいないといけないんだよ」と言った。 原広司がそう言っていたらしい。会は九時頃にお開きになり、つっきーはまぁ考えといてね、といういつもの気軽な感じで、タクシーで大学へ戻っていった。 街にはまた雪が降っていた。僕たちの服にも積もるくらいの勢いで、雪は降っていた。 周さんと二人で少し歩き、もう一件行っても良かったのだが、そんな元気は僕には残っていなかったので、また、と言って解散した。
どうしたものだろうか。ひと山超えたと思ったが、またもうひと山である。そういう時期だ。次の選択をしなければならない。素早い選択が求められている。 僕の中から溢れそうになる何かを表現する技術を、なにかしら身に付けないといけない。それは歳月を必要とするもので、何個も何個も身につけられるものではない。 建築、それとも建築以外。塾へはどうやって貢献するのだろう。恩義はどうやって返せばいいんだろう。
僕は、ひとりの人間の気持ちから、もう一つの世界を描きたいと思っている。建築にしても、建築以外にしても。それが目標だ。 そして喜ばせたい、褒められたい、ひとりの人がいる。人生を一番シンプルに考えると、このふたつになる。 ここまで原理的には生きられないけど、でも、このふたつを中心にした楕円みたいな軌道の人生にしたい。 明日から一週間の休暇がはじまる。とにかく本を読みたい。 羊男。…おいらの言っていることが分かるかい。踊るんだ。踊り続けるんだ。みんなが感心するくらい、上手に踊り続けるんだ…。 転ばないように、転ばないようにしているのがバレないように、みんなが感心するくらい上手に、次の足を踏み出さないといけない。
2026.2.9(月)
七時に目覚ましが鳴り、七時半に布団を出る。今日から休暇だ。旅の支度をする。荷物の大半は、非実用的なものだ。カメラとか、フィルムとか、本とか、パソコンとか。 日記を書くために、こんなに重いパソコンを持ち歩く必要があるのかは、甚だ疑問である。その他に下着の着替えをひとセットだけ入れ、失踪するときと同じリュックで家を出る。 午後まで予定が無かったので、塾へ行き机をつくる。眼鏡姿の芦田が作業をしていた。昨日勢いで、つっきーの話をしてしまったことについて、問い詰められる。 そういうことは自分の中で結論を出してから相手に伝えた方が良いこと、そもそもこれは俺(芦田)に言わない方がいいこと、自分がなにをしたいのか、何になりたいのかをまず考えた方がよいこと。… 芦田の言う通りだった。いたずらに芦田に言う必要はなかった。しかし芦田に伝えたことで、こうやって現実的なアドバイスが貰えた。結果オーライではある。 ここ王手だけどいいの、と教えてくれる将棋で助かった。たしかに僕が何になりたいのか、ちゃんとまずそれを考える必要がある。僕は何になりたいのだろう。 芦田を前にすると、途端に音が喉の奥の方に怯えて隠れてしまう。何とかしてそれを絞り出すけれど、弱々しく、心もとなく、冷蔵庫の中で忘れられてしなびてしまった夏野菜のような惨めさで、痛々しくなってしまう。 なんとか乗り越えないといけないといつも思うのだが、やっぱり芦田は怖い。優しいけど、怖い。芦田が怖いというより、芦田が見えている高解像度での現実世界が怖いのかもしれない。 あまりにも細部までしっかり写っていて、そのことが僕にめまいのような感覚を起こす。芦田を通して見る現実世界は、その正確さが鋭く肌という肌を突き刺し、その痛みで前にも後ろにも動けなくなる。 そういった感じだ。でも、その中でも、しっかり目を開いて前に進まないといけない。進むための準備をしてから、芦田と話さないといけない。仕事と同じように。
体調はある程度回復したと思って街へ出たが、それは僕の思い過ごしであったようだ。背中全体に巨大なハンコを押し付けられているような重さの感覚がある。 身体が重く、呼吸が浅い。視界の四隅は黒ずんでいる。頑張り過ぎてしまったようだ。不可思議な小説を読み進め過ぎたのかもしれない。 今日はドストエフスキーの命日だ。生まれた日と、死んだ日。どちらがその人の人生をより現わしているのだろう。僕は、死んだ日であるような気がする。 本屋で「地下室の手記」を買った。この休暇中に読もうと思う。健康を取り戻さないと。深い山奥の白い建物の中に幽閉されかねない。 しかし体調が悪い。まだまだ書きたいことがある。今日はよっちゃんと散歩をしていた。散歩をするには曇り過ぎていて、寒すぎる天気であった。 時々僕たちの間には何とも言い難い沈黙が発生した。何かの歯車が噛み合わなくなってきているような沈黙であった。その気配はよっちゃんも気づいていると思う。 僕たちは、また新しい距離を探し出さないといけないのかもしれない。それは時間が大きな河のように、我々を自然なところまでゆっくりと知らないあいだに運んでくれるのかもしれない。
丁子くんと会う。限界の身体であったが、丁子くんと会って話しているうちにどんどん昂ってきて、そういった現実の諸問題を全て忘れる。 丁子くんはレム・コールハースの「プロジェクト・ジャパン」に出てくる黒川紀章の思想に激しく感銘を受けているらしい。 丁子くんは確かに、建築の前にある巨大なシステムや制度、構造に関わっていくような人間な気がする。 それは二十世紀、戦後の日本では、下河辺淳のような官僚と丹下や丹下研の面々によって執り行われていた。 現在その役割を担うのは、どういう種類の人間なのだろう。電通、コンサル、政治家、官僚、建築家…?すべて古いイメージ。 丁子くんはきっと、ゆくゆくはルパンの映画に出てくる巨大な脳みそ、クレヨンしんちゃんの映画に出てくるオカマの青髭、そういった種類の人間になっていくのではないだろうか。 巨大なシステムを信じ、推し進める人。あくまで僕のイメージ。でもそんなような気がする。 逆に丁子くんから見る僕は、柿本人麻呂らしい。 星新一のお話に出てくる、宇宙飛行士を最後まで目指し、そしてついに宇宙飛行士になれるときに隣で無人宇宙船が開発されてしまう宇宙飛行士らしい。 丁子くんは、本気で喋れる人が実の弟しかいないと言っていた。日建でそういう友だちを見つけて、秘密結社をつくりたいと言っていた。 丁子くんが寂しい思いをしないで欲しい気もするし、丁子くんといつまでもそんなお喋りをしていたい気もする。 そのうち丁子くんは、スーツがどんどん似合うようになり、目とかネクタイの結び目がどんどん小さくなり、革靴の黒のツヤがますます艶やかになり、そのうち制度そのものになっているのかもしれない。 そういう世界を見てみたい気もする。そうしたら僕は、丁子くんに捕まえられて、拷問されて、逆さ吊りにされて、桃のように皮膚を剥かれてしまうんだろうか。 そういう世界は、…そういう世界も見てみたい気がする。
そんな妄想をしながら北岡くんの家へ帰る。…帰る? 北岡くんの家。地球上で一番好きな場所。現像したフィルムを北岡くんに渡し、北岡くんがデータ化するところを眺める。 楽しい。そして良い写真だ。シャワーに向かう途中の半分くらい服を脱いだ格好で、追い出されるまで北岡くんの作業を眺める。 完全に閉まらないシャワー室の扉の隙間から背中を撫でる冷気を感じながら、シャワーを浴びる。明日は日の出チャレンジをするため、四時に起きなければならない。 急いで荷造りをして、部屋の灯りを落とす。僕は北岡くんが山登りで使う寝袋やマットを貸してもらい、それを床に敷いて寝る。 部屋には日本語ではないどこかの国の音楽が流れている。クローゼットの上には標本のようなウミガメが、瞬きひとつせずに僕たちを見ている。 北岡くんはもう寝ただろうか。僕も寝袋、音楽、ウミガメ、そして暗闇とこの部屋の全てに身体を預け、安心して目を閉じる。 興奮によるアドレナリンが切れ、再び背中に倦怠感が戻ってくる。 しかし、ここは安心できる場所なんだ、僕はひとつ地球に安心できる場所を見つけられたんだ、という喜びで、謎の歌が次の謎の歌に変わる前に、僕は眠りに落ちた。
2026.2.10(火)
朝四時。真っ暗な部屋に大きな音が鳴り響く。どこから鳴っているんだろう。本当に分からなかったので、北岡くんが止めてくれるまでいくらかの時を過ごす。 朝ごはんをそれぞれ食べ、家を出て駅へ。間に合わないかと思い結構な距離を走るが(北岡くんは22歳で、僕は26歳なのだ…)、電車の方も遅刻していた。 そして暫く来る予定もないらしい。走ってきた道をまた走って戻り、阪急線による琵琶湖への移動を試みる。 途中の大きすぎるマンションには北岡くんの自転車部の友だちがひとりで住んでいて、彼は三留目が確定してしまったらしい。成人男性はそんな風に簡単に孤立していく。 まるでシャトルランで間に合わなかったときのように、その一回から致命的にすべてが上手くいかなかくなってしまったりする。 僕たちもシャトルランのように、真っ暗な朝五時台に同じ道を行ったり来たりしていた。電車の移動は呼吸を整えるだけで終わる。 大津に着きタイムズカーを借りて、湖西へ。雪を目指す。遠くには途方もなく大きなベニヤ板に描いたような比叡山系がそびえ立っている。 とても上手に描いたような陰影による立体感と、その唐突な大きさがもたらす平面感。 ゆっくりと朝陽を受け、少しずつ身体を温めながら目覚めはじめる比叡山系を横目に、僕たちは凍った路面に滑らぬよう、慎重に車を走らせ始めた。
メタセコイア並木の近くの小さな川のほとりに無理やり車を止め、動物の足跡を頼りに雪原へ足を進める。スニーカーは一瞬で水浸しになる。 少しでも体重移動を誤ると、容赦なく踏み出した足はくるぶしまで雪の中に埋まってしまう。長靴かブーツで臨むべきであった。仕方ない。 互いを撮り始める。山を背に、真っ白の中にぽつんと立たせて撮る。僕はそういう撮り方をついよくやってしまうし、それ以外の撮り方があまり思いつかない。 バリエーションが少ない。色んな画角を開拓していかなければならない。同じ写真ばかりになってしまう。 もう少し写真集とかを読んで、色んな撮り方を勉強する必要がある。月に一冊買っている写真集も、何回も目を通してみないと。 先月買ったジャコメッリの写真集は一回目を通したきりだ。勿体ない。七千円くらいした。帰ったら読もう。 そして今月は誰の何を買おう。スティーブン・ショアの写真集とかを買いたい。目を鍛え、技術を上げたい。 しかし久しぶりに人間を撮った。僕はこの一年、おそらく北岡くんしか撮っていない。 常にカメラは持ち歩いているから、いつだれを撮っていてもおかしくない。しかし気づくと一枚も撮らずに家に帰ってきてしまう。 北岡くんは被写体としての魅力に溢れている。何かを考えているようで、何も考えていない目。長すぎる髪。煙草を吸いたそうなかたちの口。 服もいつもお洒落だ。生物として非常に興味深い。図鑑にしたくなる。そういう興味深さがある。そう思うと、人間を撮っているのではないかもしれない。 他の多くの人間には、社会的な何かが撮影中も、写真の中にも必要であるように感じる。僕にはそれが重荷すぎる。 子どもを撮るにしても、その後ろに親の目を感じてしまう。芦田のまわりにも権力的な香りが場と写真に映る。あるいは僕が自分自身で映してしまっているのかもしれない。 外国ではそんなことないんだけど、日本に帰ると少しそうやって人間を撮ることに気が進まなくなる。難しい。どうやって人間を撮るんだろう。 まあいいや。一旦。とりあえず今日は北岡くんに今僕が生きているという証拠写真を撮ってもらった。最新の遺影。ポラロイドで撮ってもらった一枚は、とても良かった。 雪の中で、僕が体育座りしていて、それを少し上から覗き下ろすように撮った写真だ。戦前の写真を無理やりカラーにしたいみたいなその一枚は、状況も表情も体勢も時代もよく分からず、全ての社会的状況から漂流してしまったような様子がある。 それが良いように思う。母親に生存証拠として送ってもいいかもしれないと思う。そうしたらきっと、お母さんはこれをスマホケースに入れるんだろう。
そんな感じで湖岸、林の中、蔦まみれの廃工場、そんなところで十枚くらい撮って、帰路に着いた。車の中では北岡くんのプレイリスト、要するに知らない国の知らない音楽がゆっくりと流れていた。 雪の中を小さな車で走っていると、ゆずちゃんとのお出かけの思い出が、自然と色々と思い出された。 そして雑誌をつくりたいと思った。自分の雑誌ではなく、雑多にいろいろな人が書いている「雑誌」っていうのをつくりたいと思った。 よく考えたら三時間しか寝ていなかった。あまりにも眠くなったところで会話の試みと道案内を諦め、寝た(北岡くんありがとう)。 大津で車を返し、行きは止まっていたJRに乗って一瞬で帰る。 駅から下りると、空はどうしようもなく、端から端までピシッと曇り切っていて、それをしばらく見ていると死にたくなってしまいそうな、そういう空だった。 名前を忘れてしまったおいしいつけ麺屋で、味の濃いつけ麺をかちこむ。特大にすればよかった。 七時頃に北岡くんの部屋に戻る。北岡くんは後輩の手伝いのために大学に登っていった。バイバイしたあと、風呂に入って靴下や靴を乾かす。 特大の睡魔が迫ってきているが、夜行バスまで寝るわけにはいかない。瞼が閉じてしまう前になんとか家を出る支度を済ます。 次の休暇は全ての日をこの北岡くんの家で過ごしても良いかもしれない。世界で一番落ち着く場所。北岡くんの家には、おじいちゃんとか、ひいおじいちゃんから受け継いだものがある。 それは言葉で表す以上に、何か重要な事だと思う。どうせ二年しか住まない家に、もっと大きくてゆっくりで重心のある時間を生み出している。 洗面所の鏡の上に飾られた牧野富太郎みたいな花の絵、便座の上の額縁されたアンティーク家具図。 机の前に貼ってある、二〇三高地の戦況図みたいな色褪せた地図、まるごとの亀、映画のポスター、ポストカード、乾いた草木、自転車。 大量のライター。僕があげた、謎の街の謎の店で買ったシガレットケース。ひいおじいちゃんの椅子。真ん中に座ると体重を支え切ることができない。 吸い殻まみれのベランダ(掃除してしまったらしい。残念である)。ヘッドスライディングした熊みたいな毛皮の絨毯。パンくずまみれの食事プレート。… そういった細部が作り出す全体の雰囲気が、否応なしに心地良い。僕の部屋とは何かが決定的に違う。北岡くんの部屋は、部屋というより巣、巣に近い。 北岡くんの家の壁に吊るされている亀になりたい。そう思っってから電気をひとつずつ消して、北岡くんの家を出た。 外は雪になれなかった雨のような雨が、少しだけ降っていた。また北岡くんの自転車部の友だちのマンションの横を通る。彼は今頃なにをしているんだろう。 彼は土になれずに、砂になっちゃうんじゃないだろうか。そんなことはないだろうか。色んな人がふたりで、僕はひとりだった。 そういう駅前だった。京都駅でお土産を買い、バスまで時間をマックで時間を潰し、バスに乗った。雑誌の構想を三秒ほど練ろうとして、寝た。 雑誌を創刊したい…。HPだけでは飽き足らなくなってきている。
2026.2.11(水)
バスが横浜に着く。少しあたたかな、春のような雨が降っていた。身体が致命的に重い。いや。荷物が普通に重いのかもしれない。 24時間営業のマックに向かう。昨日、赤切れてしまったアキレス腱のあたりが歩くたびに痛む。ガラスに映るびっこ引きの姿を見て、少し可哀想すぎる気がしたので、痛みを我慢して普通に歩いた。 ソーセージマフィンとコーヒーを注文する。ソーセージマフィンは小麦粉の死骸をすり潰して固めたみたいな味がする。いろんな死に方がある。 僕の横に立チションをしにきた青年は、おしっこを終えると小気味よく手も洗わずにトイレを出ていった。横浜という街。 僕は、青年がおちんちんを持った手のままで押した扉を、洗った手で押した。すなわち押した瞬間におちんちんを持った手に後戻りである。 水曜日の休日。建国記念日。おちんちんの扉。
小野と落ち合って、川崎の岡本太郎美術館へ行く。色々話したんだけど、うっかり書くと伏せた方が良い事まで書いてしまいそうなので、すべて割愛。 もう三度目くらいで、特に熱情のようなものは湧かなかった。その代わりに、一体ゲイジュツカっていうのはどういう生活なんだろう…?と思いながら、岡本太郎が絵を描いている映像を観ていた。 朝は何時に起きるんだろう。夜は何時に寝るんだろう。普段はずっとアトリエなのかな。それとも外出する方が多いのだろうか。 そしてそういう一日を、僕は送りたい、送れるのだろうか。…
いろいろ想像してみたが、いまひとつピンとは来なかった。来月くらいから、毎日午後出勤にするかという提案が芦田からあったが、それに乗ってみてもいいかもしれない。 自分自身の手で一度、生活をつくってみる、試してみる必要がありそうだ。書く。読む。走る。そういう習慣をつくる。 今は文学、というものに対して、腰を据えて向き合いたい。僕は今まで「文学」みたいな、そういう顔立ちの小説を読んだ経験があまりない。 この人の本はまとまって読んだ、この人の文体は身体に染み込むほど読んだ、みたいなものがない。 漱石の「こころ」すらしっかり読んでいない。あんなに何回も授業でやったのに。知らないあいだに知らない人が、ふたり死んでしまったお話になってしまっている。 文学を読む、現実世界から少し溶け出してみる、それを持続可能なかたちに落とし込む、気合で夜更かししない、発狂しない、つくることに依存しない。 そういう訓練が必要だ。狂気で書いて、狂気のうちに落ちていくのも一つの生き方だけれども、それはそうなってしまうもので、そうじゃないように生きようと試みる必要はあるだろう。 そんなことを考えていた。
家系ラーメンを食べ、カラオケに行って三時間ほど歌う。声を出すことがずいぶん減ってしまったからか、何度給水しても、水分を失った僕の喉は回復することができなかった。 小野は「シェリー」を歌っていた。他にもいろいろ歌っていた。夢を脇に置いて、お前を愛すよ、みたいな歌ばっかりじゃないかと思った。 確かに、夢も女も、どちらも片手ではなく、両手でつかみ取りに行くものなのかもしれない。分からない。 この逼迫した感覚は、三十代を迎えると自然に薄れていくものなのかもしれない。転がり続ける 俺の生き様を…。
そんな感じだった。おとといのことなのに、あんまりしっかりと思い出せない。またいつか思い出すかもしれない。 何かが依然として噛み合っていない。荷物が重すぎるのかもしれない。実世界への違和感。それを上手く書きとれない違和感。ふたつの違和感。 まだまだ時間が必要だ。日記をしっかり書くためには、しっかりひとりきりの時間が必要だ。11日、12日はそれがしっかりできていなかった。 13日、14日もそうなってしまうかもしれない。不満足。居心地が悪い。全てがうまくいっていないような気分になる。書き切れていないという未練。 カラオケの感じ。電車の感じ。マックの感じ。小野の喋り方。小野が喋っていた事。家系ラーメンの味。登戸の駅のホーム。 曇っている空の感じ。カラオケで流れる映像。ドリンクバーに行くための少し広すぎる階段。岡本太郎の絵の上手さ。 くっつーの家。くっつーの家の天井。電気が自動で着く廊下。北向きの寒い部屋。リビング。太い梁。家族それぞれにあるシャンプー。トイレでは手を洗わないこと。 ひとつの部屋にふたつ同じカレンダー。リビングとダイニングにも同じシーリングライト。ロボの顔の一部が天井になっているみたい。それぞれの本棚。 アキレス腱に貼った絆創膏。送らないといけない交通費の領収証。しようしようとしていない坂口恭平への電話。ねじまき鳥クロニクルが読み終わったこと。 僕のやりたいこと。家族。友だち。…こういったことが書き切れていない。とても疲れていて、一瞬で眠気が到来して意識を失った。 失われゆく意識の中、まるで性交を終えたあとみたいなスピードの睡魔だ…と思った。僕の体力の問題かもしれない。 暗闇の中のさらに濃い暗さのふたつの身体、その身体が持つ湿り気、カーテンのあたりが少しだけ明るくなっていること、最後に背中を布団の上に戻す瞬間に終わる映像、を思い出した。
2026.2.12(木)
くっつーの家のリビングで、朝の九時頃に目が覚める。既にリビングでは生活が始まっていた。 朝ごはんを頂き、机の上のバターが、部屋の温度でゆっくり柔らかくなっていくような時間が流れる午前中を過ごす。 すこしだけくっつーの修士設計のお手伝いをした。 その流れで昼ご飯も頂く。だいぶ厚かましいような気もする。このまま一日中家にいるのも気が引けるので、現像したフィルムを受け取りに行くことにした。 半蔵門線から丸の内線へ乗り換え、新宿へ。そこから三十分ほど歩くと、現像ラボがある。 今回はじめてプリントしたのだけど、やはりプリントすることは、とても重要なことだった。 写真が物体として存在することで、はじめて考えつくことがある。ツルツルとした紙の感触を指のひらに感じながら、一枚一枚眺めていくと、撮った瞬間の気分が鮮明に思い出される。 悲しい気持ち。独りよがりな写真ばかりだ。僕以外の人がこれを見ても、何も思わず、何も感じないのかもしれない。しかし日々の精いっぱいがここにはある。 僕にとっては重要なことだ。もう少し個人的ではない写真が撮りたいが、そこに至るまでにはこういう写真も必要なのではないか。 そうあって欲しい。神戸に戻ったら、部屋の壁に写真たちを貼っていこうと思う。写真集のイメージ、湧いてくるだろうか。 写真の裏面にメモを書いていってもいいかもしれない。生じてしまうタイムラグによって、撮った瞬間と違う気持ちでまた楽しめるのが、フィルムで撮るところの、よいところだ。 …こういったことに気づくのに、だいぶ時間がかかってしまった。これからは、これまでのも、全てプリントしていこう。 プリントしたものを眺めるところから、また写真が進んでいく気がする。
現像屋から歩いて40分くらいのところにたくさん写真集を置いている小さな本屋があったので、そこにも寄ってみる。おそらく一、二時間滞在し、数えきれない写真集を眺め、最後には結局、金村修「写真批評」を買う。 写真集じゃないんかい、と店員さんに思われている気がした。逃げるように店を去る。気づけば空は急速に暗くなっていた。 仕事や学校を終えた人々に混じり、たぶん上手く馴染めてはいないだろうけど、彼らと一緒に帰りの電車に乗った。 沢山の人がいた。
くっつーの家に帰り、手伝いの続きをする。夕ご飯を食べて、また手伝いの続きをする。 昨日の夜はまだ新鮮味があったのだが、もう何も感じない、何も思わないになってしまった。無心でただ作業を進めていく。 すべてが面倒くさい。面倒くさいなぁ、と思いながら進める。どうして面倒くさいことばっかやっちゃうんだろうなぁ。 面倒くさいことがほとんど存在しない人生って、どんな感じなんだろうなぁ。そういえば子どもの頃って、面倒くさいって言ったら、そのたび死ぬほどお母さんに怒られたなぁ。 とかを頭の中の空に浮かべながら、作業を進めていた。 コペンハーゲンの最初の日を振り返えると、くっつーの実家のお風呂で頭を洗っている現在の自分の状況はとても不可思議だ。 未来というのはそれくらいよく分からないものだから、それについてあまり深刻に考えるのは、繰り出すじゃんけんを予め決めておくような、それくらい馬鹿らしいことなのかもしれない。 という気がする。一時くらいまで作業を手伝い、プリントした写真を枕元でなんども眺めながら、二時くらいに就寝した。 二泊したが、やっぱりどこか上手くこの家、この部屋に馴染めなかった。 シ♭のところをずっとシで弾いている曲のような、そんな違和感が常に部屋の空気に漂っていた。気になるような、指摘するほどでもないような。 僕の中にその原因があるのか、僕とこの家とのあいだに原因があるのか、そのどちらでもないのか、それはよく分からない。 そんなこんなで休暇は中盤を終え、終盤に突入した。ゆっくりできた実感がない割に、全くやるべきことが進んでいない。 不思議だ。物事を簡単にしていかなくてはならない。少しずつ絡まっているものをほどいていかなくてはならない。 本を一ページずつ読むような辛抱強さが、現実世界でも求められている。
2026.2.13(金)
早起きを決意するが結局は九時くらいにベッドを出る。
ASKAのライブ「昭和が見ていたクリスマス⁉2026」へ。国際フォーラム。有楽町駅をサラリーマンたちと一緒に降りる。 国際フォーラムは外見は駅前の巨大なビルといった感じで、そこへ向かっていく道のりの興奮に欠ける。 真ん中に街路を置いたり、小さいホールを手前に、大きいホールを奥へと配置するのは計画的には正しそうだけど、やっぱり興奮や高揚がない。 そういうワクワクしながら向かっていくのは、僕はとても大事な事だと思うけど、どうなのだろう。 国際フォーラムは良いホールだが、そこへ至る道にワクワクが欠けていて、あまり気に入っている劇場ではない。 会場へ入ると、親世代の人間(女性の方が多い)で埋めつくされている。同じ種なのに、こんなにも外見にバリエーションがあるんだなあと感心する。 バッタなんて、全員おんなじ顔に見えるのに。しかしやはりバッタから見れば、バッタのその外見は様々な様相を呈しているのだろうか。僕にはわからない。 金髪アフロのくせにそんな生意気な事を考えていた。席は一階の22列目の右の方。ASKAから見たら、左の方。眼鏡の度は弱いので、あまりよく見えない。 コンタクトにするって、どうして思いつかなかったんだろう。少し考えれば、分かりそうなのだけど。がんばって眼鏡を斜めに傾けて、時々ASKAの表情を見た。 ASKAはやはり大きい劇場の方が合っている。響かせる箱が、大きければ大きいほど良い。サン・マルコとかハギア・ソフィアみたいな巨大なビザンチン建築で歌ったら、とても良く映えると思う。 そういったタイプの歌い方である。歌声。歌い方。文体みたいなものだろうか。 ASKAの特筆すべき音域は、ミとかファあたりからの中高音域で、そのあたりからの音色、鳴りかた響きかたというのがやはり尋常ではない。 そのあたりから少し声の出し方が変わって(そこからミックスボイスぽく歌っているのだろうか)、男性的な低音地声に、それと全く異なる高い鳴りが入ってくる。 それがミ~ソあたりだと、音量も維持されたままでその独特の鳴りを楽しめる。ASKAの歌声は、ミスチルとかスピッツのような安定的な歌声とは全く違い、5年くらい経つと、全然違っている。 そんなに人間の歌声って変わるものなのかしらと思う。でもどうやらその音域の鳴り方みたいなのは、どの時代も共通みたいだ。 そこの鳴りを聴くためのその他すべて、と言っても過言ではないと思う。ロングトーンとかでその鳴りが来ると、声自体が、声が震わす空気の輪郭だけで、もう大聖堂みたいな感じなのだ。 大聖堂のおとても高いところから差してくる光を見ると神さまの存在を感じてしまうが、ASKAの歌声にもそういった種類の荘厳さと高揚がある。
・曲を書いてデュエットする、という関係性のつくり方
・30歳の歌を68とかで歌うということ 長生きしてみても良いかも
・飛鳥、メロディをつくって、歌詞(詩)を書いて、それをみんなの前で歌う、模倣
・「お金の学校」「生きのびるための事務」
・もりりん、くすのき 結婚相談所
・もしもお金があったら…タバコとか吸いたくなっちゃいそう。
・実家の荷物を回収
・交通費を正直に申請してしまう
・企画書を書く 夢と現実と、そのあいだの場所 ものさし 距離 企画書
2026.2.14(土)
てきとうな順番に書いているために、書き溜めてしまっているために、ここで休暇の総括をする。14日に起きた数々のことは割愛する。 書くと疲れるからだ。トクちゃんとおっちょと三人で散歩していた。そしたら渋谷の変な細い道で、天谷に会った。 天谷のことを少し考えていたら、目の前から天谷が歩いてきた。そういうことってやっぱりあるのかもしれない。と思った。 おっちょは東京駅の地下にある、いつもどこにあるか分からなくなるバスターミナルまで送ってくれた。 おっちょみたいな人がいるから、僕は生きていられるんだなと思った。素直にそう思ったけど、素直に口にするのは気恥ずかしかったので、言わなかったと思う。 おっちょには時々「なんか僕にいうことないの」と言われる場面がある。僕も言うべきことは分かっているし、素直に言っちゃえばいいのだが、元来の天邪鬼で今回も言わずに帰ってきてしまった。 まあでも言わないといけないことではあるから、後日手紙に改めて書こうと思う。僕が態度を明確にしなかったがために生じてしまっている矛盾がある。 それによって嫌な気持ちにおっちょをしてしまっている。それに対しては申し訳ないという気持ちでしかない。矛盾を包み込み切る力がない。 しかしでも、どうしても矛盾してしまうものは、安易に結論づけない方が良いのではと思っている。 この発言もおそらく僕の諸々の発言と矛盾しているとは思うが、でもどちらも僕の百パーセントの気持ちだ。五十パーセントずつの気持ちではない。 人間の中、人間と人間のあいだ、人間と社会のあいだ、社会の中、それぞれの箇所で生じてしまう矛盾がある。 そして人生のどこかしらの瞬間にその矛盾に衝突してしまう。最近はそういう矛盾も、寿命みたいに超克できて、ガンみたいに完治できるといった風潮がある気がする。 でもそんなことは決してないと思う。傲慢すぎると思う。僕は一応そういう矛盾は、子どもの頃から一通り引き受けてきたと思う。 別に引き受けたところで誰も喜ばないし、解決することもできないので、傍から見ると何も起きてはいないが、一応は引き受けている。 憤ったり、不満を表明したりはすると思うが、なんやかんやで嫌な方の意見を無下にしたり、完全に思考から抹殺するようなことはしていないはずだ。はずだ…。 そういうのは人間として、ちゃんとするべき事なんじゃないかと思っている。存在に対しての誠意というか、敬意というか、そういったニュアンスのものとして、基本的にはそういう姿勢をとっている。 そういう形でしか他者に対しての善意を示すことができないとも言える。 上手に話を聞いて共感したり、上手に選曲して上手に歌ったり、上手に愛撫する、みたいなそういうことでまわりの人間を幸せにすることはできない。 普通にあらゆる人間を見下し、自分を見下すあらゆる人間に怯えている。与えてもらったものを、さも自らの力で獲得したような顔で生きている。 そういう卑しい人間であるのが僕だ。まあだからせめて、矛盾くらいは引き受けておかないとな、と思って生きている。 そして結局、そういうのを引き受けて消化しきれず、また改めて周りの人間に迷惑をかけている。 周囲の効率的で合理的な考え方をするタイプの人間から、非効率的で非合理的な生き方だな、という目で見られているのを感じる。 うーん…。……でも、決してそんなことはないんだけれど、でもやっぱり、僕はこうやって生きて、こうやって死んでいくほかないのだ。 死因。矛盾。矛盾死。そんな言葉はないかも。矛盾。分からん。そんなこと言ってないで、生きのびることに集中しなさいよ、という話なのかもしれない。 生きているっていいね~、が正しいんだろうというのは直観でわかる。でも、でも、…疲れたので寝る。続きの代わりに、書きかけの総括を残しておく。 そして脱線しすぎていてあまりよく分からない。とりあえず結婚相談所とか相席屋みたいなのは、許せない。
多分大きくはふたつで、ひとつは、世界にはあらゆる種類の地獄が存在していること、もうひとつは、僕が生きていることに何かしらの価値がありそうということだ。 ドストエフスキーはこの世界にあらゆる種類の地獄があることを示唆していたが…とたしか村上春樹はどこかに書いていたが、それはどうやらその通りみたいだ。 社会的には順調そうに見える人間でも、やはり何かしらの行き止まりに当たってしまっている。 膨らみ続けるあらゆる虚構の世界は、僕たちが考え及ぶ範囲を大きく超えてしまっている。 マック貼ってあるふざけた壁紙(BIG MAC DELICIOUSみたいなことが真剣に書かれている)や、週刊誌の書いてあるふざけた見出しを、真剣そうな顔で考えて、真剣な顔で給料を貰わないと生きていけない。 夜景の見えるレストランで真剣にプロポーズしたり、お世話になった事のない人にお世話になっていますって言ったり、立派に通勤電車でLINE漫画を読む一人前の大人になったり、人の弱みにつけこむ結婚相談所の植草みたいな人間がしっかりお金を稼いでいたりするんだ。 絶対におかしい。はずだ。 僕がこの休暇で会った人間で一番まともな人間は、代々木公園でひとりで卒業式の大声パートみたいなネタ(?)をひとりでやっていたあの青年だった。 あとは北岡くん。北岡くんも数少ない、かなりマトモな人間である。僕に会おうとしてくれる人も、僕は結構マトモだ。 僕の良さをまだ理解していない人間は、本当にもう絶望的な状況に差し掛かっている。終わっている。さすがに言い過ぎかな…。 でも本当にそうだ。身体の中で、人生の中で矛盾が発生していないみたいな顔をしているやつはおかしい。 相席屋でタダ飯食べている美容師の女。が幸せな人生を歩んだりするなんておかしい。 でもそれは、その仕組みを考え出した人が一番悪い気がする。だれなんだろう。オリエンタル・ラウンジのボスは。 脱線しすぎた。 そんな中で辻褄を合わせて生きるには、
2026.2.15(日)
神戸へ戻る。最後の休日。休日のうちにやり切りたかったことは、まだ殆ど終わっていない。素早く夜行バスから降りてみる。 そういうときに限って、トランクから僕の荷物が出てくるのは最後だった。でも気分は良い。どうでもいいことは、どんどん速やかに通り過ぎていくのがいいのかもしれない。 しかし眠い。布団に背中を預けると、身体中の歓声が聞こえる。 さすがにひと眠りした方が良さそうだった。日下との約束は十一時だったので、九時くらいまで二時間ほどの眠りにつく。WiFiを接続したり、欠品リストを作成しているうちに十時くらいになってしまった。 家を出て御影の日下の家へ。隣の知らない街。席替えの日の気持ち。知っていそうで知らないことって、本当にたくさんある。 バスを乗り継ぎ、日下のおじいちゃんとおばあちゃんの家へ。意志のない三角屋根が礼儀正しく並んでいる。 無理やり人間が住む場所をつくった街は、街も人も老いてしまって背中を丸めて咳き込んでいる。 その一方で枝だけの草木が茶色灰色に茂っている。そんな感じの街であった。 日下家は、ざらざらとした白い壁の二階建ての陸屋根、RC造の住宅であった。パラペットが太い、沖縄によくありそうな形式の住宅である。 生ぬるい外気温に対して、家の中は触れるところ全てが冷たい。日下も玄関扉を開けた瞬間に「あったか」とこぼしていた。 食器や本などの様々なものを引き継がせてもらう。抹茶を飲むための淡いピンクの茶碗。 富士山の小皿、青色の玉虫みたいな色のコーヒー・スプーン。 翠という漢字によって表現されるであろう緑色の花瓶。陶器製の鍋敷き。ヤモリみたいな絵が左上に描かれている。正岡子規の本数冊。 座面が麻系の素材で編まれている椅子。そしてそれらを安全に持ち帰るために包むタオル。それらを頂いた。 買ったらきっと、合計数万円くらいになってしまうような品々だと思う。ありがとうございます。大切に使わせて頂きます。 そして日下から椎名誠の「哀愁の町に霧が降るのだ」を借り、僕もお返しに坂口恭平「生きのびるための事務」「お金の学校」を貸す。 貿易。酋長と酋長による交易、経済であった。ふたりで山をななめに下って、神大の横を通って六甲道まで戻る。 自由軒の場所に出来た新しい中華屋で昼食を取る。学生さんですか?と聞かれる。たしかに社会人としては存在可能な見た目ではない。 間違って正直に学生ではないことを伝えてしまう。無料大盛を逃してしまった。不必要な正直さに思わず天を仰ぐ。…
大阪に戻る日下とお別れをして、Wifiが開通した歓びで二回くらいオナニーする。オナニーって、少しストレート過ぎる表現だ。 しかし回りくどく表現する方が、なんだかイヤらしくて良くない気もする。何て言ったらいいんだろう。自慰行為。なんだか少し重大過ぎる気がする。 マスターベーション。悪くないかも。セルフ・プレジャー。なんだか楽しそうな感じがする。え、ぼくも混ぜてよ、みたいな。 次からは暫定でセルフ・プレジャーにしてみよう。素敵じゃないだろうか。なんだか電車の中で口にしても、ほほえましい気がする。
「俺、昨日、七回もセルフ・プレジャーを迎えてしまったよ」
「本当かそれは。誰にでもできる事ではないね」
「恐縮だよ」…みたいな。悪くなさそうである。
やっぱり身体が疲れているので、一時間ほど昼寝をする。もうそのまま朝まで寝てしまおうか…という気分であったが、やりたいくて、まだやっていないことがある。 S極とS極のように背中を布団から離して、ズボンを履き、靴下を履き、上着を着てコメダへと出発する。本を読んだり、ナンバープレート九九を整理したり、日記をこうやって書いている。 日記が追い付かない。そして起きた出来事をなるべく正確に記述するのは、しようとするのは、僕は全然上手ではない。とても苦手だ。 歯医者で口の中の形をとる時に飲み込むあのピンク色の粘土みたいな気分になる。綺麗な歯形が取れたとしたって、その嫌な感じはなかったことにできない。 そんなに目くじらを立てることはないかもしれないけど、目いるか、くらいは立てても良いんじゃないだろうか。休暇になると一人きりで書く時間の確保も難しく、会った人が読んで嫌な気持ちにならないように…とか考えると、どんどん文章が窮屈になっていってしまって仕方がない。 そんな文章はGPAが高いやつがネクタイを締めて書いておけばいいものだ。僕の仕事ではない。じゃああなたは一体、どんな文章を書くべき方なのですか?と聞かれたら、返答には困ってしまう。 とにかく書いているだけだ。中江先生がお前は書くのには向いていないよと言っていたし、寿一も僕のレポートにはCしかつけてくれなかったが、そんなことは全く関係なく、僕には書きたい文章がある。 そしてこれを面白いと思って読んでくれる人が、世界には確実に存在しているのだ。それって結構、凄いことなんじゃないかと思う。 それがごくわずかであることはあんまり重要でなくて、読む人間が存在しているということの方が重要だ。 手応えがある。口の中で感じる痛みくらい、純粋な自分自身の感触として存在する手応えがある。 まあ別に誰も読まなくなったって、僕は書きたいから書くんだけれども、でもやっぱり、読んでいる人がいるっていうのは本当に素晴らしいことだ。 願わくば僕が死んだ後にも、誰かひとり、ひとりで十分だから、僕の文章を面白いと思って読む人がいて欲しい。 そうしたら、それはもう本当に幸せなことだ。 いつも読んでくれている人に、実際のところどれくらいの人が読んでいるのか僕はあんまり分かってないけれど、なんだろう、どういう気持ちを伝えたらいいのか分からないけれど、でもなんだろう、二百万円くらいは貸すよ!みたいな感じです。 口座には九万八千円しかないけれど。みんなって実際のところ、どれくらい貯金してるんだろう。不思議と口にしない風潮がある。やっぱり口にするのが躊躇われるってことは、結構なお金が口座にあるんだろうか。 気になる。気になっていたら、九時になってしまった。急ぐ。やりたいことが終わらない。
2026.2.16(月)
中立的な精神状態だ。穏やかで心地が良い。でも、そうなってしまうともしかして筆圧のある文章なんて書けないんじゃないかと、不安になってくる。 その不安を紛らわすために、今は朝の八時だが、二度寝の前にこうやって書いている。三時間半しか寝ていないから、早急に二度寝をする必要があるのだが。 しかし書けなくなっちゃったらどうしようという不安な気持ちのまま寝ることはできない。だから書くしかない。
朝の部屋は、北側のベランダに続く窓に半透明のカーテンをつけたら、すこし光の質が上品になった。漉された微かな光が、僕の小さな部屋を、微かではあるがしっかりと隅々まで照らしてくれている。 日下家の椅子も、これがひとつあるだけで部屋の中に、空間の緊張感、みたいなものが生まれた。 菊竹清訓は「柱は空間を規定する」みたいなことを言っていたが(不確かな記憶)、この椅子の四本脚が、たとえそれが40センチくらいの高さであったとしても、確かに「空間」というものを生み出しているなという実感がある。 不思議だ。八時半になってしまったので、いよいよ寝る。こうやって少しずつ、朝に書く人間にシフトしていきたい。 しかし、仕事がある日は楽だ。仕事をして、限られた時間でやりたい事をやりたいだけやれば良い。 それよりも休日の方が、やりたい事を全てやり切らないといけない気がして、なんだかとても疲れる。一概には言えないけれども、そういう一週間が誰にでも会うんじゃないかと思う。 …夢を見ている。重たくて素早く展開する夢。 居場所を失って、はぐれて、流れ着いて、そして流れ着いた先の人(飲食店の女将さんみたいな)が夜のうちに殺されてしまって、そしてその次の日の昼、ひとりでハンバーガーの欠片を齧っている…みたいな夢だった。 詳細は忘れしまったが、とにかく次々と、そしてあらゆる種類の重たくて冷たい気持ちが僕の身体を通過していった。まるで何かを知らせようとしているみたいだった。
西浦さんのインスタを見ると、そこには僕が見たことのない種類の、優しくて柔らかな、西浦さんの笑顔が並んでいる。 僕が見ている西浦さんの笑顔は、もう少し何か緊張感のようなものが感じられる。反省の仕方が分からないけど、何かしらを反省した方が良いかもしれない。 安心感があるタイプの人間になりたい。
午後は丸つけをし、食事の支度をし、椅子のスポンジを三角形に切り出したりしていた。仕事。今週のどこかで、お金と時間について話し合わないといけない。 僕はとにかく今、時間が欲しい。給料なんて現状の水準でなんとか暮らせるから、できるだけ多くの時間を手に入れたい。 その時間で「自分の仕事」をとにかくしたい。今僕の仕事は、書くことと、書くためにとにかく読むことだ。その隙間に写真が少しある。 それを毎日やることに全てを賭けたい。ひとまず。村上春樹の「職業としての小説家」を読んだ。 物語を書いていくっていうのは、ある種の空間をつくるようなものなんだなと思った。しかも、千円くらい払えて文字が読めたら誰でも入れる、相当に太っ腹な建物だ。 権力もおそらくそこまで存在していない。僕が目指していきたい空間のひとつである。空間っていうのは、もう一つの異なる世界の提示、みたいな捉え方をしてもいいのではないのか。 実空間をつくっていくのも好きだけど、文章の中に、お話の中に空間、場所、もう一つの世界をつくってみたい。できたら30歳くらいまでにひとつ作れないかな。 そのために、とにかく読んで、とにかく書ける時間が欲しい。もしかしたら僕にはその才能がなくて、あまりにもスムーズなお終いさようなら、かもしれないが、やっぱり一回試してみたい。 才能っていうのが何なのかは、よく分からないけど。とにかくでも、村上春樹は偉大な作家であると思う。本人の分析によると、政治的に不安定な状態を迎えると、自著が売れ始めるらしい。 その感覚は、読んでいる僕にもよく分かる。 国に限らず、自分自身の何か当然だと感じていた基盤みたいなものが、不安に晒されたり、存続が脅かされたり、激しく損なわれてしまったときに、そういうときに村上春樹が繰り返し、繰り返し書いてくれている、ある種の公平さみたいなものが、そういう状況のひとりの人間にとってはかけがえのないことのように感じられるのだ。 自分が守り切れなかった、大切にしたかった何かを、このお話の中にも大切にしようとした人がいて、そういうなんでもない人間について書き続けてくれていることに、存在を肯定して貰っているような気持ちになるのだ。 僕はおそらくだけど、そういうところが村上春樹を結果的に大作家にしていると思う。すなわち日本のみならず世界中で、あまりにも多くの人間が、何かを損なってしまっている時代であると言える。 みんなやれやれ、って思っているのだ。いろんな言葉のやれやれ、があるんだろう。 英語だと「Oh dear」、フランス語だと「Oh cher」、エスペラント語だと「Ho ve…」らしい。ホヴェ…とか言うのかな。 エスペラントネイティブはいないので(おそらく)分からない。 たしかにパッと見た感じは、スノビズム的な、気取っていて鼻につく、知らない音楽の固有名詞と手コキばっかり出てくるお話のように感じられる。 でも、こうやって大きく損なってしまってから村上春樹を読むと、そこに通底している公平さ(もう少しいい表現があるはず)のようなものに本当に救われる。 「ダンス・ダンス・ダンス」の下巻にこんな風に書いてあった。
「僕の言ってることは、大抵の人にはまず理解されないだろうと思う。普通の大方の人は僕とはまた違った考えかたをしていると思うから。 でも僕は自分の考え方がいちばん正しいと思っている。具体的にかみ砕いて言うとこうなる。人というのはあっけなく死んでしまうものだ。 人の生命というのは君が考えているよりずっと脆いものなんだ。だから人は悔いの残らないように人と接すべきなんだ。 公平に、できることなら誠実に。…」
これが村上春樹の本心で、そして世界中で読まれている理由だと僕は思っている。まあ村上春樹の話はいいや。とにかく僕は、お話を書く。 村上春樹にあまりに多くの人間が共感してしまっている時代の悲しさを、矛盾を、それでも生きると言う事をきっと書きたい。そんな大層なものは書けないかもしれない。分からない。 とにかく書く。日記ではなく、お話に力を注ぎこんだ方がいいかもしれない。分からん。まあいいや。今日はここら辺にして、企画書を書く。 僕は女の子と目が合っている時にしか、現実的な諸問題について考えられない。ウソ。目が合っている時も考えられていないかもしれない。 でも、素敵な女性たちのお陰で、僕はかろうじて現実世界と繋がりを保っている。と思う。ありがたいことだ。とにかく、企画書を書く。 夢と現実を最初につないでくれるのが企画書だ。上手く繋がって、僕も現実世界にもう少し残れると良い。これを見せるのが楽しみだ。 惜しみなく全てを注ぎ込みたい。僕の中の溢れる泉をそっくりそのまま、気前よく配り散らかしていきたい。 与えられたものは、同じように与えるためにある。僕の非現実的な妄想も、きっと与えられたものであって、どこかへ与えるべきものなんじゃないだろうか。 少なくともそう信じることでしか、僕は生きていけない。
最近はこんなのばっか書いている。浮き足立っている。空回りしている。もう少ししたら、落ち着いてくるかな。 こんな立派そうで偉そうなことではなくて、日々に散らばる小さなディテールをそっと書き写していきたい。
そういえば、のべちゃんは元気だろうか。久しぶりにのべちゃんに会いたい。のべちゃんも僕の文章を読んでいてくれたら嬉しい。 のべちゃんのあの透明な視線で見つめられても、恥ずかしくないような一日一日を過ごしていきたい。
2026.2.17(火)
何かを急いでいるわりには何も進められていないし、ゆっくり腰を据えようとしているわりには焦り過ぎている。 どういうことなんだろうか。しかし、そんなふうになってしまっている。荷物の受け取りを口実に、ゆっくりとした午前中を過ごそうと思ったが、少しゆっくりし過ぎてしまって、あっというまに十一時である。 荷物には、僕がお願いした冬のアウターとベルト、その他の細々とした筆記用具やら薬やら、そしてトクさんからの手紙が二通入っていた。 トクさんの手紙には、切手が阪神のマスコットだったり、絵葉書の作品が選び抜かれたものであったり(野又穣の「世界の外に立つ世界1」)、小さなところにあらゆる気配りが散りばめられていて、そしてそういったひとつひとつが、時間によって然るべきものとして淘汰され選ばれたものであるようで、なんだかとても落ち着く。 トクさんとトクさんからの手紙には、その背後にまとまったそれなりの時間のような気配が感じられて、それが存在に対する安心感、信頼感に繋がっている。 トクさんの手紙を読むことで、斜めが飛び交っていた部屋には、少しずつ水平と垂直とが、戻ってきたような感じになった。ありがとうございます。 トクさんという存在も、僕を現実世界に引き留めてくれる大切な存在だ。 トクさんっていうのは、会議の最後に一言喋ってくれるだけで、その会議がどんな会議であったとしても、しっかりと意味のあったものになるみたいな、そういった感じの人である。 だいたい僕は慌てすぎていて、トクさんの吟味する時間を待たずに、その一言を聞く前に会議室を飛び出してしまう。 でも後日、だいたいそれは忘れた頃にそのときの言葉を聞くと、静かに温かいお湯が注ぎ込まれていくような、温かいおしっこが静かに便器に放たれていくような、そういう気持ちの良さがある。 ごめんなさい。おしっこなんて下品な言葉で例えてしまいました。そういう時はトクさんはだいたい、確かにおしっこするときも気持ちいいヨネ…と返してくれる。 しかし本当のところ、トクさんの時間をもってその喩えについて吟味すると、やっぱりおしっこは適切ではなかったな、みたいになるのだろうか。 こうやってどこかにちゃんと書いて置いたら、トクさんはしっかり読んで、忘れた頃に教えてくれるのだ。秋に隠して冬に無くしたどんぐりを、あたたかい春の日にそっと教えてくれるのだ。 そういうと意味があんまりなさそうだ。うっかり冬を超え損なうと、トクさんの言葉には辿り着けない。でもそれは、悪い事ではない気はする。 空気はまだ冷たいけれど、確かに春になり始めている午後みたいな、そういうところにようやくトクさんの言葉はある。トクさんはそういう春の午後の妖精さんみたいな人なのかもしれない。 結婚式の友人代表のスピーチみたいな。一回も結婚式に呼ばれた事はないけれど。 その時の気持ばっかりで生きている僕には、こういう時間という自分を超える大きな安心感みたいなものがない。気がする。自分のことは中々よく分からない。
十二時になった。部屋は水平と垂直を依然として保持している。みんなはいつもお昼ご飯をどうしているんだろう、って聞くのを忘れた。 おっちょやとくちゃんや天谷は、どんな昼ご飯を、どんな場所で、どんな気持ちで食べているんだろう。せっかくなら、オフィスの外の薄汚れた小さな日陰がちな公園で、僕の日記でも読みながら、昼ご飯を食べたりしないかい。 友だちや同僚と楽しく食べているんだろうか。でもなんか、毎週水曜日とかだけでも、そんな感じのお昼休みがあっても良いんじゃないかと思う。もちろん僕の日記以外の、もっと信頼できる、時間を勝ち抜いた文章を読んだ方が良い。 のんびりとし過ぎてしまった。お母さんが詰めてくれた荷物は、僕が足りていないものがしっかり分かっていますよと言わんばかりに、昨日買った油性ペンとか、欲しいと思っていたカッターとカッターマットとか、そういったものが入っていた。 親子とは不思議なものだ。うっかり何かの幸運で、僕にも子どもができたりしたら、きっとそういう不思議な何かがあるんだろう。そしてだいたい同じ見た目に収束してしまうんだろう。すまないよ。
穏やかな陽光が部屋を、建物を包んでいる気配が感じられる。もうすぐ春なのかもしれない。雪が解けて、秋のどんぐりが思いがけずに見つかる春なのかもしれない。
穏やかな午前のあとは、いつものような、殺伐としていると言い過ぎだけど、少し乾きすぎているような、そんなところへ戻っていく。 スケジュールを立て、椅子のクッションをつくり、大量の丸付けを片付け、夕ご飯の買い出しへ行き、夕ご飯をつくって塾へ運び、そしてみっちゃん教室の先生たちでAI勉強会のような、眠たい時間の眠たい企画に参加した。 僕は、芦田や他の講師陣とは違ってAIに対して特に興味関心がない。でも、進み方、進め方が分からなかい時にとりざえず雑な相談をしてもしっかり道筋を示してくれるので、それなりに重宝している。 これがもう一段、しっかりとしたビジョンを持ってAIに指示を出せたら、もっと考えていることを鮮明に現実に落とし込めるのだろう。僕にはまだ、そこまでの技術がない。 短い時間で、短く正確な言葉を生み出しせる、そういう芦田のような人間が最も得意とすることのようだ。 僕はいつもダラダラと、なんだか分かりづらい声かけになってしまう。 そんなこんなの勉強会であったが、よく分かっていなかったchromeの拡張機能などの実装の仕方がようやく分かるようになる。 芦田はPDFを一括結合DLするコードを叩いて実装し、僕は二回生の子の取得単位数(42.5)とGPA(1.71)が常に画面の右上に表示されるためのコードを書いた。 何の役にも立たないことしかやはり僕には思いつけなかった。芦田と他の二人は、もっと効率的で実用的な何かを生み出そうとしていた。 実用的すぎて、僕にはさっぱり分からなかった。まあいいや。十二時くらいに終わるはずが、なんだか盛り上がってしまって、結局一時半くらいまでコードを打っていた。 二回生の彼らは二十歳だが、僕はもうすぐ二十六歳なのだ。限界であった。少しばかり面白くても、根本的な興味がないものに対して夜更かしするのは、もう本当にしんどい。 でも、十二時過ぎくらいに、僕は眠いから途中で帰るよ…とも言い出せないし、結局そんな時間までやってしまった。でもchrome拡張を使えるようになったのは嬉しい。 何かの役に立つとも思えないが、この歳になってからの、目に見える成長というのは思っている以上に嬉しいものだ。 二十六歳にける目に見える成長といえば、年間で百五十万くらい稼げるようになったこと、次郎ラーメンの麺大盛(300→400g)を食べれるようになったこと、一日1000~2000字書けるようになったこと、この三つくらいだ。 まあそんなもんだろうか。あらゆるものの量をしっかり把握する必要がある。眠い。ずっと眠い人間みたいだ。村上春樹の短編小説「眠り」は、まったく眠れなくなってしまった女性のお話だった。 村上春樹が女性の一人称で書いていて、なんだか少し変だった。靴下だけ男物のままみたいな少しばかりの違和感。死は、眠りの延長ではなく、闇の中の果てない覚醒だったら、みたいなことが書いてあった。 アンナ・カレーニナ。たしかに死が意識の喪失とは限らない。それは意識を失うより、もっと恐ろしい事のように感じる。もしそうだったらどうしよう。 そんなことを考え切ることもなく、普通に一瞬で寝落ちした。
2026.2.18(水)
今日は、意中の女性(匿名希望)に企画書を見せた。鰆ビルをつくりませんか、という企画書だ。鰆ビルっていうのは架空のビルで、将来的に誕生し、そこの一階には北岡くんの自転車屋が入る。 一階の奥にはカフェのカウンターがあって、そこで注文し、すぐ横の吹き抜け階段で二階に上がれるようになっている。 二階のカフェの、彼女の楽しそうな感じは、大きなテラスとか大きな窓とかによって、街に完全に知られてしまっている。店内には北岡くんが古今東西の音楽を流してくれている。 あんまり人で溢れてしまってもいけないので、駅からは少し遠くにある。 二階か三階には僕のギャラリー、無料の美術館がある。僕がつくった、おっきいおちんちんみたいな彫刻とか、落書き同然の絵が高値で売られている。 北岡くんの写真も売られている。僕の写真もその横に少し売られれているといい。鰆ビルの機関誌も売っている。なぜかとても分厚い。 しかしみんな買っていく。その上の階には、僕のアトリエとか、北岡くんの暗室とか、カメラ屋とかがある。屋上は菜園になっている。 北岡くんはそこで一日に三十回くらい煙草を吸う。吸い過ぎだ。…
こんな感じの妄想を、もう少しちゃんとパワポにまとめて、薄暗い居酒屋のカウンターでPCを広げて、プレゼンをした。上々。通った。 嬉しかった。これで僕は、その女性に合法的に会える。北岡くんにも会える。僕は油断するとすぐふたりに、クソみたいなLINEをしてしまう。 ふたりがいないと結構本格的に生きていけない。そういうえば今日は北岡くんの誕生日だ。めでたい。
何かプレゼントをあげようと思うんだけど、あげたいものが多すぎて、何をあげたらいいか分からない。普通に通帳とかあげても良い。 結構なお金が入っている通帳。さすがにあげすぎなので控えるが、でも普通にあげても良い気がする。その女性にくださいって言われても、普通にあげてしまうがする。 小倉くんにはあげるか微妙だ。でも、半分くらいあげると思う。そんなことはどうでも良い。何を話そうとしていたんだっけ。
とりあえず、プレゼンが通った。僕はそのふたりから、泉みたいに才能がどんどん湧き出してきているのを感じる。 僕よりも湧き出しているし、僕よりも多くの人に届けていると思う。 いや、そんなことはどっちでも良くて、僕はシンプルに、ふたりと会いたいというだけなのだ。 それが数少ない、僕と現実世界が繋がっているところなのだ。ほかの道は全てへんてこなところに繋がってしまっている。 生きていないから死に垣とか、干からびたなすびの乗り物とか、道端で倒れているアロエの鉢植えとか、そんなところにしか繋がっていない。 そういうところにしか繋がっていないから、僕はあまり女性に好かれない。安心感、みたいなものが徹底的に欠如しているらしい。 本当にそうだろうか。たしかに現実的な人間ではないけれど、僕は、僕と一緒にいたら結構おもしろい人生になってしまうと思う。 死ぬときに、さすがに面白かった…と思っちゃうと思う。でもそういうことじゃないみたいだ。安心感。 逆に子育てとか終わったら、みんな刺激を求め出して、僕を激しく誘惑し出したりするのだろうか。掛け持ち不倫。それはそれで素敵な気もするし、なんだか釈然としない気持ちになる気もする。 基本的に僕の特性は、あんまり恋愛的局面において有利に作用しない。悲しいことである。 その女性も、学部生時代からの僕のツイッターのファンだったのに、どうして僕と結婚したくならないんだろう。僕にはわからない。 そういうものなのかな。現実的な思考というのは難しい。たしかに僕は、なにか間違った夢を見続けているような気もする。 僕は自分が結構「お金人間」、お金を生み出す人間なんじゃないかと思っている。 少なくともそこら辺に転がっている人間たちに比べれば、お金だ。お金そのもの。経済そのもの。感じる。気前の良さ。流れるもの。 確かにでも、少しスピードは足りない。もう少しスピードがついてくると、もっと良い感じなんじゃないか。本当にお金が発生し始めるんじゃないかという気がする。
しかし僕は、その女性との長くて細い関係を手にした代わりに、何かひとつの大きなものを失ってしまった。 もっと潔く、瞬間的な関係性というのもあったと思う。僕も彼女が大好きだし、彼女も僕を好いてくれていると思う。 でもそういうことではないみたいだ。肌の奥のあたたかさ。布団以外のぬくもり。 夢の中ばかりで生きているのに、こういうところだけ現実的な温かさを求めるというのは、しかし卑怯な話だ。しかし、背中が寒い。
靴の中で余っているスペースを確認するように動かす足先のように、身体を布団の中で弄ばす。静かな部屋に音はない。 結局、中途半端にいろんな人に好かれて、結局ひとりぼっちで死んでいくのだろうか。 僕のことが好きな人は、それなりにいるが、でも僕はやっぱり一人の部屋にどうしても帰ってきてしまう。 これは逃れられないことなのだろうか。寂しい。灯りのついた部屋へ帰りたい。部屋の中をどんなに探しても、僕の音しか聞こえない。 こうやってこの部屋で、自分の音だけを聞きながら、命は終わっていくのだろうか。 自分が点けた灯りか、自分が消し忘れた灯りを最後に見てから死んでいくのだろうか。 みんなは死んでしまってはダメだよと言うけれども、何をもってそんなことを言っているんだろう。 死んでしまって何が困るんだろう。取返しのつかないことは他にもたくさんある。 僕が死んだって、少し悲しいだけなのだ。それは絶対にそうだ。 卵の黄身が少し小さくて悲しいとか、冷たい風がひゅうひゅう吹いていて悲しいとか、目の前でバスが行ってしまって悲しいとか、そういう種類の悲しいだと思う。 それ以上になり得るだろうか。誰かの死が。肉。肺の穴。冬の空のとんび。
2026.2.19(木)
昨日は疲れ果てて十二時になる前には寝たのだが、普通に早起きは出来なかった。気づけば八時である。 本当はでも、それくらい寝るのが良いのかもしれない。三月からは新たな働き口を探さないといけない。 正社員になっても良い。正社員にならなかったら、まあ今と同じくらいの、生活保護位の給料だ。 しかし、お金を持っていることより、時間を持っている方がリッチな気もする。 自分が持っている時間の、その中での漂い。耽り。やっぱり、一人の時間が必要だ。とても当たり前な結論に至る。 多くの人が気づいていたことに、今気づいた。一人の時間って、必要なのか…!だからみんな、一人の時間を大切にしているのか。 でも普通の会社の正社員って、月160~200時間とかで、30万円とかもらえるって凄いことだ。錬金術だ。違う国の違う話に聞こえる。 悪いことをせずに、人間の根源的な欲望に奉仕せずにそんなにお金がもらえるなんて。 大きい会社はその箱の大きさに、特殊な何か魔法のようなものを隠しておくことができるのだろうか。高度資本主義経済。 実感として残っているもの。手に取って持って帰れるもの。 同じ車両でLINE漫画を読んでいるおじさんや、顔が長いくせに黒いコートを着ているからそれっぽく見える男。 そういったものを目にしたあとに生きる意味、みたいなものを考えると、何が何だかさっぱり分からなくなってしまう。 みんなでも、そういう手応えみたいなのを求めている。それはいつか戦争というかたちで実を結ぶのかもしれない。 そう思うと、SNSに熱狂しているくらいでちょうどよいのかもしれない。どんな時代も考えを持たない多くの人は、そのシステムを構成する要素として機能する。 しかし人混みの温もりが、ある。心地よいタイプの温かさではないが、しっかりと温度を持っている。それはとても羨ましい。 どんなにいろんなことがおかしくとも、そこに少しばかりの温かさがあるんだったら、やっぱりそこに居続けたいと思うのだろうか。 いろいろ想像して書いて見ているけど、やはり人間の集団、というのはイマイチ測りかねる存在だ。 一人の人間、もしくは二人の人間というところから考えるのに比べて、よく分からないことが多い。 個人主義思想とコスモポリたリズムは近いのだろうか。それとも遠いのだろうか。カーンや宮沢賢治みたいな考え方は二十世紀的なものに留まっているのだろうか。 壁。卵。卵ばかりの世界。…読まれていると思うと、中々筆が走らなくなってしまう。頭に浮かぶ読み手を抹殺しないと。疲れた夜に書く方が、やっぱり良いのかもしれない。 九時になった。
今日はカーテンレールの改造、机の角のやすり掛けとたわみ補強、残りの社長机の設計などをしていたら九時半とかになっていた。 しかしカーテンレールっていうのは、もう少しマシなデザインで売り出し始めても良いんじゃないのだろうか。結局僕たちは、カーテンをどんなに良くしてもカーテンレールがダサいという結論に至り、カーテンレールを勝手に分解して一本のみを窓枠の中に再設置する、という作戦で開口部を改修した。 だいぶすっきりしたと思う。し、これくらいが既製品の標準的な美意識であっても差し支えないと思う。どうなんだろう。窓辺は注意深く設計しないといけない。 カーテンも美意識が欠如した製品が横溢している。どうしてこうなってしまうんだろう。選びようがない。カーテンレール、カーテン、ここら辺は自分で作れるようになっていた方が良さそうである。 ユザワヤにまた行って勉強しよう。おうちのDIYも実験していってみたい。芦田はさっき僕の布団に寝転がりながら「舟木の家の、下北沢の売れなくてモテないバンドマンみたいな家の感じが良いんだよなあ」ととても嬉しそうに言っていた。 少しわかる気がする。売れなくてモテないバンドマン…。そんな僕に未来はあるんだろうか。でもあれは本当にうれしそうな顔で言っていた。心からこぼれ出た言葉であった。 売れたいし、モテたい。…部屋を焼き払って喉から血を吹き出しながら歌うしかないんだろうか。売れないバンドマン…。売れないのか…。 どうしたらいいんだろう。細々としがみ続けるしかないのだろうか。一方芦田は今日僕に、25年後までの長期計画を教えてくれた。凄すぎて僕には想像は出来なかったが、芦田にはしっかり見えているのだろう。 だからそうなるに違いない。僕はそうしたら、どういう長期計画で生きていくんだろう。売れないバンドマン25ヶ年計画…。売れたい。売れない…。その繰り返し…? 建築家、作家、彫刻家。この三つがやれたらでも、僕は嬉しい。もう少し猛烈に頑張ろう。いや、逆にもう少し力を抜いてもいいのかもしれない。 どうせずっと売れないのだ。もう投げやり、いっそ槍投げハンマー投げになってしまおうか。お酒が飲みたい。しかしお金はない。育ちも良すぎる。 僕ってちゃんと絆創膏も常備しているし、テッシュハンカチも常に持ち歩いているし、敬語は使えないけど、概ね礼儀もしっかりしているのだ。まともな人間過ぎる。 まともな状態で頗る狂っている。どうなっているんだろう。まぁ長期計画でも立てるか…。長期計画があれば、もう少し健康に生きようという意識も生まれるはずだ。 長い長い下積みが待っている。でも、売れちゃうよりもそれは幸せなことなのかもしれない。しかし売れずに死んでいくのか。昨日はあんなに自信満々だったのに、もうすっかりシナシナになってしまった。 長期計画…。何をどうしていったらいいんだろう。二十五年。五十歳。しかし石山修武の本には「建築家のピークは68歳」って書いてあった。そうなるとあと下積みは42年。長い…。 68歳になったらモテるのかな…。トホホホホ。もう死んじゃうわよホトトギス。まあいいや。どうすることもできない。もしかしたら僕のような人間が進化の過程で環境に適応して残っていく世界が到来してしまうかもしれない。 そうなるとでも、世界中が下北沢の売れないバンドマンになってしまう。そんな日は来なさそうだ。どこで人生を間違えてしまったんだろう。僕なりに一応、その時その時の精いっぱいで、人生の諸問題に向き合ってきたつもりなんだけどな…。 何かやっぱり最初の過程が間違っていたのかもしれない。とにかく頑張って下積もう。明日も頑張って働こう。今日もこっからもうひと頑張りして、自分の家の家具でも考えてみよう。 幸い、やりたい事はたくさんあるのだ。ひっそりと生きていけはする。しかし売れないバンドマン。誰にも届かない歌。調子のずれたギター。夕暮れの下北沢。 遠ざかる豆腐屋のラッパ。学生たちの笑い声。右から左へ。左から右へ。それが通り過ぎるだけの、売れない部屋。これでもやはり、生きている方が良いと言えるのだろうか…?
Все счастливые семьи похожи друг на друга, каждая несчастливая семья несчастлива по-своему.
幸福な家庭はどれも似通っているが、不幸な家庭はそれぞれの形がある。 あ。父親とまた同じことをしてしまった。僕と父のあいだには、ひとつの同じ不幸の形が存在しているようである。
2026.2.20(金)
昨日の「売れないバンドマン」という言葉がずうっと響いている。れないバンドマン、バンドマン…。 それをどうしても無視することは出来なかったので、白い裏紙を三枚取ってきて、それぞれの紙の左上に、「今(2026)」「10年後(2036)」「2026年のスケジュール」とマジックで書く。 そして1日24時間の円グラフと、その周りに何をやっていくら稼ぐかを書いていく。やりたいことはすぐ埋まるが、過ごし方の円グラフと、いくら稼ぐかのイメージがどうしても出てこない。 10年後に1000万くらいと思って書きだすが、500万円くらいにしかならずに終わってしまう。項目は、作家、建築家、彫刻家、写真家、鰆ビル、プライベート。 プライベートには、北岡くんと一緒に住むと書く。禁欲的だ。しかしさうがになんか結婚している!とは書けなかった。誠実な売れないバンドマンなのだ。 10年後。2036年。37歳。Atelier YAMORIがついに本当に会社になっていてほしい。合同会社だろうか。建築も、何かひとつ自分で設計したものができていると嬉しい。 写真集も売れてなかったとしても、いつ売れてもいいように毎年1冊くらいのペースで出来ていると嬉しい。鰆ビルも毎週動画投稿したら、#500になっているはずである。 そうしたら500回記念で、海外ロケに行きたい。タイで幻のコーヒー豆を探したい。彫刻もどんどんつくっていて、1個を20万円の値段をつけて、売れるように待ち構えていたい。 お話もどんどんと書いていきたい。まずは短編、中編のお話をなんとか書けるようにしていき、37歳の頃には長編を一本書いていたい。妄想をしっかりとひとつのお話にしたい。 円グラフの方にも着手する。やっぱり7時間くらいは寝ないと辛い。23時に寝て6時に起きる生活と仮定する。6時から10時までは執筆。やっぱり書くのが一番だ。 10時から12時で走ってシャワー浴びて昼飯を食べる。昼飯は納豆ご飯、サバ缶、キムチ、鶏肉。そのあたりが登場する。午後は昼寝後、13時から建築の仕事をする。それを18時くらいに終え、 18時から20時まで夜飯とお風呂、20時から23時のあいだに、彫刻と読書。とりあえず10年後はそんな風に過ごしているのはどうだろう。まだイマイチぴったりと来ていない感覚がある。 着々と何かは出来ていそうな気がするが、しかしやっぱり売れている予感はあまりしない。こちらも釈然としない。でもとりあえずすべてを埋めた。だいたい9時半くらい。力尽きたので一旦一息。二度寝しようかどうしようか。
そうしているうちに芦田が来て、面接先の摂津本山に連行される。深川先生にすれ違う。声を掛ければよかった。 芦田が面接している時間のあいだ、することがないので、芦田が勧める「カフェ デ フェロー」へ。そういえばカフェの勉強をするんだったなと思い出し、なるべくその時の状況をメモした。それがこちら。
25平米くらい。摂津本山駅から歩いて2分。線路沿い。南向きの道路に面している。1階。 2階はもしかしたら働いている人が住んでるかもしれない(帰りに確認したら、別テナントが入っていた)。 カウンター4席、4人席×5、金曜日の朝10時なのに客が9人。古い校舎にあるタイプのクーラー。金属製のぶら下がり照明。 客層は、おじさん、マダムマダムマダム、外人、寝巻きの金髪アフロ(僕)。店員さんは感じのいい貴婦人ふたり。 ひとりがキビキビと動いている。もう少しゆっくり動いてもいいかもしれない。もうひとりはカウンターの中ですまし顔だ。いけすかない。 机の上には白い花が生けてある。壁には、メイドインチャイナのムーミンの原作見たいな絵が飾られている。 天井には梁。化粧梁?イギリスのようなイメージだろうか。夜まで営業しているみたい。少し声を潜めて喋る。左官壁。白漆喰? カウンターの奥の棚にはコーヒーカップが、音楽室の肖像のように無意味に飾られている。棚の奥の壁は赤い。 もう少し赤を積極的に差していくと、モダーンな気がする。モーニングは最安で825円。最高で1100円くらい。 やはりこれくらいの客単価が必要なのだろうか。摂津本山の街には合っている気がする。デートで訪れるのも悪くない気がする。 おばさんの電話の声はでかく、出口までの足取りは遅い。ワイングラスも吊るされているから、夜はワインが出てくるんだろうか。 よく見ると、木や壁がけがかれている。意匠的に効いている気はしない。鼻毛が出ていないか心配だ。鼻毛が出ているか心配にならない種類の喫茶店が良い。 パンは思っていたよりでかい。卵も心無しか白い。トーストも美味しい。おばあちゃんちで味わえるタイプの美味しさ。 バタートースト。よく見たら水槽があった。大きな造り付けの水槽に、小さな熱帯魚が泳いでいる。 ゆで卵は程よいゆで加減。ダークウォルナット色の机や椅子。カウンターの片隅の籠にゆで卵は積まれている。 BGMはゆったりとしたクラシック。イギリスの、ハーフ・ティンバーの窓から雲に漉された弱い光が差し、窓の向こうの芝生を見ている。 ちょうどそれと同じ瞬間には、埃にまみれながら家族総出で、コーヒー豆を作らされている人々がいる。 ホモ・サピエンス内でのそいう食物連鎖の素直な残酷さを口で味わいながら、いや、そういうことは考えずに、コーヒーは味わう物なのだろうか。 分からない。僕が水草が茂る水槽の中の小魚を見つめるように、水槽の中の僕を誰かが見つめている。 ショパンの曲(曲名が思い出せない)が流れ始めた。
こうしているうちに芦田は帰ってきて、面接の手応えの話から様々な話に、濁流の勢いで全てを呑み込んで流していく。 話は僕がなぜ「売れないバンドマン」なのかというところにも及び、それは車輪の再発明を楽しみ過ぎているからだと指摘される。 だから趣味だよね、売れないよね、安心感がないよね、というお話であった。思い当たる節しかない。何の車輪を再発明するのか、もう少しよく考えてみては、というお話であった。 マツダの車輪ではなくて、テスラの車輪を再発明しなくてはならない。たしかに僕には、芦田のように現在と未来を正しく把握して、新しいものへ進んでいくような力はない。 結果、目にしたことがある道が多くなってしまう。しかし、僕の人生においては道であり、初めてであるのだから、それはそれでやる価値があるという気もする。 しかしそうすると、あまりお金にはならない。これが困ったところだ。恥ずかしがらずに、お金に換えていかないと。…
コーヒーを淹れる紙パックに注がれすぎてしまったお湯のように、時間差であらゆる言葉が頭の上から流れ込んでくる。どうしよう。 もう一回、朝の計画を考え直してみないといけない。どういう人生にするのか。とりあえず2026年の目標は、つくるリズムをつくること、その中で年収二百万円に突入することと書いた。 バイトだけの個人事業主になって、お金に関する量を把握してみようと思う。細かいところまで全部計算して、アーカイヴにこれも公開してみようと思う。 そして今年つくりたいリズムは、
・写真集(毎月ダミー本を1冊つくる、八月にふげん社写真賞に応募してみよう!)
・毎月DIY1個つくる or コンペ
・短編のお話を毎月1つ書く
・動画4本
・出来たら彫刻ひとつ(無理なら版画)
これで行ってみようと思う。できたらとても偉い。あとはバイト。寝る。食う。そして車輪作り…。 売れないバンドマンなりに、良い車輪をつくれるように、ひとまず動き出そう。動き続けよう。 踊り続けよう。明日も引き続き人生計画について考えてみる。金曜日の夜について想像してみる。 恋愛というのは、これは僕の仮説だけど、現実的な人間と現実な人間の身に許される、非現実的な瞬間なのかもしれない。 非現実的な人間には訪れない種類の時間なのかもしれない。非現実的な僕は一人布団の中で服を着ていて、現実的な二人は布団の中で裸で抱き合っている。 そのイメージが僕の頭に浮かび、やがて部屋を優しいふりして包みこむ。夢の中へ逃げ込むように、枕をしっかり両腕で抱いて僕は目を閉じた。
2026.2.21(土)
「両方ともの居場所が定まっていない充電器というのは少し心もとなくて、いつもどちらか片方を慌てて差してしまう。 そしていつも片方を差してから線の絡まりに気づき、慌てて差してしまったことを悔やむ。 そういうことを繰り返して、そのうち慌ててコンセントを差さなくなる。それが大人になるって言うことなの」と鰆は自分にも言い聞かせるように言った。 僕も自分に言い聞かせるように首を縦に振った。
今日は自分は作家だという認知で朝を迎え、そして物語を書いてみた。二時間半くらいで4500字。原稿用紙11枚分が書けた。これが作家の一日か…! 午前十時の光がとても心地いい。朝イチで、少し遠い所までお出かけして、帰ってきたみたいな感覚がある。これを毎日するのが、作家なのか…。。。 とても穏やかに興奮している。興奮しているし、日記に力を逃すのは勿体ないので、途中のどこか一部分を以下に書いておこう。キモチイイ…。
朝日と夕日の違いについて、僕はときどき、真剣に考え、そしてもちろん混乱してしまう。 もし今突然、トップハットを手に携えたおじさんが目の前に現れて、尖った靴先をステッキでいじりながら僕に「少々質問をさせてください。この写真についてです。空が少し赤らんでいるこの写真、これは朝日を写したものなのでしょうか。それとも夕日を写したものなのでしょうか?」と尋ねられたらどうしよう。 たしかにそういう風に問われると、これは朝日の写真のような気もするし、夕日の写真のような気もする。 これから徐々に明るくなっていくような気もするし、徐々に暗くなっていくような気もする。果たして一体、どっちなんだろう。 そう思うと突然、怖くなってきた。もしかすると僕は、今までの人生の中で朝日と夕日を取り違えてしまったことはなかっただろうか。 その謝った判断によって、何か大きく自分の進む道をゆがめてしまったことはなかっただろうか。
目の前のおじさんの革靴が左右に、もしくは右左に揺れている。 突然、頭の中の水準器を盗まれてしまったみたいに、水平と垂直が取れなくなっていく。 あからさまな僕の動揺に対して、トップハットのおじさんは優しく語りかける。
「お分かりになったようですね…。でもそんなに心配することはございません。そのような取り違いはこの世界ではよくある事です。取り違いさせようとしてわざと分かりづらく仕組まれているものも少なからずあります。…あなたばかりが大きく間違えているわけではないのですよ…」 少し安心して、おじさんの言葉をゆっくり少しずつ、まるでコーヒーを淹れるときのように頭の中に浸み込ませてみる。 …あなたばかりが大きく間違えているわけではなにのですよ…?確かにおじさんはこう言っていた。 要するに、少なくとも僕は「大きく間違えている」っていうことなのだろうか。改めておじさんの目を見てみる。 その目は不思議な穏やかさを湛えている。僕はなんとなく、霧がかった夕暮れの琵琶湖を思い出した。 おじさんの目はその通りですといったニュアンスを含んでいた。そうだったのか…。 僕はゆっくりと目を閉じて背中を後ろに倒す。脇に脇にかいた冷たい汗を感じる。 しばらくして目を開けるとそのおじさんは見えなくなっていて、代わりに自分の部屋の天井が見えた。
誰かひとりの得のために、僕、大工さん、天井メーカーの営業マン、天井メーカーの工場課長、その他の関係する全員が少しずつ損をしているかのような天井だ。 シミも汚れもひとつもないが、既に充分なみすぼらしさ、貫禄あるみすぼらしさを有している。 まだ部屋の水平と垂直は朝日と夕日の違いについて確信を持てていないようだった。
楽しい。満ちていく水、流れていく水を感じる。
「海辺のカフカ」を読む。上巻が読み終わった。「想像しても良いですか?」と書いてあった。自分で向かっていったことと、自分の方に向ってきたことについて書いてあった。 このようなことはずっと書かれているテーマである。事態の方が向こうから迫ってきているんだよ。しかし僕には暗示的すぎてあまり理解が進んでいない。。 受動と能動のあいだの中動態みたいな話だろうか。しかし体感としては僕も感じている。事態の方から僕の方に降りかかってきている。僕は芦田に連れ去って欲しいとは思った事は一度もなかったし、想像することもなかった。 しかし芦田は唐突にやってきて、僕の人生の軌道を唐突に変えていった。またしかし、一方でそれは何かしらのところで僕が招いた事態である、という感覚もある。このことをこれ以上うまく言葉にするのは難しい。 個人の言葉や感情を超えたところで起こっているような、まるであらかじめ書かれていた台本のような、そういう抗えない宿命みたいなふうに感じてしまう。 そんな感じの困惑がある。全く想定していない事態だけど、これってもしかして僕がそうなるように招いてしまった事態なのか…?みたいな。うまく伝わるだろうか…。 この煮え切ることのない感情は、どう保持していけばいいんだろう。ずっとそのことについて、考えている。そしてひとつ分かってきたのは、どんなに考えても何も人生は進まないので、こちらから事態に飛び込んでいくしかないということだ。 村上春樹のお話も、僕の人生もそうなっている。他のお話もそのようになっているようだ。考えれば考えるほど、頭は鈍く、重くなっていく。本当に分からない。難しい。しかし呑み込まれていくほかない。 お前は間違っている、という周りの人間の顔々の表情が浮かぶ。社会的な仮面。僕ひとりが考えていることが立派だとはとても思わないし、もっと上手くやれるじゃんという話も分かる。 しかし、こうする他ないのだ。意志は秩序も志向するが、本来の意志は、さまざまな矛盾の引き裂かれる火口のようなところに生じてしまう真っ赤なものだと思う。 分からない。しかしこういう部分が、僕と芦田を大きく隔てているところの様な気もする。逆に一番近しいところな気もする。お手上げ。分からない。矛盾している事柄を理知的に説明する技術が僕にはない。 数学の証明のように、簡潔明瞭、ひとつずつ、順番通りに伝えたいのだが。……
話が脱線しすぎた。①「想像しても良いですか?」と書いてあった。②自分で向かっていったことと、自分の方に向ってきたことについて書いてあった。 これに続く③についてがここから再開する。③生霊について書いてあった。エジソンの発明以前は、実際の闇は日常的なものであり、実際の闇と心の闇は不可分なものであった、といいったことが書かれていた。 僕は明るい世界に生まれてしまったため、たしかに暗い、ではないほんとうの闇を、あまり経験したことがない。しかしどうやら、本当に自分の身体すらどこにあるか分からないような闇に身体と心を置いてみるというのは、大事なことのようだ。 読書灯も消して、なるべく部屋を暗闇に近づけてみる。しかしカーテンがないので、横のマンションの廊下灯のあかりがそれなりに僕の部屋を明るく照らす。 なるべく暗くしても、僕の部屋は闇とは程遠かった。陰でも、暗いでもなくて、闇。これについてもう少し考えてみたい。これは建築でも考慮すべき問題な気がする。 昔の人々は、照らす術もない闇に対して、どのように身体と心を向けていったのだろう。これは少しくらいは意味のある車輪の再発明だと信じたい。 これはもりりんと話した茶室のお話にも繋がっていくし、ピーター・ライスのフルムーン・シアターの方にも繋がっていくと思う。
ついでにもうひとつ。このお話に出てくるナカタさんは、喋り方や考え方が変わっているというふうに書かれているが、そんなふうに僕は感じなかった。 むしろとても、まともだと思う。「まとも」っていうのをなるだけ正確に捉えるのは難しい。どういう状態のことを「まとも」というのだろう。 僕は基本的に社会全体の方が「まとも」ではなくて、人間個人の気持ちとかの方が「まとも」、少なくても信用に値するものと考えている。 そしてこれもいつもの如く、ひとつめの前提が間違っているのかもしれない。まとも…。竹中工務店がまともなのか…?誰もその実態を掴めない謎の巨大組織はまともなのか…? 考えれば考えるほど間違いに向っているような気がする。しかし僕は僕なりに、僕の思う「まとも」な人生を送っていくほか無さそうだ。
2026.2.22(日)
今日も六時半の目覚ましで目を覚ます。そしておしっこをして、顔を洗う。さすがに髪の毛を切った方が良いかもしれない。 PCやノート、筆箱、カフカをリュックに詰め込む。ふと机の上に置いてある手紙の束が視界に飛び込んでくる。 ふと、連絡を取らないといけない人間のことを思い出す。手紙の束と絵葉書の束も、リュックに入れる。シャツを着て、ジーンズに足を通す。 六時四十五分。家を出る。すでにだいぶ明るい。少しずつ、確実に日は長くなっている。刺すような冷たさは今日もない。 今日書くべきことを考えながら、コメダまで歩く。 昨日と同じ席に座り、モーニングセットを待ちながら手紙を書く。上手く届くだろうか。ふたりとは、飛んでから一回も連絡できていなかった。 しかしふと今日、やはりまた会う必要を感じた。上手く手紙は届くだろうか。ふたりはもう僕の事なんて忘れてしまっているかもしれない。 でもなんとなくだけれど、お互いにお互いの存在を必要としているような気がする。いつものように、その直感に従ってみる。 良く外れる直感だけど、僕には直感に従って生きる以外の方法を知らない。全体として人生はどこかに向って進んでいるから、まあ良いんじゃないだろうか。 食パンを食べてカフェオレを飲み干し、手紙の残りと日記の残りを書く。書いてばかりだ。少し休憩に「カフカ」を一章分読む。 休憩はそれくらいにして、執筆にとりかかる。今日も四千文字が目標である。脳みそと紙とをまっすぐ結び、そのあいだを密閉する。 少しでもこぼしてしまうと勿体ない。なるべく頭の中で発生していることをそのまま注ぎ込む。途中で満席のためコメダを追い出される。 コンビニで85円切手を二枚買い、目の前のポストに投函する。まだあと千文字くらい書く必要があったので、帰り道の途中の、野球場がある公園の芝生に座って続きを書く。 日差しがとても暖かい。必要以上に怖そうなコーチがノックを打っている。ユニホームの中の子どもたちは、まだ自分達が何をしようとしているか分かってないみたいだ。 とても不思議な光景だった。いつ転んでもおかしくないような足取りでノックを受ける子どもたち。人間というよりは、何度も部屋の窓にぶつかってしまう蠅のように見える。 遠くから見ているからかもしれない。どんな打球でも絶対に前に足を踏み出してしまう。そして万歳。ここから彼らも少しずつ人間になっていくのだろうか。 僕は今、どれくらい人間なのだろうか。そんなことを思いながら書く。いつか少年野球のときのことを書いてみてもいいかもしれない。 十歳くらいの時の気持ちを、忘れないように書いてみたい。書いたら忘れてしまうけれども。どっちだ。よく分からない。 その頃の自分の変化と世界の変化は、ピアノの左手の演奏と右手の演奏のように、それぞれで見たら全く関連性はないけれども、一緒にきいたらしっかりとひとつのメロディに聴こえるみたいな、そういう関係性があるような気がする。 リーマンショック。僕はリーマンショックをとてもよく覚えている。これからどんどん世界は暗くなっていくのかなと、そういう予感を感じた。 あとは阪神がどんどん巨人に追いつかれていくのを、毎朝の読売新聞で読んでいた。2008年の夏から秋にかけての季節。小学校三年生。 学校は建て替えで僕たちは日の当たらない一番奥の畑だった場所に建てられた、ゴムくさいプラスティック・校舎で勉強をしていた。 ここにあんまり書き過ぎると、忘れて書けなくなってしまうのでこれくらいにする。
そんなこんなで無事四千文字、書き終わった。今日のはそんなに面白くなかった。良さそうなところと言えば、主人公が考え事をしているうちに机の下に潜ってしまったくらいだ。 気づいたら主人公は机の下に潜っていた。自然に潜っていた。読み直したときに、より自然に机の下に潜れると良い。短編小説はあとどれくらい書けばいいのだろう。あと夜明けまでは三時間くらいある。 もうでも半分くらいは書いてしまった気がする。いや、一旦現実世界に戻ろう。
家に帰る前に、便箋と袋麺を買う。髪がやはり長すぎる気がする。頭の中では小学三年生、四年生の頃を思い出していた。 家に帰ってお湯を茹でる。こう書いていくと、手を洗っていないことに気づかされる。まあいい。沸かしているあいだにマスターベーションをする。 僕の部屋はIHの横にトイレがあって、こういう場面においてこの配置とても効果的である。フシュッー、という湯が沸く音がしたら、こちらもフィニッシュすれば良い。 湧いた湯でラーメンを茹で、卵を落として食べる。牛乳も一杯。「カフカ」の続きを読む。高松市の記憶を思い出す。 百ページほど読んで、少し眠くなったので十五分寝る。起きたら皿を洗って、塾へ行く。シンプルで静かな時間。良い事だと思う。…
九時に全ての生徒が帰り、僕も家へ帰る。シャワーを浴びて、米を炊き、母親が荷物に忍ばせてくれたレトルトカレーを温めて食べる。 少しずつ自分がうっかり手元に引き受けてしまったものを、無闇に手放さずに生きていこうというような、ほとんど諦めみたいな気持ちが芽生えてきた。 まあ上手くいきそうな気配はしないけれども、それもしょうがない。粛々と生きていこう。でも、次の人生はもう少し寂しくないといい。 明日に備えて寝支度をし、十二時には部屋を暗くする。最近のすれ違う反応の犬が、人間に会ったときのものから、同じ犬にあった時のものに変化してきている気がする。 気のせいだろうか。暗闇を想像する。部屋はカーテンがないために、電気を消しても少し明るい。明日、書けなくなってしまったらどうしよう。あっという間に寝た。
2026.2.23(月)
雨上がりの朝。太陽と水。生きることへの強い肯定。小鳥の鳴き声。小さな水たまりには晴れた空がうつっている。 さすがに眠い。やはり七時間睡眠は必要そうである。
朝起きて、とにかく書く。書き続ける。四千字書き終わって、そしてツイッターを開くと、坂口恭平も書きたての原稿をnoteに上げている。 僕は書き終わったスッカラカンの脳みそで、それを読む。とても幸せだ。僕も、坂口恭平も、同じ時間に必死に書いているという事実にまず興奮する。 そして、書き終わったあとに、坂口恭平が書いたピチピチの文章を読めるのが、嬉しい。今日はこの三日書き続けた短編?小説?のようなお話が一応書き終わった。 気づいたらセリフがほぼ無くて、気づいたら小学校の音楽室の楽器がすべて壊れてしまっていた。明日からはまた違うお話を書いてみて、そうしてしばらく寝かした後、それを書き直していってみよう。 一回書き直したら、読んでもらいたい人に送って、読んでもらおう。感想を、書き直した方がいいところを、教えてもらおう。定点。 僕には一応、暫定ではあるが定点らしきものが存在している。存在してくれている。感謝しかない。その人達のお陰で、かろうじて森の中で迷子にならずに済んでいる。
原稿(?)を手紙を書いていると、コメダの店員が退出を促しに来る。満席だ。察して荷物をまとめようとすると、店員さんは「そうなんですけど…」とまだ何か言いたそうである。 さらに僕に伝えないといけないことがあるのだろうか。実はあちらのお客様から、連絡先を渡してくれと言われまして…あちらの麗しい女性の方です。と言われてその手が指し示す方に目をやると、僕より少しい年上の、髪の長い女性が微笑んでいる。 静脈は加速し、動脈は逆走して、全ての血流が心臓へ流れ込むかのような苦しさを覚える。頑張って僕も微笑み返そうとするが、うまく笑顔になれない。どうしよう…とあらゆる可能性を模索する。 しかしそうではなく、店員さんは「失礼ですが舟木さんですよね…?実は僕は安田研の四回生で…」と告げる。あれれれれ。 ネームプレートには、「熊坂」とかいてあった。クマサカくん。なんか聞いたことがある。北岡くんが手伝っていた男の子だろうか。 なるほど。去年の六月の近畿支部で僕を向こうは認識しているのか。あの時の僕は、フラれて間もなく、だいぶ錯乱していた時期のように思う。 初対面の四回生にも怖い思いをさせていたかもしれない。一応、あの時出せる精いっぱいのヒョウキンは出したんだけれども。 少しその時を思い出して恥ずかしくなる。「みんな心配しておりました…」と四ヶ月遅れくらいで教えてくれる。 卒計もお手伝い頂いて無事終わりました、とのこと。西浦さんとあいかちゃんの名前は出てくるが小倉くんの名前は出てこない。あれ? もう五分くらいいても良いですよ、手紙、最後までぜひ書き切ってください、お元気そうでなによりです、と言って熊坂くんは、お辞儀をくり返しながら席から離れていく。 一日しか会ったことのない三学年下の後輩にまで、元気そうでよかったと言われてしまった。でも確かに、最近は少し元気かもしれない。 あまり音信を絶たない方が良いんだなと思った。話が大きくなりすぎている。噂話の駆けめぐるスピードは思っているよりはやいみたいだ。 手紙の残り少しを書き終えてお会計をする。熊坂くんはレジの横にまっすぐ立ち、先輩を送り出してくれる。 バイト先で、こんな変な見た目の人間の後輩であることは表明しない方が良いんじゃないだろうか…?僕は少し心配になる。 そして、先に上がる先輩のような感じでコメダを出る。かなり気恥ずかしい。周りのお客さんが、店員さんが僕たちを一斉に見ているような気がする。 早足で入場待ちの人で溢れる出口へ向かって、なるべく音を立てないようにそうっと扉を開けて外へ出る。 「街で知らない人に声を掛けられる」的な体験をした、とカウントしても良いだろうか。そう思うとなんだか、少し気分が良い。 しかしコメダでも、あんまりみっともない姿を見せないようにしないと。考えているときに髪をくしゃくしゃにしたり、執拗に貧乏ゆすりしたり、天井の梁を睨めつけたりするのを控えないといけない。 僕は休日の喫茶チェーンで、というか街全体から、常に少しずつ浮いている気がする。ドラえもんみたいに。
帰り道にまた野球場の横の芝生に寝転んで、日向ぼっこをしながら本を読む。今日も少年野球の試合が行われている。春の心地だ。 どうやらみんな金属バットではなく、ゴムタイプのよりよく飛ぶバットのようなものを使っているみたいで、乾いた打球音ではなく、 ボールのゴムとバットのゴムが衝突する、ケミカルな打球音が聞こえる。良い当たりも悪い当たりも、ほとんど同じような打球音に聞こえる。 一回表裏の攻防を見届けて、家へ帰る。後攻チームがスクイズで一点を取っていた。プッシュ気味の意表を突いたバントでなかなか良かったけれど、このレベルの少年野球でスクイズなんてしなくても良いんじゃないだろうかという釈然としない気持ちもある。 家へつき、袋麺に生卵を落としただけの食事を取る。本を読む。昼寝をする。しかし脳みそが過熱していて、高速列車が寝ようとしている僕の頭を何回も何回も通過していく。 十五分くらいのあいだ中、騒々しい夢が途切れることなく思い浮かんでくる。起きている時よりも脳みそを使ってしまい、ひどく疲れる。 昼寝をすると、こうなってしまうことが昔から多い。油断した脳みそを狙って飛び込んでくる短い変な夢は、空気中に虎視眈々と漂っているのだろうか。 いつかホームからその列車に強引に飛び乗って、その列車の向かう先まで行ってみたい気もする。でも最近は夜の長い睡眠の時も、心拍数があがる夢ばかり見る。 脳みそを空にするっていうのは危険なことなのかもしれない。そこに飛び込んでこようとするものの侵入を、抗えない。侵されてしまう。 侵されるというのは、程度こそあれ概ねこのような感じの体験なのだろうか。気分がいいものでは確かにない。ただ、空っぽなだけで、別にそんな乱暴に埋めようとしないで欲しいのに。 とにかく気持ちの良くない昼寝であった。その後、「カフカ」を読み終える。あなたには私のことを覚えていて欲しいという、痛切な感情。 忘れてしまう、忘れられてしまうというのは、死に伴って発生する、とても怖いことだ。それが怖くて怖くてしょうがなかった時の気持ちを思い出す。 今はどうだろうか。忘れてしまうことに対する恐怖自体を、もうすでに忘れ始めてしまっている。 もしくは、誰かひとりは覚えていてくれるんじゃないかという信頼みたいなものが、あるいは慢心みたいなものが、出来たのかもしれない。
四時前に塾へ行き、十時頃まで仕事をする。そこからシャワーを浴びて米を炊く。 鶏肉とネギを細かく刻み、それをフライパンで炒めたあとに、白だしと水を足して五分ばかり煮込む。最後に溶き卵をそそぎ、鶏雑炊をつくってひとりで食べる。 ほとんど日中は食べていないので、勢い余って二合の米を食べきってしまう。良くない生活リズムだ。書き終わったらすぐ家に帰って、昼と夜の分の食事をつくる方が良さそうである。 もっと書いて読むことに集中できる生活をつくらないといけない。そのためにはもう少したくさん寝たい。 寝る前に食べ過ぎだし、寝るのも遅くなってしまっている。満腹をおさめているあいだに新しく届いた短編集をを読み、十二時を少し過ぎたあたりで、寝落ちした。
2026.2.24(火)
朝起きて、今日はマックに行ってみる。最近はそういえば、毎日三時から四時くらいの間に、一回ふと目が覚める。 疲れ足りていないのかもしれない。空っぽすぎるのだろうか。とにかく六時半までは寝て、そして起きた。マックで書いてみる。 しかしこれは想像以上に捗らない。原稿の前に、日記を書き過ぎたのが良くないのかもしれない。マックという環境と、お話を書くというのが上手く嚙み合っていないようだ。 九時半くらいで諦めて、一回家へ帰る。家でも三十分くらい書いてみるが、それでも書き終わらない。あと千五百字くらい。 諦めて塾へ行き、一時間ほど採点や掃除などの雑務をこなす。そして電車に乗って西明石へ。北岡くんのジモティを受け取りに、小倉くんと西区の畑の中の場所で向かう。 快速電車に運よく座れたので、そこで頑張って四千字を書き切る。書き終わってすぐくらいに、電車は西明石に着く。気づいたら十分くらい電車は遅れている。 小倉くんと合流。車に乗って目的地を目指す。目指す、というほどの距離でもないが。国道をまっすぐ走る。両脇にはいろんな飲食チェーン店が、並んでいる。 国道のわりに、片側一車線ずつしかない。時々、自転車のおじいちゃんが轢いてしまいそうなタイミングで突然道路を横断する。左(南)の方には海がある気配がする。 たしかに小倉くんが言う通り、心地よい街のスケールである。兵庫県の沿岸部は、街もあまり大きすぎず、それでいて過不足なく消費活動が行えるくらいの店がある。 住みやすい。そしてそういう高いポテンシャルに溺れて、よく分からない都市計画や都市施設を実施してしまっている。 歴史もない。住んでいる人も、見かけの割に中身がない。しかし見栄えは良い。字面も良い。神戸。カッコイイ。それが神戸だ。おそらく。 偏見が過ぎるかもしれない。しかし、一見の心地よさ、風通しの良さと中身の空虚さ、絶妙なダサさ。僕はでも、この街を気に入っている。 東京にいるときは、神戸に戻りたくて戻りたくてしょうがなかった。でも、いざ神戸で暮らしていると、心地よいが、この空虚さが気になり始める。 もっと不快で刺激ある街で揉み上げられた方が良いんじゃないか、みたいな気持ちになってくる。最初期の村上春樹の中編二冊みたいに、リズムが、文体が心地よいが中身はない。
そんなこんなで荷物を受け取り、近所のコーナンに寄ってもらってビスを買う。目的は果たしたので、ふたりで近所の中華料理屋へ向かう。 店に入った瞬間に靴の裏から奇音がなるタイプの中華料理屋だ。粘着テープの上を歩いている音がする。ランチセットをそれぞれで頼む。僕は、麺もご飯も大盛にした。 食べながら小倉くんの就活の話とかを聞く。あとは研究室の話とかを聞く。うそ。僕がずっと喋っていたかもしれない。 まあどっちでもいいや。たくさん食べたら眠たくなってきた。帰り道は睡魔と戦いながら、頑張って寝ないように(多分なんとか起きれていたとは思うけど…)、助手席に座っていた。 食堂バイトへ向かう小倉くんに六甲道で降ろしてもらってお別れをする。少し家で寝て、仕事に戻る。七時くらいまで塾で色々したあと、二人分の料理をつくりにスーパーへ向かう。 中華料理屋の回鍋肉飯があまり美味しくなかったので、リベンジしてみる。クックドゥは使わない。豆板醤と甜面醤を使って、キャベツとピーマンと豚肉の細切れで作る。 味が薄いと思って少し調整したが、結果的にはかなり味が濃かった。キャベツで味見をしていたからかもしれない。肉の味が濃くなっていた。 ちゃんと肉でも味見をしておくべきだったようだ。美味しかったが、少し失敗である。芦田は、関西と関東の違いということで腑に落ちてもらう。 味付けが濃い人間から、この世界を去って行くのだろうか。それは少し悲しく滑稽だ。でもやっぱり濃い味付けは良い。 疲れた日に、濃い味噌汁をかちこみたい。芦田は味噌汁は不健康ドリンクだと認定しているので、食卓にはあがらない。 確かに店ででる漬物も、全て僕に食べさせていた。僕は二人分の漬物を食べて、少しずつ塩分過多になっていった。 こういう問題はいずれどうなるのだろう。全員が塩分摂取量を抑え始めたら、どこかに塩分の山みたいな、そういうものが出来上がるのだろうか。 結局誰かが食べないといけないのだ。教室で一番生産性が低い人間が、全員分の浅漬けを食べればいいのだろうか。そういう問題って結構この世界にはないだろうか。 僕が考えたところでどうなるわけでもないが、気になる。
芦田は帰って行き、しかしそのあと二度ほど電話をかけてきて、AI最先端情報を教えてくれる。道路交通情報みたいに。うそ。それの580倍の熱量で教えてくれる。 中江先生に深夜にかかってくる寿一の電話って、こんな感じだったんじゃないだろうか、と思いながら聞く。 難しくてあまり分からなかったが、まあとりあえず伝えたいことがあるんだな、と受け取った。それはとても良いことだと、僕も思う。 僕の方から芦田に伝えたいことは、特にない。
そういえば北岡くんの雑誌はしっかり25部売れそうらしい。さすがだ。北岡くんにはやはり光り輝くものがある。 雑誌をはやく作りたい。ビルの会報誌をつくりたい。色んな人にしっちゃかめっちゃか書いてもらいたい。死ぬほど分厚くしたい。 北岡くんにデザインして貰いたいかもしれない。僕はMSPゴシックとかを使っていしまうダサい人間なので、北岡くんにTimes New Romanとかを使って洗練されたものを作って欲しい。 雑誌に僕は何を書いて載せたら良いのだろう。短編をひとつずつ載せたらいいだろうか。あとはビルの設計図とかも載せたい。 企画もする必要がありそうだ。カーサ・ブルータスとかを参考にすればいいのだろうか。もっと血生臭い雑誌にしたい。 しずるのコントみたいに、すぐ拳銃とかが出てくるような雑誌が良い。そして、物語の中に拳銃が出てきたら、それは発射されなくてはいけない。 チェーホフの銃。
村上春樹の昔の短編集を読み、読み切り、最後にデレク・ジーカーのnoteを読む。無職の一日の過ごし方という記事だった。そして子どもの頃を思い出す。 あの頃は、とても無職であった。お金もなかった。大通りの向こうへも行ったことがなかった。知識もなかった。言葉も知らなかった。 しかし、それゆえに全能であり、万能であり、あらゆる発想が流れ出ていた。暇だった。暇な万能人にならなければならない。十二時になったので寝た。
2026.2.25(水)
朝六時に起き、六時半から塾を開ける。昨日の日記を一時間ほど書き、DIYの構想を練ってしまう。力がそこに分散してしまい、結局四千字を書き終えたのは十時半くらいであった。 DIYは、DIYであって建築作品ではないという点がずっと気になっていたのだが、今朝起きた時に、これは家具としてつくるのではなく、建築と一体化してつくればいいんじゃないか。 カーンのエシュリック邸みたいに、窓と本棚を一体化してみるっていうのはどうだろう。これはただのDIYよりは、少し作品として進むと思う。建築になると思う。 カーンの真似をしてそこから勉強もできる。実際に住んでみて、光への効果や使いづらさとか、初めて気づけることがありそうだ。 土曜日に小倉くんと約束をしてしまったから、そこまでに図面にしないといけない。一気に全部は作れないから、今回は腰窓の左側に本棚をつくろうと思う。 材料はどうしよう。構造用合板t24はやはり少し分厚すぎる気がする。強度ではなくプロポーション的に。出来ればt15にしたい。 でもたわんでしまう方が問題なので、やはりt18くらいがまあ折衷点だろうか。そうなると予算を鑑みて、ラワンランバーコアt18になるだろう。 本棚を窓を一体化して、そこにカーテンレールも組み込みたい。出来れば照明も組み込みたい。今回二月に左本棚、三月に右本棚。四月に真ん中の机。そんな感じで作っていきたい。 技術をあげたい。しょうまに接近したい。舟木に作って貰おうと思わせたい。とりあえずカーン開口部に挑戦してみよう。上手くいくと良い。
夕飯をつくる。ナスを乱切りにしてごま油で少し炒める。同じくらいの大きさに切った鶏むね肉に塩胡椒と片栗粉をまぶして、同じくごま油で炒める。 古くて底の被膜が剝がれてしまっていて、一行読んでいるあいだでもナスや鶏肉がフライパンの底にこびりつく。 最後にケチャップ、にんにく、醤油、酒、砂糖、少し酢を混ぜたソースを絡めて完成。料理名は不明。鶏なすび。 キャサと電話をして金曜日に会う約束をする。短編をふたつ読む。まだ芦田が来ない。来週からティーハウスに行くのかと思うと、少し不安な気持ちになる。 設計事務所でなんとか働いていけるだろうか。僕はこんな玄関マットの汚れみたいな人生で大丈夫なのだろうか。 僕が書いているお話は絶望的につまらなかったらどうしよう。こんなに頑張って書いて、ひとつも世に発表できずに終わるかもしれない。 救いようのない人生を終えるのかもしれない。こんなにお金が少ないのに、どうしてこんなにバタバタしているのだろう。 時間が足りない。考えている時間が勿体ないのだろうか。最近、少しスマホを触り過ぎている気がする。何かが気になっている。 もしくは何か意識が散漫としている。朝の四千字で力尽きてしまっている。睡眠も少し足りていないかもしれない。効果的に休めていない気がする。 どこが良くないかな…。でも夕ご飯はもう少し早く食べた方が良さそうだ。もっと生活の重心を午前中に寄せたい。できれば11時くらいに寝たい。 理想は10時、9時に寝たい。それくらい書くことに集中させたい。書くための読む時間も欲しい。建築もしたい。料理も時々したい。 雑誌も作りたい。写真集も作りたい。野菜も作りたい。つくりたい。やっぱり生活保護が良いんだろうか。一回でも、申請してみるのも悪くないかもしれない。 そうしたら起きている時間はすべてなんかつくることに使える。とりあえず今日は寝る。塾のDIYもやばい。オワラセナイト。 いろいろなものが迫ってきている。しかし今日は寝よう。週末は、この前書いたやつを読み直して、修正してみよう。 二回修正したら、読んでもらおう。クソおもんないと言われたらどうする…?筆は折れない。僕は作家になりたい。書きたい。 最後の仕事だ。今日は脳みそふわふわデイだった。建築のことばっかり考えていたからだろうか。 かたちが前進すると、文章が後退してしまうのか…?不本意だ。絶妙に消化不良。やっぱりお皿を洗ったあと、もう少し本を読もう。 今日は客観的に見れば仕事も進んだし、そんなに悪い日ではなかった気がするんだけど、なんだかあんまり手応えはない。 というか三月、みっちゃん教室の仕事は忙しいのか。僕はもう三万円しか貰えないと思ってティーハウスに週3で行こうと思っていたのに。 野球選手もこんな感じなんだろうか。今日は何時に終わるかなって。今週はひとまず大丈夫だろう。目標のところまでも終わらせられると思う。 そこまでやったらすぐ帰って、土曜の本棚の図面を描こう。日記を書いているあいだに図面を描けばいいのか…?もしかして。 もう少し生活をシンプルに削ぎ落したい。余計に考えていることがある気がする。 三時頃に雨が上がり、空は少し晴れていた。コーナンPROからの帰り道、煌めく街をのんびり歩きながら塾へと歩く時間は、良いものであった。 明日からはまた少し寒くなる気がする。あれよよあれよ。もう三月だ。 二月は半分くらいゆっくりしてたけれども、でもやまけんに会ったし、おっちょにも会ったし、北岡くんと西浦さんにも話した。 ティーハウスにも行く事になったし、一日五、六千字くらいは書けるようになったし、少しは人生をどこかの方向へ進められているんじゃないか。 なんとかなって欲しい。僕の人生。お願いします…。
2026.2.26(木)
昨晩夜更かしをしてしまったため(紅しょうがのラジオを聴いていた)、眠い。せっかく昨日のうちに日記を書いたのに、日記と書く時間と同じくらいを浅い眠りに費やす。 書くときにはベートーベンの「大公トリオ」を流す。この曲を聴いたら情景反射で書き始められるようになりたい。 何度もうつらうつらとしながら、なんとかぎりぎりで四千文字を書き切る。二本目の短いお話ができた。 最初は巨大なシーサーと喋っていて、後半は雪まみれの鉄道員と喋っていた。そして僕の周辺世界から逸脱し切れていない。 あまりいい作品ではないが、小説の神さまのお陰で、何か少しだけマシなものになっている気がする。最後は少しだけいいことが書けた。 でもやっぱりうんち。生ごみ。カラスのおしっこ。また落ち着いたらこれも書き直そう。とりあえず事業計画書に書いた「毎月短編一本」という計画は達成し、少し追い越せた。 良い事である。まだ何も推敲していないけれど。最近はら抜き言葉とかにとても気を付けている。読んでいるときに分からない単語が登場したら意味を調べている。 形容する語彙が圧倒的に不足している。もっと身体に馴染ませないと、お話を進めようとしたときに、進めることに気を取られすぎて、ディテールが次々に疎かになる。 良くない。これをしっかり直したい。もっとふざけた喩えを入れたい。それをするのが楽しみだ。明日はしかし、なんのお話を書こう。 何もアイデアがない。今のところ。誰を登場させたらよいんだろう。自分と言う小さな容器から離れたい。あ。少年野球。 少年野球で書いてみよう。明日は。あまりにも書けなかったら、推敲しよう。しかし軌道に乗るまでは四千字をしっかり毎日書きたい。 まだ、四千字書くのが精いっぱいで、その後の仕事が全くはかどっていない。午前中は勢いでなんとかなったりするけど、昼食後から怪しくなってきて、夕方くらいには完全にガス欠を起こしている。 芦田も最近僕の意欲が低すぎるのでは…という顔を時々している気がする。もう二ヶ月くらいの辛抱をお願いしたい。
生活の見直しについて。書いているときや読んでいるときに、スマホをなるべく視界の外に追いやるのは大事そうだ。 このふたつが今は大事なので、その時はなるべくスマホを意識しないように、集中できるようにする。BGMも固定する。大公トリオ。 書くときの状況を、なるべくシンプルにする。そしてなるだけ寝る。もっと寝たら、もっと書ける気がする。夢がいろいろ教えてくれる。
今日の仕事は、社長机の材料の塗装。その後ろにももうふたつくらいあったけれども、寝不足ガス欠のためにそこまで手をまわせなかった。 どうしよう。来週に組立がしっかり残ってしまっていそうだ。ひとまず明日は、運搬と椅子を終わらせることに集中しよう。 やりかけの仕事が何個もある方が気持ちが休まらない。一日をとにかくシンプルにする。判断を減らす。 昼ご飯は阪神線の高架下にある中華屋に連れて行ってもらった。十席もない小さな町中華。 カウンターが五席。二人掛けの机がひとつ。壁に向いた一人掛けの机が一つ。カウンターの右端でおばちゃんが料理以外の全てを担っている。 小柄で髪が短く、メガネをかけた平らな顔だった。天井にも脂が染みていた。高い壁のところには、伊勢海老や木の彫り物の動物が飾ってある。 テレビもその高さにある。ワイプの中のタレントの顔を見る。カウンターの上部にメニューが貼られている。 何回も上から貼り直した値段。これが高くなっているのではなく、安くなっているとしたら…?面白い。 そこから年老いた照明が四つ、カウンターの席と席とのあいだに降りてきていて、薄黄色い光を部屋を照らす。 七十歳くらいのおじいちゃんが僕たちに丸い背中を向けながら、ひとりでひとつずつ、注文を捌いていく。 丸い背中。僕の背中もだんだんと丸くなるのだろうか。年齢に応じた背中がある気がする。おじいちゃんの背中と高校生の背中を間違えることはない気がする。 いろいろなサラリーマンのおじさんが、一人や二人で店を訪れ、素早くそれを食べて素早く帰っていく。カウンターに積まれているお皿にも茶色い油の色が染み付いている。 このおじいさんは、元気である限り、鉄鍋を振り続け、そして元気がなくなって、死ぬ。小さい垂れ目の優しそう顔をしたおじさん、おじいちゃんであった。
「東京奇譚集」を読み終える。僕の書く文章の570倍上手で面白い。そして大事なことが書いてあった気がする。実用的なことも書かれていた。 本当に意味のある女性は三人しかいない、とか、女の子と上手くやる方法は①黙って聞く②服を褒める③上手い飯を食わす、の三つしかない、とか。 順番が大事。おっちょが東京駅の地下で言っていた言葉を思い出す。自分を幸せにすることで、人を幸せにする。順番が大事。 僕が持つさまざまなエネルギーを書くことに集中させる。職業は愛の行為であるべき。便宜的な結婚とは違って。愛の行為。… お話が短いと、しっかり出てくる人たち動物たちと、打ち解ける前にお話しが終わってしまう。もっと愛の行為でないといけない。気がする。 まだ書くことに必死で、愛する余裕がない。男の子を二人乗せた自転車を必死に漕ぐパンツスーツのシングルマザーくらい余裕がない。 今日はこれくらいしか書けない。あとは少し写真を整理して、行程を少し調整して、DIYの図面を仕上げたい。が、早く寝る方が良いかもしれない。 この日記の文字数をカウントしてみたら、三千五百文字くらいあった。一日八千字くらい書いているのか。それは疲れるはずだ。 でももっと、まだまだ書ける気がする。将来的には一日二万字くらいまでいけるようになる気がする。明日も頑張ってみよう。 尿意を下腹部に感じる。オレジャナキャ ミノガシチャウネ…!
というか2026年2月26日。あかまいさんとか2時26分興奮しているんじゃないだろうか。いや、でも26という数字に潜む不完全さをあかまいさんはあまり好まないような気がする。 13の倍数とか、あんまり好きじゃなさそうだ。どうなんだろう。シンプルに別に何も思っていないかもしれない。でも僕の希望では、「なぁなぁ知ってる?今日は2026年2月26日やで。しかもあと1時間したら、2026年2月26日の2時26分やで。 これって私たちが生きているあいだに起きるってなあ。なあ。凄い事やんなぁ。思わん?」 「でも26って13×2やん。13って素数やん。やっぱりそう思うと24って素晴らしい数なんよな。そう思うと2024年の2月24日の2時24分を気づけなかったのってすごい悔しいよなぁ。なぁ。なんできづかなかったんやろ。思わん?え?思わん!?」みたいな…。 あかまいさんは死んでしまったら、棺の中を、この世のあらゆる24で埋めるのだろうか。「24の瞳」、ケングリフィーjr.のユニフォーム、2ダースの鉛筆。24枚撮りのフィルム。 2024年2月24日の朝日新聞の朝刊。24歳の時の旅行先での写真。…勝手に妄想しすぎた。とても素敵な人である。24も、とても素敵な数字だ。
2026.2.27(金)
この日のことはもう二日も経ってしまったので、殆ど覚えていない。 朝おそらくコメダに向って、書いて、熊坂くんにレジで会った。それから木材を運んで、車を返して、散髪をした。 激安散髪なのでノーシャワー。家に帰って自分でシャワーをする。 そして塾へ行き、椅子の裏に滑り止めをつけていく。七時くらいになったらキャサに会うために三ノ宮へ行く。 ふたりでもんじゃを食べる。おいしい。なんか色々話す。(内容は概ね忘れてしまった。失業保険のこととかを教えてもらった。気がする。あとは白小、白金台小学校のみんなの話で盛り上がった。 皆は変わらず元気にしているだろうか。少年野球の面々にも久しぶりに会いたい。みんなとても金持ちで、それなりに素行が悪くて、しかしとても心根の優しい人間だった。僕は彼らのことが好きだった)
十時くらいに解散して、戻って本棚をモデルで検討する。カーンの住宅の写真を睨みながら、開口部と収納、そして居場所のつくり方を模索。 夜中の一時半くらいにようやくそれなりに納得できる構成の案が完成。構造的に怪しい部分は追って調整しなければならない。 あとは聴竹居の上閑室、下閑室も参考にした。あの構成を超える日本の木造住宅の造作家具はあまりないのではないか。僕の不勉強かもしれないが。 好みの問題かもしれない。レーモンド、吉村順三、それに続くコモゴモを勉強し切っている訳ではないから、あまり大きいことは言えない。 僕は「聴竹居」「前川國男自邸」「園田邸(グランドピアノがふたつあるやつ)」、あとは篠原一男のくらいしか、ちゃんと見たことがない。 カーンは結構見ている。バラガンはもう少し勉強したい。コルビュジエの住宅も。アアルトももう少し。でもやっぱり基本はカーン。で良いと思う。 ローカリティは、僕が担えるところではない。おそらく。向いていない。バラガンの作品集を買いたい。しかし三万円もする。 神大の図書館にはあるのだろうか。お願いして借りてきてもらったりできるだろうか。芝﨑くんに聞いてみよう。
2026.2.28(土)
習慣のお陰で六時半に自然に目覚める。鏡には全く知らない、自分の姿が写っている。髪を黒く短くして、果たして本当に若くなっているだろうか…? むしろ僕には、老けてしまっているような気がする。白髪も目立っているし、またブリーチをしようと思った。眼鏡があまり似合っていないように感じたので、コンタクトをつけた。 七時くらいに塾へ向かって、昨日立ち上げたモデルを図面にしていく。行程、板割なども併せて決めていく。とりあえず色塗りとボンド固定の行程を省略し、購入、カット、運搬、ビス組立のみをやることにする。 どうせ計画通りいかないので、それくらいが限界だと思われる。そうしている間に、小倉くんと待ち合わせる時間になった。 荷物をまとめて塾を出る。駅に行く前に、ジャパンでブリーチを買う。できれば小倉くんに染めて帰ってもらおうという魂胆…。 小倉くんと合流しコーナンPROへ。道すがらに何を話しただろうか。火曜日くらいにも会ったので、特に喋ることがない。 小倉くんが興味を持っていることと、僕が興味が持っていることは、何一つない。僕は小倉くんのバイクの話を聞き流し、小倉くんは僕のカーンの話を聞き流す。 なんだか、じじいとじじいの会話みたいになりはじめている。でもとりあえずDIYは組み立っていけばそれでいいので、会話の壊滅ぐあいに関しては、一旦端によけよう。 コーナンで構造用合板各種五枚とビス一箱、ボンド一本を購入。合計一万四千円ほど。本棚制作にあたって本棚制作blogなどをネットで調べるが、どうやらそこに書かれていることを読み取ると、十年くらい前はサブロクのパイン板が三千円で買えた時代のようだ。 今は構造用合板t24が三千円である。今パイン板は六千円とか八千円とかする。高すぎて手が出せない。合板の素材の良さを活かしつつ、しかしカーンのような神聖さへ向かっていくにはどうするべきなのだろう。 塗り方、特に小口の塗り方は考えなければならない。
購入を終えてやすりがけとカットをする。ふたりで作業し続けて二時間ほどかかる。途中で期間限定で10パーセントクーポンがアプリで出ていることに気づく。 気づいていれば、1400円ほど値引きできたのに、見逃してしまっていた。一万四千円、月給の一割を超えている。建築はやはり人の金でやるものだと再認識する。 これでは身が持たない。…
(続き 何かいてたか忘れたので雑に接合)
この見逃した10パーセントクーポンは、軽トラを借りるときにおばちゃんに「忘れちゃって…」と言ってみたら、一度キャンセルしてからまた買うという力技で、割り引いてくれた。 おばさん、本当にありがとう。ちょうどいいお礼が思いつかなかったので、軽トラを返す時にキットカットをあげた。ありがとう!♡って。僕のことが好きな人間といると、安心する。助かる。 建築じゃなくて、おばさんに可愛がられることで生計を立てた方がいいかもしれない。いや、やっぱりそんなことをするのは良くない。誠実さに欠けている気がする。 喜ばせるのはお金にならない領域の属していたい。それは綺麗事なのだろうか。とりあえず僕が何か変な事を口走っても、殺さないでいてくれる人たちに本当に感謝だ。 殺したろかという顔の人、本当に何も分からないという顔の人、の目を見ると、ビクンとしてしまう。怖い。そんな目で僕を見つめないで欲しい。
ひとまずそんな調子で材料の切り出しを終え、昼食を取り、組立に入る。構造用合板はランバーコアなどとは違って、ビスを打ち込む際、かける回転に対しての反力を強く感じる。 何枚も張り合わせている合板と、表皮、中、表皮の三層構成のランバーコア材の違いだろうか。とにかくビスを打つのに力を使い、結構これが難しかった。 書くのが面倒くさくなってきたので、ここらで終了。このあと、六時くらいまで小倉くんと頑張って組み立てて、そのあとネパール人たちの飯会に行ってご飯を食べさせてもらう。広島で養鶏場でこれから働く20前後のネパールの姉ちゃんたちと喋る。 満たされないおじさんたちのセクハラ攻撃(この中でカップルをつくろうとする、寂しさに狂った中年男性の末路)にまあ最低限乗って、でも女の子たちに罪は無いので、なるべく楽しく喋ることを心がけ、一応連絡先を交換する。 こういうのは、考えてもよく分からない。考えすぎずに「冒険や!」精神で行き切るものなのだろう。芦田はこういうのは「冒険や!」で全て突撃している。 しかしネパールから来て、日本語でたくさん喋りかけられて、大変だ。僕たちがネパール語をもう少し喋ってあげた方が良い気がする。 「私は あなたを 愛しています」だけ教えてもらったのだが、全くもう覚えていない。垂直に落ちる忘却曲線。 「マァ・ティミライ・マヤ・ガルチュ」だ。覚えられない。とりあえず英語とは違う体系の文法のようである。まあなんでもいい。 この日はコンタクトを入れていたが、とにかく目がかゆくて死にそうだった。目も真っ赤だったらしい。 解散してすぐにコンタクトを外し、DIYの続きをする。小さい板と背板をつける。背板はコンセントの部分をくり抜く。 十二時を過ぎていたが、構わずに続行。僕よりは夜中騒いでアパートに迷惑をかけている大学生がいることを願って。 夜中の一時半くらいに芝﨑くんもやってきて、二人で持ち上げ設置して、ひとまず完成。二人で本を並べ、満足気に頷く。 やっぱりカーンは良いよね。芝﨑くんは煮星に向かう(帰り道に車を叩いているおじさんがいて警察を呼んだらしい)。 床を掃除し、シャワーを浴びて、ベッドマットを床にまた倒し、そしてその上に僕の身体も倒して、本棚の枕元で、もし寝ているあいだに地震が起きたら、自分の作った本棚に潰されて死ぬかもしれないんだな…それは幸せなことかもな…と思いながら寝た。